五聖戦記エルファリア

第三章 その名は疾風<15>



 コクピット内部は、すぐさま激しいクラクションで埋め尽くされた。狭い空間を染め上げるランプの色は、赤。これ以上無いくらいの危険警報のその中で、フォーゼルは自然と苦笑めいた笑みをその顔に浮かべていた。
「さあ、行こうか相棒!」
 瞬間、フォーゼルは手にしているレバーを思いきり、前に倒した。出力を思い切り上げられるそれは格闘兵器、カタールの出力調整。上げられるスロットルのレベルは、最大!
 瞬間、漆黒の機体が吼える。右の拳に宿る、絶対たるパワー。触れる物全てを吹き飛ばす、斥力の鉄拳。縦横無尽に振り回されて、迫り来る物全てを打ち砕く!
「接近物自動迎撃……。これほどありがたいとは思ってなかったな」
 思わず呟きながら、目標に向かってさらに接近する。80%にまで落とされたスピードでは、フルスロットルでもかなりの時間がかかると認識。いつもより、遅い。そして、左からも来る!
「……こなくそおおっ!」
 右があるんだから左もある。フォーゼルの認識は単純だった。すぐさま左のカタールの出力を上昇、休ませるために右のカタールを落とす。そして、両方の出力ゲージが、80%で重なった。機体が、咆哮を上げる。
 ファングシステム、起動。目前の画面にはそう刻まれた。
「……な……!」
 驚く間もあればこそ。機体速度が恐ろしい勢いで上昇する。直進しか出来ないが、そのスピードたるや全開、いやそれよりも速い!
 文字通り暴れ馬のごとく速度を上げつづける黒き機体を、フォーゼルは必死に操る。すでに、時速340kmを通過し、周囲の様子が残像でしか見えなくなっていた。

「な、なんだとっ!」
 驚いたのは、地雷の海の外で指揮をしていたギアスも同様。何せ、以前とったデータから推察すればありえない速度だ。マシンの能力はもとより、それ以上に乗っている方が無事でいられるはずが無い。もちろん、GAMS製作の常識を遥かに外れている!
「時速300kmを超過するGAMSだと? そんな物が……」
 あるはず無い、という台詞も続けられない。そして、ギアスの言うことは真実なのだ。
 こと戦闘場所を地球上に限定する場合、空気は壁となって加速を阻む。加速するものが巨大であればあるほど、その負荷は正比例して行く。空気は、決して背中を押すだけでは無い。超高速の世界では、加速を阻む壁となるのだ。
 しかしその常識を超過するものが、今目の前に迫っている。漆黒の中にただ一つ、右肩に刻まれた銀のエンブレム……。
 それこそが、存在の正体を告げている。獲物を狙う漆黒の狼、シヴァルツヴォルフ!
 頭を振るギアスのもとに、駆けつける漆黒の機体……。そのまま繰り出された右の一撃を、思いきりバーニアをふかして避けるも、相手も高速度で追いすがってくる。
「……なめるなあああっ!」
 逃げられない。そう判断し覚悟を決めるギアス。
 それから数秒の間に、様々な事がおこった。

 超高速で間合いを詰め、目前のマシンに向かって左のカタールを突き出すシヴァルツヴォルフ。腰部のウェポンラッチに装着されたブレードに手が届かず、腕部搭載の小口径ガトリングガンを放つグノフコマンド。
 慌てて右に回避する機体を余所にブレードを装備、転進して右の刃を繰り出すシヴァルツヴォルフの、その右手を狙う。瞬間、シヴァルツヴォルフの超加速が途切れ、腕部に形成されていた斥力の刃が消滅。斥力場がなくなれば、そこにはただのGAMSの腕があるばかり。ブレードが舞い、もはや武器として使い者にならなくなったシヴァルツヴォルフの右腕を切り飛ばす。
 しかし、ここでブレードを振り抜いたことが災いした。右腕を飛ばされ、左カタールは物理的に届かない距離にあっても。シヴァルツヴォルフの動きはまだ、止まらない。
 体を捻り、グノフコマンドの正面を見る漆黒の機体。片腕を失い、斥力の力をなくしても、その機体にはまだ力がある!
 この機体の最大にして最強の武器を失念していた事。それがこの場の明暗を分ける。
 そして、その一瞬後。
 解き放たれた閃光の牙が、グノフコマンドのボディを貫き。
 グノフコマンドのコクピットブロックが後方に排出された直後。まるで役目を終えたかのように、シヴァルツヴォルフの左カタールが手ごと爆発した。斥力発生ユニットの限界が訪れ、装置自体のオーバーヒートを原因に。
 後には二重の爆発が起こる。切り飛ばされたシヴァルツヴォルフの右腕と、グノフコマンドのボディ。その爆風に煽られて、文字通り体から叩き出されたコクピットブロックはそのままの状態で落下。ある程度のバーニアによる減速はあったものの、それはほとんど気休めにしかならなかった。
『総員、撤退……!』
 もはや味方のみに送ることの出来る共有通信を打つエネルギーも持てず、申し訳程度に備えつけてあるスピーカーが最大音量で作戦の終了を宣言する。自らの敗北を告げられた『東』の軍勢は、一目散に撤退を始め。
「……終わったか……」
 もはや動くかどうかも知れないボロボロの機体の中で、フォーゼルはそう呟きながらコンソールに突っ伏した。






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