海宝戦隊ダシレンジャー
第一話『出撃! 海より来る戦士達』


 どことも知れぬ場所。どこまでも落ちてゆく、とさえ思っていた。

(まさかラーメン屋の床が無い、なんてな……。最悪のジョークだ……)

 武はどうでもいいことを考えながら、せめてこの落下体験を心行くまで満喫しようと思っていた。体感でしかないが、すでにかなりの距離を落下している。このまま地面なり床なりにぶつかったら間違いなく自分は死ぬだろう。そんなことを思っていたが、不思議と走馬灯は見なかった。死を確信していないせいかもしれない。
 どれだけ落ちたかも忘れたころ、不意に自分の全身を支配していた落下感がなくなっているのに、ようやく武は気が付いた。水の中にもぐっているような感じがするが、不思議と息苦しくない。

(何だ、これは……。俺は早くここから……)

『ここから、どこに行く?』

 考えていたことの先をとるような声。思わず大きく口を開いた。水が口の中に入ってきているはずだが、まったく息苦しくない。

「俺は、上にいるあいつを助けなきゃならないんだ!」
『何も出来ないのにか?』

 声は強く、重く。真実を告げてくる。確かに、逃げることしか出来なかった。それを改めて思い出し、武は唇をかむ。声はゆっくりと、しかし悠然と続けてくる。己の中に内封している記憶を解きほぐすかのように。

『奴らは、強力だ。恐るべきエゴの塊だ。それ故に、命の源を汚そうとしている』
「命の、源……」

 一瞬だけ声に詰まった武。感覚的に分かっていた。これが、何の声なのかが。
 理屈は分からない。しかしこれは、海が放つ声なのだ。全ての命を生み出した、母なる海が放つ声。それが今、武の耳に、心に。直接声を届けている。
 水が植物を作り、地球を酸素で満たした。水の中から生命が生まれ、魚がやがて両生類となり、陸へと上がっていった。そう、命の源は、海の中にある。母なる海の源に……。
 それを確信したとたん、不意に景色が、開けた。光が目の前を覆ったかと思うと、自分が水の中にいるという現実が伝わってくる。当然、息苦しさも。
 あわてて顔を出そうと身を起こすと、ざばっと音がしてすぐに体が外に出た。

「ぷはっ!」

 顔を出すと、そこは小さな水槽だった。自分ひとりが入るのが限界ぐらいの。とてもじゃないが、あれほど広大だった海だとはとても思えない。いや、あれはそもそも海だったのか。
 見回すと、そこは奇妙な部屋だった。小さな椅子が合わせて七つほど、水槽を取り囲む形で置かれている。何とはなしに水槽から出ると、不思議と体はぬれていない。

(つくづく不思議な水槽だな……。いや。水が、か)

 首をひねりながら、床に足を下ろす。周囲に照明器具は無いようだが、何かほの明るい光が周囲を覆っている。どういう理屈かは分からないが、部屋そのものが光っているかのようだ。

「……どうかね、気分は」

 不意に聞こえた声。顔を向けると、そこには働き盛りをほんの少しだけ過ぎたくらいの男が立っていた。精悍な顔つきに、真っ黒く短い髪。日に焼けた浅黒い肌は筋骨隆々とし、Tシャツとズボンと簡素ないでたちはいかにも海の男、と感じさせる。その顔には、無論見覚えがあった。

「若生の親父さん? ここは一体……。何でラーメン屋の地下にこんなもんが?」

 指を振りたてながら次々に問いかけを投げる武だったが、ふとあることに気が付いた。その両手に、なにやら巨大なものがくっついている。
 時計にしては巨大なそれは、それぞれが長方形をしていた。なにやら色々と模様が入っていて綺麗ではあるのだが、そもそもこんなものつけていた記憶がない。第一、時計は両手につけるものではないのだが。

「……これこそ、私がここに店を構えた本来の理由なのだ。今、この星は狙われている。幾多の星から資源を奪い取り、生命のひとかけらも残さない恐怖の略奪者……。ア・ジノモート帝国にな。お前が港で出会ったのは、その尖兵よ」

 海宝軒の店長であり、明の父親にもあたる男……。若生 信楽はそう言って、すっと出口らしき場所を指差した。武は一瞬何を言っているのかわからず呆然としてしまったが、こんなものを見せられては信用するしかない。
 何より、その表情や雰囲気には真剣さがあった。悪に対する怒りと言うべき、強い怒りを内包した風格。オーラと言い換えてもいいかもしれない。ここまでの風格を纏いながら嘘を言う人間などそうはいないし、もし嘘だったとしてもだまされる気にもなる……。武は自分を、そう納得させた。

「君には力がある。オーシャン・ウェーブを強く宿しているのだ」
「オーシャン・ウェーブ……」

 鸚鵡返しにつぶやく武に、信楽は一つ頷いた。

「万物の源たる海より生まれ、育まれた命のエネルギーだ。全ての生命に等しく宿っているが、君の力は常人のそれをはるかに超えている。命の重さを知らぬ奴らを倒すのは、力や技ではない。命そのものが持つ、大いなる力……。オーシャン・ウェーブによってのみ、打ち倒すことが出来るのだ」

