#9 ラスベガストリップレポート part2 - 砂の街は鴇色にけむり(前編) -
夕方5時、バタンというドアの音で目を覚ます。
ぼやけた視界に白い天井が広がり、今自分がどこにいるのかを悟った。仰向けになったままポケットを探ると、無造作につっこまれたドル紙幣とクオーターが出てくる。わたしは今、ラスベガスにいた。
丸1日、寝食を忘れてポーカーに耽っていた人間がどうなるか。ここにその見本がある。髪はぼさぼさ、肌はがさがさ、目はうつろ。シャワーを浴びようとバスルームへと向かうが、どうにも視点が定まらない。今のこんな顔、とても人には見せられないと思った。とくに肌の乾燥がひどい。砂漠の街をなめてかかるとこういうことになる。バスタブに湯を張っておかなかったことを悔やんだ。
下着を洗ってハンガーにかけ、再び蛇口をひねって湯を出し始めると、今度は耐え難い空腹が襲ってくる。バスタブに勢いよく流れ出る水の音が腹に響いて気持ちが悪い。今、目の前でビッグバンドジャズの生演奏が始まろうものなら、確実に失神する。それほど、胃の中には何も入っていなかった。普通なら悲鳴をあげる筈の腹が、さっきから声ひとつたてない。人というものは、限界を超えてしまうと、腹の虫も騒がなくなってしまうものらしい。ひょっとしたら、泣き疲れて眠ってしまったのかもしれなかった。
ひと息つくと、身支度も早々に階下へと向かう。やがて、冷えた薄切りの食パンがトースターから飛び出すように、ぴょこんとエレベーターから吐き出された。これでやっと飯にありつけると思うと、なんとなく気分が晴れやかになってくる。低血糖状態の今のわたしにとっては、ホールからカジノフロアまでのわずかな通路の長さも酷ではあったが、歩いていかないことには何も始まらない。42.195キロを走りきった長距離ランナーのごとく、ふらりふらりと歩く男。清々しさを微塵も感じられないのが、唯一の難ではある。
スロットマシンの音が少しずつ大きくなっていくにつれ、行き先の選択を迫られる。そのまま歩けばスロットマシンの渦に巻き込まれよう。左に曲がればポーカールーム、そして右に回ればバフェ"French Market"をはじめとしたレストランの集まるフロアだ。わたしはその時、信じられないかもしれないが、たしかに左へ曲がろうとした。しかし、こんな時に人間のからだというものはよくできている。栄養を渇望している脳は、わたしの欲求に反し、くるりと踵を返すと、そのままバフェへと向かわせたのである。
"French Market Buffet"
レストランフロアの奥に、そのバフェはあった。夜の部が始まったばかりだというのに、多くの人で賑わっている。癖の分からないレストランに入って高い金を取られるくらいなら、豊富なメニューの中から自分に合ったものだけを気楽に選べるバフェに入るほうがいいと思うのは、なにもわたしばかりではいようである。とくに、ここオーリンズのバフェの評判は悪くなく、試さぬ理由はなかった。
まず、その料理の量に圧倒される。世界各国の名物が気軽に楽しめるというのがウリらしく、メキシコ、イタリア等、国別に分かれたブースには、それぞれ特色ある料理が所狭しと並べられている。バラエティに富んだ料理皿が列をなして続いているさまは、店名からも察することができる通り、アルルあたりの朝市の風景を想起させないでもない。その中から、好きなものを取り皿に盛ればよいわけだが、卵料理や肉料理は人によって焼き加減に好みがある。その点、ここではオムレツやローストビーフといったメニューを、客の要望に応じて調理してくれるため、人気があるようだ。しかし、わたしは手近なオムレツを拾い上げると、足早に隣のブースへと移った。
だいたい、オムレツに限らず、この国は朝っぱら-わたしにとっては-から客を迷わす場面が多すぎる。店に入ればたちまち、煙草を吸うかどうか尋ねてくる。席に着けば着いたで、飲みものを何にするか聞いてくる。ミルクを頼めば、さらにその種類を選ばせる。ミルクといえば、どう考えても「あの」ミルクしかないのであって、低脂肪乳でもなければ温めたやつでもない。さらに、食べ物を取ろうとひとたび席を立てば立ったで、やれ焼き加減はどうする、やれドレッシングはどれを選ぶ、と頭が痛い。サラダバーに置かれているドレッシングの種類は、肝心のサラダの種類よりも多かった。赤、青、白と、その数の多さたるや、寝起きで朦朧としているわたしにとっては挑戦的ですらある。これからこちらは、55はこの位置からコール出来るか、bbでもタイトなあいつがレイズしてきたからKJはのれないか、ここまでオールフォールドだからボタンでAAはリンプインしたほうがいいか、といったことを次々に迷わなくてはならないのだ。ポテトをマッシュポテトにするかベークドポテトにするか、ドレッシングはブルーチーズにするかサウザンアイランドにするか、などといった些末なことに迷っている暇は全然ないのである。
