LostAngel〜黄 九城〜「Mercurius Girl」(後編)



 その様子を見た者達は、何事かと首をかしげることだろう。
 薄い青をした丸っこい機械が、黒い服の男を抱えあげてどこぞへと高速移動すると言う、ある意味でシュールとしか言いようの無い光景。

「だああああっ! 止まれ、ともかく止まれ!」

 アームにがっちりと捕まれた黄が、わめくように声を上げる。掴まれた挙句、どことも知らぬ場所に引っ張り込まれるなど好きになれるはずもない。その願いが通じたのか、ローラーダッシュしていた青い機体はゆっくりとその動きを止めた。半ば振り払うようにしてアームから逃れ、周囲を確認して状況を推察する。場所から言って、逢坂中央市街のどこか。市役所はさっきより近付いているはずだ。 

「ともかく、その理不尽極まりねぇ変身どうにかしろ! 目立ってしかたねぇ……」

 肩をすくめながら言う甲に反応したのか、さっきの構図を逆回しにするかのようにして多脚ロボの姿が消え、代わりにあるのはどこか中途半端なガッツポーズをするリパティの姿。

「しかしまぁ、人型してるから違うかなとは思ったが、マジで人間じゃなかったのな、お前……」

 嘆息一つしながら、初めてリパティの全身を上から下へ流すように見る黄。僅かなつなぎ目などがなかったら、とてもじゃないが人間じゃないといわれても説得力がない。それほどの技術は多くの人の目を引き、一部の技術者には強迫観念にも似た強烈な興味や収集欲をかきたてるだろう。それゆえに、リパティもその一点だけは自信があったようだった。

「今までなんだと思ってたんですか……?」
「コールドスリープで運ばれてきたガキ」

 リパティの言葉を一言で、ばっさりと斬り捨てる。自分が普通と違う存在である、と言うことに何かしら誇りを持っていたとしたら、今の一言は間違いなく禁句だ。事実、リパティも視線を足元に落とした。もう一押しでもしたら泣きそうではある。

「まあ、どんな秘密兵器かぐらいは、俺も知る権利はあるからな。おあつらえ向きに、物知り男もそこにいる」

 物知り男、と言う言葉に周囲をきょろきょろ見回すリパティ。黄はそれに対し、角の一角を指し示す。薄暗い路地裏に入りかける角に、背中を壁に預けて立つ、白いスーツの男。

「……やれやれ。君にかかっては、穏行も意味がないな」
「お前が分かりやすいんだよR。それに、頃合だろ?」

 小さく笑って言う黄に、Rも僅かな苦笑で返す。やり取りそのものは実に荒っぽいが、不思議とこの二人ではそれがはまって見える。少なくとも、リパティはそう感じた。

「さて、錬金術と言うものを知っているかね?」
「確か、黄金を作るのを目標にした科学、だったか?」

 黄の答えに、Rは頷く。口元に張り付いたような、薄い笑みは変わらない。

「驚いたな、意外に博識だな」
「……俺の頭にはわらくずが詰まってるわけじゃないんだぜ?」

 言おうとした言葉尻を取られ、少々沈黙するR。してやったりと言う表情の黄のことを、あまり直視しようとはせずに。むしろ淡々と言葉を繋ぐ。

「まあ、いい。ともあれ、錬金術の最終目標である黄金の生成。それは、分子の結合状態、ならびに分子構成まで切り替えなければ成し得ないと言う難事業だ。とてもじゃないが、通常の方法では追いつけない」

 何と言うこともなく話し始めるR。黄はそれ以上口をさしはさむことをせず、黙って壁に背を預ける。
 その事実に、リパティはある疑問を覚えたが、それを言う気にはなれなかった。

「だが、それを可能にする物質がある。分子の構造をも編成させる超エネルギーを持つ存在、それを人は賢者の石と呼ぶ。実際は石と言うより、分子構造を変化させる特殊な波長の集合体……。光や音の煮凝り、とでも言うべきかね」

 Rはたんたんと、まるで決定事項のように言葉をつむいでゆく。常人からすれば鼻つまみである学説も、この男からすれば十分に信用する言葉であるようだ。しかしその目に、一切の迷いはない。
 こんな目をしながら、鼻つまみの学説を語る。そんなことが出来るのは二種類のうちどちらかしかいない。
 信じられないほどの夢語りか、それとも。その学説を、本当に証明できているのか。二人の目には、それの区別が今のところ付いていない。

