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木の葉隠れの里忍術学校裏の演習林において、エリート上忍と万年中忍は甚だしく噛み合わない会話を交わしていた。

「えっ?今なんと仰いました??」

「ですから、俺をあんたの恋人にしてください」

繰り返すこと既に三回・・・

唖然、愕然、呆然。無理、無茶、無謀。
 (いや、これは非常識と恥知らず・・・)

万年中忍の脳裏で単語が踊っている。目の前で話しかけるエリート上忍の言葉に反応したくなかった為に、つい別のことを考えようとしたからだ。

(ひょっとして非常識と恥知らずが生物であるならば、恐らくこんな形をしているのかも・・知れない)

人並み以上に端麗な容姿、エリート上忍にふさわしい体躯、銀色の髪と左右で色の違う瞳は決して欠点になることなく鮮やか過ぎるアクセントになっている。およそこの世の女性なら誰もが一度は甘い夢想してもおかしくない。なのに、この目の前の上忍は平凡な中忍(しかも男)に向かって次々と途方もないことを言い出したのだ。

ウミノ イルカ―年齢25歳、性別男子、職業忍術学校教師。木の葉の国の忍の里で生まれ、忍となりいささか稀な人生を歩んできたとは言え、 ごく平凡でスタンダードな中忍人生のはずであった。しかし今悪夢のような現実が何故自分に用意されているのか、彼は己の運の悪さを誰に問い質せば良いのだろう。

四半世紀に及ぶ彼の人生における最大、最悪の危機が目の前にあった。

 

「あんたを、愛しています」

 

世界中で一番幸福になれる筈の言葉は、エリート上忍"はたけ カカシ"の口からこぼれた途端一転して不幸の呪文になった。

 

 


 

 

事の起こりはイルカがカカシの下へ御礼の挨拶に出向いた事から始まった。

 

イルカは教師としては些か超法規的な手段で、とある生徒の忍術学校卒業試験の合格判定を出してしまった。出してしまったのは良いが、問題なのは果たしてその生徒を下忍として受け入れてくれる様な上忍がいるのかという事だった。とある生徒の名はうずまきナルト12歳、この少年が自らの所為ではない 出来事によって、木の葉隠れの里の住人達から不当且つ謂れの無い扱いを受け続けている事にある。13年前、木の葉隠れの里は途轍もない損害を出した襲撃を受けていた。

 

金毛九尾の妖孤―――化け物の襲撃

 

壊滅に近い損害を出し、四代目火影の命と引き換えに妖孤を封印し事態は収束したが、その余波が残した爪痕はたった一人の子供に背負わせるという形で残った。四代目火影は妖孤を封じるに当たって生まれたばかりの赤子の身をその器とした。隠遁生活を送っていた三代目火影が里長に復帰し、その事実に尽いて緘口令が引かれた。以来親兄弟も無く、里に養われる孤児は里人達の恐怖と怨嗟、侮蔑の対象となってしまった。

全く持って理不尽な話だとイルカは思う。イルカとて九尾の狐に怨みがない訳ではない。イルカの二親は里を守る為に戦い、イルカの目の前で生きながら引き裂かれた。その事については何も出来ず只護られていただけの己に不甲斐なさと怒りを覚えるばかりだが、だからと言ってナルトを怨むのは筋が違うとイルカは思っている。

ある意味ナルトは里の為に生贄とされたのに、感謝どころか迫害を受けたのである。物心も付かぬ内から人々に憎まれ続けたにも拘らず、ナルトは怨み帰すという事はしなかった。幼いながらも己を一人の人として認めさせようと努力してきた。その孤軍奮闘振りを見守り続けてきたイルカにしてみれば、これから忍としての道を歩むナルトに何としても優れた先達を与えて欲しかったのだ。心配のあまりイルカは三代目を脅したり賺したり、ナルトを受け入れてくれる上忍がいるのかどうか聞き出した。その上忍が木の葉隠れ一のエリート上忍はたけカカシと知った時は、喜んで良いものやら案じれば良いものかの判断がつかなった。何しろはたけカカシは、過去5年間全ての下忍を忍術学校へ送り帰すという厳しい判定を下している。果たしてナルトを在りのままに見て尚且つ引き受けてくれるものなのか、気が遠くなるほど胃が痛んだ。

胃が痛んだお陰かどうかは判らないが、あの、はたけカカシが下忍を受け入れたという知らせは里中に結構な激震をもたらした。イルカにしてみれば三顧の礼を尽くしても構わないほどの喜びがあった。だからこそここは一つ、お礼の挨拶に伺うべきだと思いそれを実行した。それが後々どんな災厄を引き寄せることになるのかも知らずに。

