LostAngel〜黄 九城〜「Mercurius Girl」(前編)




 簡単な仕事のはずだった。聞いてる話じゃその通りだ。
 そして、その通りに事も運んだ。
 ならば、何で俺はこんな風に首を捻っているのだろうか?
 理由は簡単。予想外のおまけがついてきたからだ。

「……あーもう! ここまで大事たぁ聞いてねえぞ!」

 ぶちぶちと愚痴をこぼしながら、走る影がある。
 肩までで切り揃えられた赤髪と、周囲をせわしなく見まわす金の双眸。明らかに衣類には無頓着だと分かる黒のシャツとズボンと言う簡素極まりない衣類。
 手には巨大なスーツケースを持ち、近くの路地に文字通り滑り込む。万引きやら何やらは、この逢坂では別に珍しい事ではない。要するに、気を抜いた奴の負けなのだ。
 だが、それが20を越える大集団に追われるものともなれば、少々印象も変わって来るだろうか。

「待てーっ!」
「逃がすな、追えーっ! 荷さえ無事なら殺しても構わん!」

 背後から物騒な言葉が連続する。その一言を聞きとがめ、男がざ、と立ち止まった。
 周囲を一度確認し、嘆息。そのまま逃げようと思っていた足が、ゆっくりと一群を確認出来る方へと進む。
 すぐさま、荷物ごと男は包囲された。物量と言うのは非情なものだ。

「へへ、ようやく観念したか?」

 追いかけてきた男の一人が、下卑た口調で言いながら手を伸ばして来る。赤い髪の男はそれに対し、右足を跳ね上げた。ごすっと鈍い音がして、男の鼻っ柱が綺麗に潰れる。
 腰の入っていない、蹴り。通称ヤクザキックと呼ばれるそれを顔面に食らわせた男は、どこか覚悟の決まったような目つきをして周囲を睥睨する。

「ああ。逃げるのは、止めだ……」

 赤髪の男は面倒そうに答えると、首を左右に動かす。ごきごきと骨の鳴る音と共に、周囲一同を鋭い目で眺める。そのまま軽いステップで身構えると、周囲から緊張感がせりあがるように沸く。
 しかし、男は一切動じない。その程度慣れっこだと言うように、平然としたもの。

「お前らみんなぶっ潰して、先に行く事にするぜ。そっちの方が手間が省けて良い」

 言いざま、かかって来いとばかりに前の男に手招きして見せる。その動作が終わるか早いか、文字通り四方八方から遅いかかって来る男達。
 男の対応は、素早かった。まず持ってきたスーツケースを掴むと、そのまま前へとフルスイング。渡すと言うより、しばき倒す用途の一撃。ついでに手を離し、破壊力をさらに高める。
 慌ててケースを取ろうとした男を待っていたのは、容赦のない蹴りだった。赤髪の男の放ったそれは、あっさりと男の鼻っ柱をへし折る。そのまま、まるで男を踏み越えるようにして道の上をすべり、スーツケースは一人の男の目前に流れついた。
 それは、この状況にはあまりにも不似合いな姿だった。
 汚れ一つ無い白いスーツも、極々プレーンに見えてその実えらい上等な革靴も、背中まで流れるように整った金髪も、まるでギリシャ彫刻か何かのように整った理想的な顔立ちも、その表情に浮いた穏やかな微笑さえもが。ここまで不況和音を奏でるのは珍しいとばかりに、周囲の状況から外れていた。

「……相変わらず荒っぽい仕事ぶりだな、黄 九城」
「役目は終わったぜ。こいつら何とかしてくれR」

 静かな物言いで語りかける金髪の男に、うんざりしたように答える赤髪の男。ここでようやく、大挙していた男達はこの二人がグルだと感付いた。
 しかし、だからと言って矛先がRに変わるわけがない。むしろ、先ほどに倍する殺気と罵声を上げながら黄へと大挙する男達。黄はそれに対して、けだるそうにため息をついた後。

「……まだやる気だってんなら……。覚悟を決めな」

 呟きながら、黄が顔を上げる。鋭い眼差しで、相手を見据えながら。
 瞬間。男達は同時に察した。まるで、蛇に睨まれた蛙が自らの死を覚悟するかの如く。
 こいつは、自分達の何倍も危険だ、と。頭では無く本能で感じ取った。そうなった場合、彼らに残された手段は逃亡しか無い。我先にと、蜘蛛の子を散らすかの如く逃げてゆく男たちの様子を見るや、黄は大仰にため息を吐いた。