「無論、それは固体である方が望ましい。何故石とされるか。それは固体の方が、分子編成の波長を一所に凝縮できるからだ。だが、たとえ固体でなかったとしても、その能力を一所に集めれば十分にその役割を果たす事はできる。例えるなら……」
「液体でも、ですね」

 Rの言葉に、答えたのはリパティだった。彼女の頭に、ある確信が走る。間違いない、彼は全てを知っている。
 彼女の言葉に、Rは一つ頷いて見せた。

「理解が早くて助かる。彼女の体の中には、いまだ不純物が混ざってはいるが、間違いなく賢者の石に上り詰める過程の物質。それっぽい言い方をすれば賢者の液が流れている。我々の、血の代わりに」

 薄い笑みを浮かべながらの回答は、驚くほどに正解を言い当てていた。それを聞いて、黄の表情がわずかに動く。あれだけの派手な変形をするには、相当量のエネルギーが必要ではある。恐らくは核分裂か、それ以上の……。だとしたら?

「あのよ、R。それって実はとんでもない代物なんじゃないか?」
「いまさら気づいたのか?」
「そうですよ、私ってすごいんですよ?」

 黄の確認するような問いかけに、Rは頭を抱えながら苦笑し、リパティはえっへんと胸を張る。その様子を見て取って、黄はゆっくりと後ろを向いた。

「……まあ、そういうことなら。あれが追っかけてくるのも分かるってもんだな」

 薄く笑って、懐から銀のジッポライターを取り出す。Rもそれに反応するようにそちらを見、リパティがぴょこぴょこしながらそっちを確認する。
 三人の目の前には、先ほど撒いたはずの男達がぞろぞろと歩いてくる。先ほどと違う点は、どこか表情が虚ろであることぐらいか。

「ったく、しつこいな……」
「まあ、商品だからな。もっとも、それだけではないようだが」

 ふう、と息をつく黄。Rはそのまま数歩身を引き、リパティを守るように身構える。ジッポが炎を作り、それが巨大化して皇翼を生み出す。自分の背丈と同じくらいのそれを片手で楽々と持ち、迫り来る男達をにらみつける。

「さて、死にたい奴からかかって……」
「だめですようっ!」

 突っ込んでいこうとした黄の襟首を、リパティががっちりと捕まえる。ジャンプしながらの荒業は、流石に黄の首をも少々痛くする。

「あの人たちは生きてるんですよ? それをそんな剣でばさーってやっちゃったら……」
「……あいつらは、死んでるのとかわらねえ」

 リパティの言い分に対し、黄は静かな声で答える。しかし、その口調に浮いているのがさっきと同じどこか軽い口調でないのは、分かっている。
 髪の間からうかがい知れた、彼の表情は間違いなく。

「自分の意思を明け渡して、何かしようって思いを利用されて。上で糸引く奴らの高笑いをリズムにワルツ踊るような奴を……。俺は人とは、よばねえ。呼んでやることさえ許せねえ!」

 苦悶、だった。そのまま突っ込んで行く黄を、止める事がリパティには出来ない。そのまま咆哮と同時に突っ込んで行く黄の背を、追うように走り出すことしか出来なかった。

「……いいのかね?」

 確認するような、Rの声。それに答えるように、リパティの体は変形を始めている。複雑な多脚戦車の様を見、Rはその表情に浮かべていた薄い笑みを、収めた。

「命は、そんなに安いものじゃないんですっ!」

 超高速機動で黄をも追い抜き、ロボットアームを振るう。うつろな目をした男達を薙ぎ倒す最中、リパティはその口が次々に動いていることを、嫌でも目にした。

『聖なるかな……。聖なるかな……。聖なるかな……』

 神への文句をぶつぶつと呟いている。強制的に搾り出される賛美歌。それをとめようと四本あるアームを薙ぎ躍らせるさまを、黄が静かに見つめていた。

「まるで独楽だな……。ま、いいか」

 その鋭い視線を、黄はただ上に向けた。表情に、地獄の鬼さえひとにらみで倒せそうな怒りと苛立ちをつめて。

「出てきやがれ!」

 それに答えるように、白い羽根が、ひとひら。
 ついで落ちてくる光と剣を、皇翼を振り回して受け止め、払いのける。はじかれたように空に染み出す姿は、白い衣、白い鎧、そして白磁の翼。銀の剣を振り回す、まるで人形のような美形。金髪碧眼の、彫の深い顔立ちにわずかな怒りを乗せて。