肝心の料理のほうは、空腹ということもあってどれも美味しく感じられたが、とくにメキシカンブースのアロズ・コン・ポイヨや、中華風の春巻きが気に入る。しかし、隅のほうで電気をかけられながら置きざりにされていたイタリアンブースのピザを救ってやったのは間違いだった。その食感は、ピザというよりも、むしろフランスパンに近い。それでも、そこは空腹時の人間の哀しさ。貪るように食いちぎっては、喉の奥へと押し込んだのだった。
オマハハイロー。
今日はこのゲームを試すつもりでいた。幸い、少ないながらもオマハハイローのテーブルは開いていたので、早速手続きをとることにする。昨日と同じく、ゲームはテキサスホールデムとオマハハイローのみで、スタッドはひとつも開いていない。レートも、果して4-8だけである。
わたしはスロットマシン側、つまりフロアに近いテーブルへと案内された。フロアを行き交う人たちが、時折テーブルを眺めてゆく。今日も300バイインしたが、その中に赤い5ドルチップを混ぜてもらうことにした。前回はすべて1ドルチップでバイインし、はからずも大勝してしまったため、そのチップに場所をとられてカードを見るたびに往生したからである。
ゲームはフルテーブルで行われていた。ここオーリンズのオマハハイローはポットの大きくなるハーフキル。やはりテキサスがある中でこのゲームをチョイスしただけのことはあって、簡単にカモれそうな人は見当たらない。少々、判断が甘かったようである。
まず最初はまともなプレイヤーという印象を植えつけるべく、徹底してタイトにプレーするよう心がけた。また、タイトであるだけではなく、素直さもアピール。チェックレイズしたいところもぐっと我慢して、ベットに出ることにした。そのおかげで、コールしたプレイヤーから握手を求められ、自己紹介まで受けたほどである。だが、悲しいかな。人間的に見て、握手を求めてきた彼が一番上手いプレイヤーであってほしかったのに、現実には彼が一番ルーズで散財型のプレイヤーだった。テキサスホールデムと同じような考え方をしているオマハハイロープレイヤーはわが国でも多いが、彼もその典型といってよかろう。こうした彼に対して、表面では笑顔を見せながらも、心の底では舌なめずりをしている自分の性根が恨めしい。
ゲームを始めて1時間経つか経たない頃であろうか、昨日わたしのいたテーブル近くでゲームの様子を窺っていた恰幅のいい女が近づいてきた。その堂々とした体躯とタカのように鋭い目つきを見れば、全身から自信がみなぎっているのがひと目で分かる。からだつきに似て、バイインのスケールもでかい。明らかに500はある。
「また来てるのね。昨日テキサスで大勝ちしてたでしょ。わたし、ずっとみてたの」
「そんなに勝ってない」
「嘘よ。あんなにいっぱいチップ持って」
その女は、ひとしきり人のプレーを褒めてから、はす向かいの席に腰掛けた。大量のチップを積み重ねるさまを半ば呆れながら見ていると、にっこり。口元では笑っているが、鋭い目は笑っていない。底光りする瞳の奥に潜む闇とはこのことか。
2日目ともなると、だいたいここにいるディーラーの特徴も分かってくるのだが、人柄と同じく、その腕前もさまざまである。bbにいたわたしがショウダウンした時、手札は2399で9のフロップフォーカードだったのだが、自分が大きな手役をつくったことに対してではなく、ディーラーが間違えてポットを相手に押しやったことに対して、驚いた。
彼らも機械仕掛けでない以上、ミスも起こす。丁度、そばでわたしのプレーを見ていた知り合いのハイステークスプレイヤーから、彼らはチップの出し間違いさえも平気でするから、大事なことはすべて自分の目で見ておくべきだ、と耳打ちされた。それまでは心のどこかで、てきぱきと仕事をこなすディーラーを尊敬し、彼らに全幅の信頼を寄せていたのであろう。