「……格上と見るやこれかよ……。あいつら根性がなってねぇなあ……」
「君に睨まれれば、私だって逃げる」

 少々不満げに呟く黄に、安請け合いを返すR。その言葉を聞くや、黄はひらりと片手を上げた。

「じゃ、俺もう仕事終わったし。仕事料はいつものとこに振り込んどいて」

 そのまま立ち去ろうとする背中に、Rは首を傾けてから。

「どこに行くのかね、黄 九城。仕事はこれからが本番だと言うのに」
「……あ?」

 その一言に、足を止めて面倒そうに振り帰る黄。こういう物言いをされると、大概自分に良い目が出ないのは分かっている。今までの経験上、あの物言いから言って予測外のごたごたが待っているのはほぼ当確だ。
 しかし、それでも逃げられないのもまた、決定事項なのだ。
 嘆息しながら数歩近づき、スーツケースに手を伸ばす。Rはにやりと笑いながらそれを黄に手渡し、ゆっくりと歩き出す。

「その中身を逢坂市庁舎まで運ぶのが、君の仕事だろう。それまで、よろしく頼むよ」

 そう言いながら、歩き去るR。嘆息しながら、スーツケースをじっと見据える黄。残された彼の耳に届いたのは、スーツケースから響き渡る、なにやら圧縮された空気が出るような音。
 何事かと近寄った黄の前で、ケースがばかりと勝手に開き、荷物の中身が明らかになる。

「……マジか」

 その中身を見て、黄は頭を抱えて天を仰ぎ。その場でとりあえす、Rに追加報酬を請求する事を即決した。
 ケースの中に入っていたもの。それは体を丸めて死んだ様に眠る、小さな少女……。
 緑の髪と、その上にちょこんと乗った白いキャップ。青と緑のワンピースを着込み、周囲の緊迫した空気だとか、投げ捨てられた事など全くお構いなしと言う風情で静かに眠っている。
 とりあえず、黄はそのスーツケースを、無理やりに閉じて歩き出した。



 先ほどの場所から、歩いて大体30分。逢坂中央部は、以外と整った町並みをしている。北地区のスラムよりは汚くないし、南地区のようなハイソな雰囲気でもない。
 この、どっちにも付かないような空気を、黄は結構気に入っている。取り様によっては、どんな形にも変わる事の出来る気配。何もかもが、混ざり合う事の出来る町の空気。スーツケースの中身とか、これが仕事である事なども、この空気を感じながら散歩するように町を歩いていると、少しは苛立ちが紛れて来る。
 無論、目的地はある。だが、この空気を感じながら、何もかも投げ出してしまいたい衝動にかられているのもまた事実。おまけに、天気の方はこれでもかとばかりに雲ひとつない快晴だったりする。そんな理想的な状況だろうと、仕事から逃れられないこともまた、分かっているのだが。

「上天気だねえ……。こんな日は何もかも忘れてのんびりしたいもんだが……」

 スーツケースをごろごろ引きずりながら、思わず呟く。さっきからケースの中からばたばたと音が聞こえているがそんなものは無視。目的地まで止まる事なく、ゆったりのんびりと……。

「わわ、わ〜っ! えっと、ここどこっ!? 何っ!? きゃーっ!」

 スーツケースの中から聞こえてくる声など、黄は聞いていない。むしろ認知すらしていない。元々スーツケースを運ぶのが仕事なのだから、それから先は知った事ではない。などと思っていると、スーツケースからさっき聞いた音がした。
 圧縮空気が出ているような、どこか気の抜けた音。それと同時に展開しようとしているスーツケース。観音開きになろうとしているその両端を、慌てて押さえて閉じようとする黄。機械の力の方は先ほどと比べものにならず、さっきのようには行かない。何より、ここは往来である。人目がある以上、妙な評判になるのは避けたい。

「――――出してーっ!」

 わずかに開いた隙間から、白い二本の手がにょきっと生える。締めるのを無理と悟り、黄の取った行動は単純かつ明解だった。スーツケースの滑車が無事なことと、車が来ないことをしっかりと確認してから、スーツケースに前蹴りをぶちかます。
 つつーっと滑ってゆくスーツケースに背を向けて、黄はゆっくりと歩き出す。背後から聞こえる物音や甲高い声を聞き、歩いていたのを軽い疾走に変える。煙草をやっているから体力は無いように見えるが、それに反して黄の運動神経はかなり高次のレベルでまとまっている。
 そんなわけで、黄が謎の展開を続けるスーツケースから見えない角度に身を隠すまで二十秒とかからなかった。角にある露天に、滑り込むように入って。