 


 

「んー・・・あんたが、あのイルカ先生?」

態々はたけカカシを探して出向いてみれば、顔を合わせた途端そう聞かれた。

「えっ・・確かに私はウミノイルカですが、どうして?・・・」

イルカは突然の問いかけに驚いて、言葉が口の中で躓いた。

「んー、うちのナルトのやつがね・・・・もう毎日ね・・・・」

「ま、毎日ですか?」

「そそ。口を開けばイルカ先生とラーメンの事ばっか。好かれてますね」

カカシは、額宛と覆い布で顔の殆どが隠されていたが一つだけのぞく蒼い目が糸のように細くなり、イルカは噂のエリート上忍が微笑んでいるのだと気が付いた。 その瞬間イルカの中ではたけカカシというエリート上忍に対する認識が決定した。

今まで、自分の可愛い教え子に好意を示してくれる人が全く皆無だっただけに、カカシがナルトの事で微笑んでくれた。この一瞬でイルカの胸中では感激の嵐が吹き荒れていた。

「あっ・・あの、有難う御座いました!ナルトを引き受けて下さって、本当に有難う御座いました!!」

突然大声を張り上げたイルカに、カカシの目が点になる。イルカは感激のあまりに呆然とするカカシの事も場所柄の事も忘れて何度も頭を下げていた。イルカにしてみれば極普通にナルトを受け入れ、あまつさえナルトの日常を微笑み付きで教えてくれた 。天にも上る心地であるが当然、カカシが脱力して肩を下げた事にも気付かなかった。

カカシの方はと言えば、日々ナルトから聞かされ続けるイルカ先生話に虚実半々ぐらいだろうと判断して耳を傾けていた。勿論ある程度サスケや、サクラからの同意も聞いている。しかし、ナルトは真実本当の事だけを話していたのだと改めて実感させられた。

顔のど真ん中にある一文字傷も、思い込んだら後先考えない熱血教師振りも正しくその通りだとイルカは実践してくれた。チビたち三人から耳にタコが出来るほど聞かされたイルカ先生の話は、否が応でもカカシの興味を引いたし何よりその顔立ちが激しくカカシの脳神経細胞を刺激する。

「本当に何とお礼を言ってよいものやら、これでナルトのやつも・・?」

「センセ、んー・・・少し落ち着いたらどうです?」

米搗きバッタの様に頭を下げ続けるイルカの両肩に手をかけて、カカシは強引にイルカ引き起こすと話しかけた。当然イルカは我に返り自分がとんでもない粗相をしでかしたと青くなる。

「えっ・・・あの、私は・・・あぁ場所柄もわきまえず大声を出して申し訳ありません」

カカシに両肩をつかまれたまま、おたおたと両手と首を振り回すイルカに

「気にしなくていーですから・・はい、深呼吸、深呼吸」

決定打であった。

そもそも忍の里に於けるヒエラルキーは厳然たるものがある。上忍が、中・下忍に気を使う様な事は先ずありえない。ついナルトの事で頭が一杯だったとは言え、 アカデミー依頼受付所前の廊下で一人大声を張り上げ騒ぎ立てカカシに恥を掻かせてしまったのではと慌てたイルカに、カカシは気にするなと寛大な態度を示してくれた。それだけでイルカは、 「はたけ上忍=気さくで良い人」と言うイルカ本人しか理解できない図式を頭の中作り上げてしまった。間違いの素である。

イルカの中でカカシに対する高感度が急上昇していたとき、カカシはカカシで碌でもない算段をしていた。話を聞けば聞くほど、今時そんな奴がいる訳無いだろうと思う様な真似ばかりをする熱血先生は、絶滅危惧種の天然記念物並だった。ナルトの話し一つで、緊張 の所為だろう不安げな表情を一転させ感激のあまり縋らんばかりの嬉しげな顔。何より実物のイルカは余人には到底理解し得ないカカシの好みを綺麗にクリアしていた。イルカがアカデミー内においてある種のアイドル的存在であることも、三代目のお気に入りであることも、 自分の受持ちである三人の子供達の事もカカシにとっては最早眼中に無い。
詰まる所

(絶対ゲット、イルカ先生とイチャパラでGO!!)

カカシがそんなことを考えながら下心テンコ盛りでイルカの肩を掴んでいたとは思いもよらないイルカ、イルカのうっかり勘違いを気付きながら更に親しく付き合う方法を考えるカカシ。

依頼受付所に出入りする通行人達の著しい顰蹙の凝視を浴びながら、果てしなく隔たっている二人であった。

 


 

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