 信楽の説明に、一つ頷く武。言葉の意味そのものは分からないが、不思議と心で理解できた。やはりそれは、彼の言うオーシャン・ウェーブによるものなのだろうか。

「とにかく、明が一人で上にいるままなんだ……。行かないと」

 なおも何かを説明しようとする信楽を一言で押さえ、武は走り始めた。



 ここで、時間は少しさかのぼる。
 五色の光が収まった後、明の姿は一変していた。その身を深緑のぴったりしたスーツで覆うと、先程までは感じられなかった気迫が周囲にさえ発散しているかのようである。

「さあ、来い!」

 強く声音を発すると、わらわらと明を取り囲んでいた雑兵たちがいっせいに踊りかかった。手を振り上げて突っ込んでくるそいつらを、明は転がって避ける。一同が衝突しているのを見て取り、右腰に下げた銃を引き抜いた。そのまま引き金を引くと、ほとばしる光線が固まった戦闘員達を次々に破壊してゆく。

「スースムー程度じゃあ、僕は倒せないよ!」

 そのまま大見得を切った明に向かって、横合いから巨大な塊が襲い掛かった。避けきれずに受けて転がる明の前に、灰色をした巨体がずしり、と重い一歩を踏み出す。
 その様相を一言でいい\あらわすとすれば、人狼と言うのが正しいだろう。最も、顔は狼ではなくブルドックのそれで、体もそれにあわせてマッシブになり、体に鎖を巻きつけている。手に持った鉄球がそれに直結していることから、さっき殴られたものはそれだと明は判断した。

「このブルテストさまを相手に、そんなことが言っていられるかな? 今はお前一人なんだぜ?」
「う、うるさい!」

 灰色の巨大ブルドックはそう言って、右手の鉄球を再び投げつける。右方向に避けた明だったが、そのままぞんざいに振り回されたブルテストの手で翻る鉄球を受け、そのまま地面を転がった。転がってゆく明を、ブルテストの口から放たれた衝撃波が吹き飛ばし、スーツから火花が散る。

「さあ、そろそろ終わりだ……!」

 そして、ブルテストが鉄球をもう一度振り上げた、そのとき。

「待てえっ!」

 海宝軒から飛び出した武の声が、ブルテストの動きを止めた。唸り声を上げながら繰り出された鉄球の一撃を横に避けると、明のほうへと近寄る。

「明、大丈夫か?」
「な、何とか。それよりも早く、変身を!」

 助け起こされた明に促され、両手に付いたブレスレットを顔の前で組み合わせる武。敵を前にして、武の中の何かが自分の為すべき事を伝えているかのようだった。一切のよどみなく、左腕のブレスからキーを取り出し、それを右手のブレスに差し込み、通過させる。

「海宝覚醒! オーシャンチェンジャー!」

 宣言と同時、武の体が五色の光に包まれた。光は彼の体を包むかのように踊り、その身を守るスーツを構成する。光が収まり、その体を彩るスーツの色は、赤。

「紅の双角! クラブレッド、見参!」

 びしりとポーズを決める様は、つい先ほどまで普通の漁師だったとは思えないほどの決まりようだった。ブルテストが繰り出す鉄球を側転しつつ避けると、思い出したかのように襲い掛かるスースムーを掴み、背負い投げの容量で投げ飛ばす。
 空中を踊るスースムー達が接触すると、耐久力の限界に来ていたのかそのまま爆発した。

「さあ、後はお前だけだ!」
「小癪なっ!」

 大見得を切る武に向かい、再度鉄球を投げつけるブルテスト。次々に繰り出されるそれらを避けつつ接近した猛の拳が、ブルテストをわずかにひるませた。続けて放つ横蹴りで、一気に間合いを離す。

「これがオーシャン・ウェーブの、力だと……?」
「お前は、俺の友人を傷つけた。絶対に、許さん!」

 困惑気味のブルテストに向かい、声を荒げる武。同時、両手に装着されたオーシャンチェンジャーが光を放つ。まるでそれが何を意味しているか分かっているかのように、猛はスイッチを操作した。赤い光が両手に集まり、見る間に真紅の輝きを放つ、ナックルガードとなった。

「クラブクロー!」

 その名を告げると同時、ナックルガードからそれぞれ二本の鋭利な爪が飛び出す。鎖を短く持って鉄球を叩き込もうとするブルテストの攻めを避け、両手の爪を次々に叩きこむ武。苦悶の声をあげるブルテストに向かって、止めとばかりに両手での突きを打ち込む。

「がはあっ!」

 体から火花を散らし、吹き飛ばされるブルテスト。猛はそのまま身構え、体のそこから沸き起こる力を両手へと収束する。今まで開いていたクラブクローの爪が閉じ、一本の巨大な刃となる。そこから、赤い光の刃が立ち上った。

「クリムゾン・チョッパー!」

 二本の光剣となったクラブクローを振るい、声を上げる。相手を寸断するかのような光に、ぶるテストはひときわ高い声を上げ、くるくるとキリモミながら地面に倒れる。
 直後、すさまじい爆発と共にブルテストの体が消えた。

「……やった、か」
「……す、ごい……」

 元の姿に戻った武と明は、その様子を見てわずかに息を呑んだ。そして、二人揃ってその場を、見据える。
 何かが始まる。ブルテストがいた場所に燃える炎の残滓は、二人にそれを予感させるに足るものだった。


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