「……おっちゃん、今日の朝刊一つ」

 などと注文。あくまでも新聞が買いたかったのだと周囲にアピールしながら、後にあるスーツケースの中身は一切無視。そのまま受け取った朝刊を小脇に抱えて歩き出す。
 どこか硬質な靴音。硬い靴を使っているからこれはまあ仕方ないと諦めているし、静かな夜にこの音を聞くのは嫌いじゃない。問題はその音に混じって、まるで子供の靴で鳴るような気の抜けた音が続いている事だ。
 歩けば歩き、止まれば止まり。しばらくそれを繰り返し、内心うんざりしたように頭をかきむしる黄。何かがつけて来ていることは明白だ。そして、黄はそういう輩が一番嫌いなのだ。
 一計を案じ、曲がり角で何事もなかったかの様に右に曲がる。そのまま数歩歩いて体を捻りながら、後方にいる存在に向かって先ほど買った新聞『日刊逢坂』を投げつける。それで視界を塞ぎながら、続く動作で右の後回し蹴り。
 読切巨人軍、三連勝。
 不意をつかれた少女の目の前に、タブロイドの紙面が踊った。

「きゃうっ!?」

 鮮やかな奇襲は見事に決まった。誤算と言えばその声が妙に可愛かった事と……。そのまま倒れてしまった事、だろうか。後方に思いっきりすっ転び、後頭部をアスファルトに強打する。
 黄は仕事の関係上、武術にある程度精通してもいる。習ったわけではないが、実戦の中で無駄を殺ぎ落とされた喧嘩武術。得に、蹴りは両手剣を使う事からもそこそこ鍛錬していた。おまけに、投げ放たれた新聞が相手の視界をかなり制限する。そこまで計算された鮮やかな奇襲を無防備で、しかも一般人が食らえば転倒もしようと言うもの。当たり所によっては気絶も仕方ないところである。
 気絶してればしめたものだが、この状況下では確認も出来ない。この場はしっかりと離れた方がよさそうだ。
 顔にかかるように広がった新聞の外に広がる緑色の髪を極力見ない様にしながら、周囲を見まわす黄。幸い、目撃者はいない様子だ。

「……よし」

 行動の成果に満足そうに頷くと、そのまま新聞を拾って歩き出そうとする黄。その手が、不意にがっしりと掴まれた。振り返ることを理性では拒否しつつも、更なる不意打ちに備えてわずかに振り返った項の視界の端に、緑色の髪が目に付いた。
 我流とは言え度重なる実践によって鍛えられている黄の蹴りをノーガードで叩きこまれても、別段効いた様子はない。どうやら、相手は存外にタフだったらしい。

「何が『よし』ですか何が! 名前も知らない人をいきなり蹴るなんて……」
「あー、いや。それが商売だし」

 相手の抗議に対し、黄はすかさずポーカーフェースで切り返す。この逢坂と言う街は、こういう行動が往々にして許される場所でもあるのだ。まあ、黄のは少々過激に過ぎるかも知れないが。  
 真顔で言われて相手が納得しかけ、その隙に黄が距離を取ろうと数歩歩く。当然、手を取った少女は同じ歩数だけ付いて来る。

「……で、お前はどうして俺の手を取って付いてくるかな」
「お前じゃないもん! リパティって名前があるもん!」

 なるほどと納得しかけ、すぐさまはたと思い当たって手を振り解く。そうして振り返り、頭をばりばりと掻きむしりつつ。

「名前なんざどうだって良い! 今はお前が何で付いてくるのか、あの鞄がどうなったのか。そして明日の競馬で万馬券が出るのかの方が重要だ!」

 真顔でとんでもない事を言い切り、そのまま勢いで押しきる。リパティと名乗った少女は呆然としている。
 いい兆項だ。後は反論する前にこの場を去れればどうにでもなる。黄は内心でそう判断し、歩き出そうとして。

「……日々の暮らしにそこまで困窮してるんですか……」
「いや、宝くじみたいなもんだし。100円だけ買っといて見果てぬ夢を……」

 そこまで言って、黄は自分が思わず突っ込んでしまった事と、足を止めている事に気がつく。
 振り返るな。振り返ったら負けだ。黄は自分の心と必死に戦う。しかし、突っ込んでしまった以上、背後を見る体の流れは止めようがない。