「あの石こそは、我が主のためにこそ存在するもの。それを破る神敵は、滅する!」

 つばぜり合いをしながら、静かに声を上げる天使。プログラムじみた言葉を聞き、黄が表情をゆがめる。文字通りの、憤怒に。
 己の激情を、一言。空気を震わせる声として、叩きつける。

「あれは生きてんだよ……。てめえの都合押しつけんじゃねえ!」

 そのまま、腕力に任せて剣を振りぬかんとする黄に、膝蹴りを打ち込む天使。がくり、と黄の体が沈み込んだところに空いた手をむけ、光を打ち出す。まるで杭打ちのように至近距離で炸裂したそれを、弾き飛ばすのは、真紅。
 それは、全てを壊すために翻る。何もかもを壊し、燃やし、破壊する。赤く紅い、炎の翼。
 だが、いや、だからだろうか。リパティは二対の翼を翻す男の背中を見て、ただ一言だけ呟いた。

「きれい……」

 そのまま、天へと駆け上がって行く黄。剣を振りかぶる天使の懐に入り込み、加速に任せた体当たりを見舞う。ぐらりと体を揺らした天使をさらに上へと導きながら、より高くを目指し飛ぶ。そして、その上にあったのは、電線。空を切り取るような線に、天使の体が絡め取られた。

「こんな、もの……っ!」

 黄が身を引いたのをいいことに、邪魔な電線を切り裂く天使。人の作ったものなど自分には効果がない、とでも踏んでいたのだろう。今まではその実、そうだったに違いない。
 しかし彼は忘れていた。ここは怪異と人が踊る町。怪異が人を傷つけるなら、その逆もあるということに。

「が、あああああああっ!?」

 剣が電線を切り捨てたとき。天使は体を走る強烈な電流に身を打たれ、よろよろと墜落する。地面に叩きつけられた姿には神の使いとしての威厳などすでになく、その様はまるで地に落とされた鳥のようだった。

(負けるのか、この私が?)

 天使の心に浮かぶ、自問。それは冷たく、明確な答えをすでに出していた。もう勝てない、もう、飛ぶことはできない。けれど。

(負けられない……。負けられない! あの男に、勝ちたい!!)

 天使としての気持ちが、個人の気持ちに摩り替わってゆく。それにあわせて、白かった翼がゆっくりと、色を変えてゆく。
 Rはそれを見るや、表情を小さく変えた。

(たとえ、他の全てを犠牲にしても!)

 天使が、そう決意した瞬間。彼の中で、何かが切れた。
 瞬間、叩きつけるように吹く風が周囲を踊り、人といわず物といわず吹き飛ばしてゆく。

「きゃあああっ!」

 吹き飛ばされかけたリパティをかばうように、Rはその前に立ち風を一身に受ける。空中で黄が、地上でRとリパティが。三者がじっと見据える中、破滅の嵐に色がついていく。
 大地に、大きく広がる翼は……。カラスのような、漆黒。

「何、だ……。ありゃあ……」
「堕天(フォール・ダウン)……。まさかこんなに早く……」

 空で体勢を立て直した黄は、その様を見て呆然と呟く。静かに立つRの呟きは、誰にも届くことはなく。次の瞬間、漆黒が舞った。
 空中にいる黄の体に向かって、叩きつけるような力の本流が打ち込まれる。今までのものと同じとたかをくくっていた黄の体が、ぐらりとよろけた。

「な、に……!?」

 かは、とわずかな呼気を漏らす。その間に、すでに天使は黄の目前へと羽ばたいていた。
 手にしていた剣を、力の限り黄へと叩き込む。それを皇翼で防いだ黄ではあるが、あまりの膂力に体勢が流れ崩れる。
 地上と違い、空中では強力な力を受けると体勢が流れやすい。感覚的にそれを知るが故の一撃を打ち込み、バランスを崩した黄に剣を噛みあわせ、そのまま横合いのビルへと押し込んでゆく。

「何だ……。このパワーは……?」

 黄も全力で羽ばたくが、相手の力のほうがより強い。純粋な力勝負で負けることはいくらでもあるが、圧倒的なパワーと言うものを空中戦に求めるのは基本的には間違いである。相手は空中に浮かんでいるが、同様に自分も空中に飛ぶ必要があるのだ。自分が飛ぶためにも、幾分かの力は裂かなくてはならないのだ。
 それでもなお押されると言うことは、たった一つの答えしかない。