ほどなくディーラーが交代し、別のディーラーがディールをミスしたのは、それからほんの数ゲーム後のことである。
オマハハイローというゲームでは、テキサスよりも2枚もカードが余計に配られるためか、このようなディールのミスがしばしば起こる。滞在中、テキサスではまったく出くわさなかったミスディールが、この時のゲームだけで2度もあったことを考えると、些か深刻である。しかも、同じミスディールであっても、ディーラーによっては配り直さず、ゲームをそのまま進行させたケースもある。
また、これはちょっと信じられないようなことだが、完全にゲームを把握していないディーラーもいた。オマハハイローでは、時として微妙なローの判別を求められるが、素人ならいざしらず、プロの彼らが判別に迷って我々を長い間待たせるばかりではなく、結局分からずにプレイヤーの助けを借りてしまうまでになると、毎回ゲームの進行に関わってくるため、見過ごせない。
もちろん、このようなディーラーはごくごくわずかで、オーリンズ全体のディーラーの質を損なうものではない。たとえば、60を軽く過ぎていると思われるのに、現役で今もディーラーを続けているブレンダという女性は優秀で、かつ魅力的だ。動作が実にきびきびしているし、背筋もしゃっきりしていて、その仕事ぶりは他の若いディーラーと比べても遜色ない。一言でいえば、粋なのである。自分の名前を入れたカットカードを持っていることからも、その職業に対する誇りと愛着が窺える。
また、若手ディーラーのひとり、スコットは今日も親しげに声をかけてきてくれた。もしかしたら、見慣れない客に対してフレンドリーに接するのも大事な仕事のうちと思っているかもしれないが、それでもいい。見知らぬ土地では、こうした何気ない優しさに触れて救われるものなのである。
彼らは、必ず胸のあたりに名札をつけており、それぞれの出身地と名前が示されている。年齢も性別も出身も実にさまざまで、きっといろいろな境遇の人がいるのだろうな、と思う。
わたしのゲームをそばで見ていたプロプレイヤーの彼も、さきほどからゲームに参加していた。その彼のプレーをずっと観察しているのだが、予想していたスタイルとは違っていた。もっとアグレッシブかと思いきや、かなりタイトだったのである。まともな手札しかのってこない。もちろん、ここが普段のハイレートではなく、ショウダウンの多いローレートのポーカーということを知っているからであろう。このようなレートでは、ポジションよりも手札がものをいう。ベラージオの奥で200-400のミックスゲームをする時には、もっと違ったプレースタイルを見せてくれる筈である。
彼は、生活のためにライブゲームを始めて成功しているが、トーナメントにはあまり興味がないようである。そこそこの金を払って参加しても、一握りの人間しか旨味のある賞金にありつけないというのがその理由らしい。
プロプレイヤーの目から見たわたしのプレーは「堅実」なのだそうだ。わたしのプレーでは、大勝ちはしないが、ひどい負けもないだろうと評される。日本人のプレイヤーはあまり見かけないそうで、彼の連れには「ラスベガスに来て、スロットを回すよりも早くポーカーテーブルについて、しかもオマハハイローをやる日本人に会ったのは初めてだ」と言われてしまった。それでも、ベラージオには何人か日本人でスタッドの名手がいると聞く。
彼も、そして彼の連れも、わたしの腕前より知っている情報量に驚いていた。彼と交流のあるプレイヤーの名前−わたしにとってはいずれも有名人−に対していちいち反応していたから、奇妙と思われても仕方ない。今ではネットがあるため、現地の情報はリアルタイムに流れてくるのだ、と話すと興味を示し、わが国で行われているトーナメントにもいつか出てみたい、と言った。
手札 A2QT でフロップ 5-J-K 、残ったプレイヤーはわたしも含めて3人と少ない。すべてチェックでターンにミドルカードの8。ck-ckで、小太りのおっさんが何も言わずに8ドルベット。後ろのプレイヤーがコールしてくれることを祈って寒くコールするが、願い空しくフォールドされてしまう。あまりに不利なヘッズアップだったが、リバーはA。ここは欲が出てしまいチェックレイズすると、おっさんは迷いながらコール。ハイを示せば、相手はAA2K。相手がローを持っていたら、なんて罵られていたか分からない。良くないチェックレイズである。