「そういうのを困窮してるって言うんです……」

 どこか困った表情のリパティは、そう言って黄の顔を見上げる。実質、身長差は結構あるから仕方ないのだが。
 そこまで言われ、黄は困ったように息を吐く。そのまま、もう一度背を向けて。本来の目的地に向かって歩き出す。無言で、しかし相手の速度に合わせて。相手がついてきていることは、聞こえてくるあの間抜けな音で分かる。
 一度振り返ってしまったら、もう彼女をほっておく事は出来ない。自分の性格に、改めて黄はため息を強く深く、吐き出した。お人好しにも、悪人にもなれない自分。どっちつかずだなと、改めて実感する。

「……で、だ」

 一応の質問をするべく振り返る黄の目に、飛び込むのは影。さっき撒いたと思しき顔もちらほらと混じっている。その数はざっと30を声、手にはしっかりと剣やら銃やらといった『物騒な代物』を持って。

「あれは知り合いか?」
「名前は知らないけど……。あのトランクに最後に詰め込んだ人達」

 黄とリパティののんきな問答を余裕と見たのか、その一群は路地の両端をしっかりと囲み、じりじりと間合いを詰めてくる。

「よくもまあ俺たちをコケにしてくれたなあ、ああん?」

 じりじりと間合いを詰めてくる一群のリーダー格らしい、顔に傷を負った男が薄ら笑いを浮かべながらこちらを見てくる。手にはこの手の連中からすればなかなか上等と思しき長ドス。思ったより、格式でも重んじる連中なのかもしれない。

「うちの『商品』盗んで、生きて帰れると思うなよ、コラ!」
「……警告はしたからな」

 男がメンチを切ると同時に、すぐさま集団が距離を詰めてくる。黄はそれを苛立たしげに見た後、懐から金属製の何かを取り出した。大きさは大体三センチの直方体。
 クロムシルバーのジッポライターを開け、静かに火をつける。目線で相手の様子を確認した後。

「悪いがこっちも仕事でね。……死にたい奴から撃って来い。逃げる奴は見逃してやる……」

 と、至極苛立たしげに声を上げる。それに対し、集団の回答は至極シンプルだった。
 火薬が破裂する、至極シンプルな音が数度。種類こそばらばらだが、殺傷能力という面ではまったく同じレベルの銃火器が火を噴く。目標は全て、黄。
 黄はその様子を予測でもしていたのか、はたまた最初から行動を決めていたのか。体を沈み込ませながら、反転しての疾駆を開始する。
 黄の手の中で、ジッポライターが思い切り火を吹いた。次の瞬間、轟く爆発。
 その場にいた者たちが呆気にとられる。誰も爆発物など使用していないのだから当然といえば当然だ。そして、黄の姿も無い。

「逃げねえなら……。容赦はしねえぜ?」

 そんな声が聞こえた。その方角を掴みきるよりも早く、文字通り唐突に。
 空から、黒い姿が落ちてくる。爆発に乗って跳躍した、黄が。

「りゃああああああっ!」

 咆哮一閃。今まで黄の背後にいた者達を巻き込む、更なる爆発。
 赤々と燃える炎と爆風に、男達はなす術も無く吹き飛ばされ。
 周囲をちろちろと燃やす炎をバックに、黄はゆらりと、傷持ちの男の方を向いた。その手に、赤い刃の両手剣を携えて。刃渡り120センチほどの剣を片手で引き摺り、にやりと男に向けた笑みを浮かべる。

「消し炭になるか、生き延びるか……。選んだか?」

 これが最後通告だとばかりに、黄はそう答えてからゆらりと歩き出す。ゆっくりと間合いを詰める時間が、最後の猶予だとばかりに。
 悠然と歩く姿からは、剣呑さしか感じられない。手にしている巨大な剣からも、それは明らかに伝わってくる。あの剣の間合いに入ったら、殺される。そう予感させる何かがあった。
 それっぽい言い方をすれば、明確な死の予感。もし手にしているものが両手剣ではなく長柄の鎌であったなら、彼を指して皆一様にこう言うだろう。
 死神、と。
 死と破壊の象徴とも思しき赤毛の男を前にして、それに歯向かう力を持たぬ男たちに出来る事は一つしかない。後ろに向きそうになる脚、逃げたいと願う心。それは全て、当然のものだ。
 だが、その心に背を向けることができるのも、人。己のプライドや、矜持と言う名の元に。
 少しづつ膨れ上がる、闘争の気配の中。そこから外れていたリパティがゆっくりと息を吸い、そして吐いて。