「こいつ……。いきなり強く……?」

 黄の呟きは、背後で皹入る壁の音に消された。そのまま壁を貫き、建材を巻き込んで、わずかながらに動きが止まる。前に出ようとする黄の体の前に、天使の左手が突き出された。

「死ねええええええっ!!」

 強烈な、声。今までとは違う、明確な意思を感じる声。続けざまに放たれる光が、黄の体を次々と打ち据える。抵抗することも、声の違いを感じることも許されぬまま、黄の体はビルの倒壊に消えてゆく。

「勝った……。俺は、勝ったんだ……」

 天使の声に、混じる喜び。そして、彼は見る。漆黒に染まる自分の羽を。

「これは……。これは何だ? これが俺の羽根か?」
「そうだ。それが、君の羽根だ。天使ならそれが何を意味するか分かっているだろう」

 呆然とする天使に、Rが事実を突きつける。淡々と、だからこそ冷酷に。

「力を得る代わりに、神の信頼を失う……。堕天とはそういうことなのだよ」

 力を得た代償を、つきつける。何もない空間に、天使の絶叫が、上がった。



 ビルに突っ込まされた黄は、体を幾度となく動かそうと試みていた。しかし、強く壁面に縫い付けられた体は動こうとしない。
 体に与えられたダメージは、深刻だった。動けなければ、恐らく死が待っているだろう。戦いと言うものが生む、どうしようもない現実。
 眠ることさえ忘れてしまいそうな激痛と、立ち上がらなくてはならないと言う意思のせめぎ会いの中。半ば閉じかけたまぶたの裏に、一つの顔が浮く。どこか、悲しそうな顔で。銀髪の少女が、黄に向かってその細い手をのばしてくる。

「俺を、迎えに来やがったのか……?」

 表情に、わずかながら浮いた苦笑。それだけで全身がきしむように痛い。
 想像を絶するダメージによって麻痺しかかっていた痛覚が、少しづつ元に戻ってゆく。肉体の反応を上回る、意思の表れ。

『九城っ!』

 声が、聞こえた。聞きたかった声。
 それは、この世界にはいないかもしれない。もう、俺の事を必要としていないのかもしれない。
 だが、それは届いた。かつてあったと言う事実として。自分を必要としたと言う、想いとして。

「ティセ……っ!」

 不可能を可能にするには、それだけで十分だった。



 咆哮を上げる天使が目にしたのは、からからと瓦礫が崩れ落ちるビルの一角だった。そこに、自分をこんな姿にした男が居る。
 もはや死んでいようと構いはしない。奴をこの世に、残しておかない。たとえ髪のひとすじ、肉片のひとかけらでさえも。
 止まりかけた思考が、その結論を出し。天使は手にした剣を振り上げる。

「……死ねぇぇぇぇぇっ!」

 咆哮一閃。剣からほとばしる黒い力の波動は、ビルそのものを直撃し倒壊させる。ガラガラと崩れ落ちる瓦礫さえも残さんと、第二撃を打ち出そうとした男の目に。その様子を見ていた、Rとリパティの目にも。
 信じられないもののはずなのに、どこか当然と言うべき説得力を持って。一つの結果がそこにあった。

「……勝手に、殺すんじゃねえ」

 悠然と地に足をつけて立つ、赤髪の男がそこにいる。その背に、真紅の翼を翻し。打ち放たれた第二撃は、翼から抜け落ちた赤い羽根が反らし、あらぬ方向へと飛んで行く。

「き、さ、まぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 奇声を上げながら突撃する天使の剣を、黄の手にした皇翼が受け止める。上段からの打ち込みを柄に近い部分で防ぎ、長さを利用して力を反らす。剣術の基本とも言うべき動作だった。
 
「お前が俺をどう思ってるかは、知らねえ。戦う理由も、何もかも」

 ため息を吐きながら、天使を見上げる黄。その表情に、さっきまでの不機嫌さは感じられない。じっと見据える目線は、ただ天使の顔を、目を見ている。
 理想像とも言うべき整った顔を憤怒に染めて、自分に殺意を向けてくる。狂想のあらわれであるその顔を、黄は真正面から見詰め返す。