彼との話に夢中になっていて気付かなかったが、いつの間にかメンバーがかなり入れ代わっている。
追加のコーヒーを持つカクテルガールがわたしのドリンクホルダーに手を差しのべた時、来たときよりも数個多いラックを持って、恰幅のいい女がテーブルを後にするところだった。真っ赤なストローで薄いコーヒーをすすった。別れ際の挨拶はなかった。
日付はとっくに変わっていた。
あれから8時間以上プレーしているのにも関わらず、目の前にあるチップは殆ど動いていない。只今、午前3時。僅かにプラスを維持してはいるが、大きなポットを1度もとっていないことに気付く。当初フルテーブルで進んでいたこのテーブルも、今はひとり抜け、ふたり抜け、いつショートになってもおかしくない状況である。そばでゲームを見ていたプロプレイヤーの彼も、明日賭ゴルフ−彼曰く、小遣い程度の−があるとのことで、今しがた再会を誓って別れたばかりだ。
すぐにゲームが終わるため、ディーラーのアクションがやたらと目立つ。今座っている黒人女性は、くま手に似たツールで遠くのチップをかき寄せている。たしかに、これを使えば、わざわざ自分のからだを前のめりにする必要がなくなるから、彼らにとっては便利なのであろうが、お世辞にもセンスがいいとはいえない。あくまでもカジノのような空間では、格好良さを優先してほしいところである。
くだらないことを考えているうちに、わたしが入った頃からずっと粘っていた最後のひとりも、とうとう抜けてしまった。残りは5人。しかも、わたしも含めて全員堅い。こうなると、実践経験の乏しいわたしが彼らのターゲットにされてしまうのは火を見るより明らかである。しかし、ここまで粘ったのだ。スタックが傷つくのを指をくわえて待つことなどできない。ここは気分転換も兼ねて、人がやってくるまでしばらく席を離れることにした。
部屋へ戻りながら、今日のテーブルの雰囲気を振り返っていた。
テーブルではゲームに関する会話があちこちで飛び交う。プレー中であるにも関わらず、平気でクイーン持ってたのにと悔しがる人もいれば、最後に引かれて負けた相手からの揶揄に対して、自分はキングを一緒に持ってたし、相手と違ってスーツだった、などと自分のプレーの正当性をまくしたてるプレイヤーもいる。基本的に、彼らはわいわい言い合うのが好きなのだと思う。それにしても、英語以外の言語も平気で飛び交うわ、空いてる席にはギャラリーが勝手に座り込むわ、このような状況の下で真剣さを維持するのは困難を極める。ローリミットのテーブルはどこもこんな感じなのであろうか。
また、わが国のトーナメント風景と妙に重なって苦笑したのは、ショウダウン時におけるプレイヤーたちの要領の悪さである。とにかく、みんな手を開かない。2枚だけ見せて残りの札は伏せたり、コールされているのにいつまでも手にカードを持ってどれを先に出そうかと思案をめぐらせていたりする。どこの国でも変わらないものだな。
これは、なにもオマハハイローに限ったことではなく、テキサスでも同様である。とくに、お互いck-ckで回った時などは、勝っていると思う側が申告するまでとことん固まったまま。他人同士の意地の張り合いにつきあわされて貴重な時間を無駄に費やされているこちらとしては、皮肉のひとつも飛ばしたくなるところだ。
シャワーを浴び、ひとしきりテレビを見てから、いざ参らんと気合いを入れてポーカールームへ戻るも、わたしのいたオマハハイローのテーブルが消えていた。さっきまで開いていたゲームがない。ディーラーは?プレイヤーたちは?わたしのチップは?
長身のフロアパースンに状況を説明すると、座っていた席を尋ねられた。テーブルナンバーと席次を告げると、ラックに残してあったチップをカウンターの中から取り出してくれた。わたしが去ったあと、直に卓割れしたらしい。
なんとなく物足りない気分でカードキーを部屋に差し込み、でかいベッドに寝っ転がる。
結果は、9時間少々のプレーで1ドルほど、正確にいうと25セントのマイナス。つまりは、殆ど動かなかったわけだ。これからもうひと勝負かけようと思っていただけに残念ではある。首をひねると、ピンク色に染まった朝焼けがカーテン越しに広がっている。
今ごろ、日本のみんなはどうしているのだろうか、と思った。
テレビからは、空爆のニュースが繰り返し流されていた。