「んん〜っ。やあっ!」

 どこか間の抜けた声と共に、気合を込める。
 その姿が、急速に膨らんだ。手が、足が、体が。薄い鉄のようなものに覆われて姿を変えてゆく。
 見る間にその姿を四本足のまるまっこいマシンに変えたリパティは、そのまま黄の横をすり抜け、前についたアームで三人ほどごろつきをなぎ払う。
 曲線を中心に組み立てたシンプルなフォルムに、ローラーを装備した四本の足。二本のマニピュレーターを装着したその姿はまるで、足と手の生えたまんじゅうの様でもある。髪の色と同じアイスグリーンの塗装と、唯一の名残である背後に流れる髪がなかったら、とてもじゃないが同一人物だとは思えない。

「な……。なんだその理不尽な変身は!」

 黄の至極まっとうな抗議の叫びは、リパティにきっちり無視された。

「ていやーっ!」

 彼女にしてみればそれなりに気合の入った叫びを上げ、アームを右から左にフルスイング。ドスを構えていた男がその一撃で吹っ飛ばされ、壁にどすんと叩きつけられた。怪我をさせるような威力ではないに白、動きを止めるには十分である。
 そこでようやく自体を察知した男達は、手にしたドスでリパティに切りかかる。しかし、流石は金属製とでも言うべきか、硬い音を立てるばかりで刃が通らず、逆に近寄った隙を付かれてアームパンチを食らい殴り飛ばされる。

「……あれが真の姿、か?」
 
 所在のなくなった皇翼を手に、その戦いぶりを観察することにする黄。近距離戦だけしかできていないが、機械ゆえの正確さとパワーで戦うその手筋は決して悪くない。防御面でも装甲が金属製なのも幸いして、相手の刃物による攻撃はほぼ通じていなかった。
 予想外の手練手管に感心する黄をよそに、マシン化したリパティのアームから剣呑なものがせりあがる。口径こそ普通の銃と同じ9mmだが、無数の銃身を一つに束ねた円形のフォルムはその破壊力をつぶさに表現していた。
 束ねられた銃身が、回転しながら轟音と弾丸をばら撒く。狙いはでたらめで人に当たることこそなかったが、その轟音の前に思わず一同が数歩引く。威嚇射撃にしては行き過ぎとも思えたが、流石にガトリングガンに真っ向から立ち向かおうと思う馬鹿もそういない。

「……ったく、難儀なもの撒き散らしやがって……」

 表情を引きつらせながら、黄はその様子をじっと見守る。火力、防御力共に強烈な丸っこい戦車をはさみ、文字通りにらめっこを続けるしかない。リパティが敵なのか、味方なのか。黄にはいまだ完全な判別はついていないのだ。
 三すくみとなり、全てのものたちが息を潜める状態。戦いの中、生まれた空白。
 空気が、動いた。やはり戦端を開くのは変形した、リパティ。
 器用にそのままバックを行い、後ろに回ったアームが黄の体を、つかみあげる。

「……あ?」

 状況をいまいち把握できないうちにつかみ上げられる黄。彼を確保したと同時に、さらにローラーダッシュの速度を速めて後退してゆく。そのまま、ビルの壁面にガトリングガンの弾をばら撒きながら。
 煙幕と言うよりは、追いかけることを封じるための落石である。コンクリの破片が無数に舞い散り、それが収まるまでごろつきたちの動きは静止するしかない。
 全てが終われば、後はごろつき達が残されるばかりである。
 ぴょこぴょこ歩いていた時とは比べ物にならないほどの速度で走り去ったリパティの様子に、一同は唖然としていたが。

「何してる、追え! 追うんだ!」

 はたと気が付いた男の指示で、三々五々に追撃を始めた。
 その背後に、舞い落ちた白い羽根に気づきもせずに。



 マホガニーと思しき、品のいい大きな執務用の机の前。散らばされた書類がある。座り心地の良さそうな革張りの椅子に身を沈め、Rは手元にあった最後の書類を投げ出した。
 今まで見ていた書類には、どれもこれも自分の予想をいい意味でも、悪い意味でも超越することが書かれている。そこまでは、予想していた。
 だが、事が少々肥大してきたきらいがある。すばやく頭の中で計算を終了し、Rはおもむろに立ち上がった。

「……私が、出向かねばならん。か」

 そう呟き、静かに歩き出す。
 定時連絡のためにやってきた男は、彼の外出に気付くこともなくいつもどおりに部屋にやってきて、そして待ちぼうけを食わされることとなる。

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