「だが、な……。俺は死ねねえんだよ。ティセに会うまでは!」

 剣を受け流し、そのままふわりと宙に舞う。加速しながらの飛び膝蹴りを避けた天使に向け、羽ばたきによって抜け落ちた数枚の羽根が迫り、一枚も残さず爆散する。
 爆風に乗って空へと舞い上がる黄に向かい、放たれる漆黒の光条。かなりの速度で迫るそれを、黄は左の裏拳でそらし、空の彼方へと追いやる。

「馬鹿なっ……!!」
「お前のおかげで、ようやく思い出したぜ……。ほんの少しだが、な」

 驚愕の相を顔に貼り付けた堕天使に、左手を向けながら答える黄。人差し指と中指の間に挟んだ一枚の羽根が、輪郭を揺るがせながら煌々と燃え上がる。羽から手を離し、五指を開いた左手の中で、羽は炎へ姿を変えた。

「まあ。こんな厄介な代物が生えてる時点で気付け、ってのが正しいがな……」

 自嘲的な黄の言葉を聞かず、剣を携えて飛び掛る堕天使。黄は相手のほうを見据えて、左手の炎を解き放つ。そのまま空気を燃やすかのような火炎が一直線に走り、堕天使は剣を振るってそれを切り裂く。再度堕天使が振りかぶるまでの間に、黄の手にはしっかりと皇翼が握られていた。頭を叩き割らんと振りかぶった斬撃を、柄に近い部分でしっかりと受け止める。

「その、羽根は……」
「俺の翼は特製でな……」

 黄はそう、答えながら。地に足をつけたまま、翼をはためかせる。周囲に羽根が舞い落ちて、堕天使がわずかに表情を変える。そのまま黄が受けとけた剣を振る動きにあわせて、堕天使は上空へと退避する。
 次の瞬間、周囲の羽が全て爆散し、黄の姿は赤い炎の中に消えた。

「―――黄さん!!」
「馬鹿め、自爆したか!」

 悲痛なリパティの声、そして嘲る堕天使の声。Rは何も言わず、目前の爆発を見詰めている。三者三様の視線の中、爆発した炎を背負い、黒い姿が天へと、翔る。爆発を噴射剤にし、背から真紅の尾を引いて。

「おおおおおおっ!」

 それさえも打ち砕かんと、黒い光を纏う剣を振り下ろす堕天使と。

「……らあああああああっ!」

 限界を超えた加速のなか、漆黒の矢と化した黄と。二つの叫びが響き渡る。
 振り下ろされた剣が放つ漆黒の光は、まっすぐに黄を打ち落とさんと突き進む。光が黄に触れようとした、瞬間。
 黄の体が、真紅の炎に覆われた。真紅の炎を羽毛に、突き出す剣を嘴に。天を目指して羽ばたく一羽の鳳凰は、黒い光を貫き。
 そのまま天使をも、嘴に捕らえた。

「おあ、ああ……」

 かは、と血を吐く天使。誰の目から見ても、もはや長くはない。全身の炎を舞い散らせて、黄はその顔を、見据える。

「……ここは、人の街だ。お前達の加護は必要ない……」

 言い切るように、声をかけて剣を引き抜く。そのまま、左手をゆっくりと向けた。それを見た天使が、薄く笑う。

「なら、護り切って見せろ……。赤い翼の、人間」
「せめて、神の御許で眠りな。席を追われた、俺の居場所で」

 互いに、小さな言葉を交わしあい。黄の左手から解き放たれた炎が、天使を空中で焼き尽くした。
 そのまま翼を翻し、Rたちの元に着地する黄。口を開こうとしたところに、ぴょこ、と踏み込んだリパティが突っ込んで……。

「なにやってるんですかあっ!?」

 声をかけようとした黄に、飛び蹴りをかました。そのままの表情で横にすっ転がる黄。その様子を完全に無視して、息を吸い込む。

「無茶苦茶してるのはそっちじゃないですかっ!? よくもまあそれで人に理不尽とかいえたものですねっ!」
「うるせえ! この翼は自前だ! お前みたいにギミックつきで完全変形じゃねえんだよ!」

 そのまま身を起こした黄と、騒々しく言い合いをはじめる。数をまくし立てるリパティと、刃のような一言を速射する黄。その様子を静かに見ていたRは、ただ口元に小さな笑みを浮かべて。

「……まったく、今後が思いやられるな」

 そんな言葉を、呟いた。

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