五聖戦記エルファリア

第三章 その名は疾風<16>



「こちらフォーゼル。敵大将機の撤退を確認。こっちもボロボロだ……。正直、機体がいつまで持つか分からない」
 通信網にそう宣言すると、機体状況をチェックする。両腕部は完全に大破し、内部の状況もオーバーヒート寸前。少し休めば申し訳程度の駆動は出来るようになるのだろうが、武装と呼べる物の大半を失ったシヴァルツヴォルフは、もはや人の形をした車と大差ない。
《こちらミドガルズオルム。地雷原の突破に暫くかかる……。回収するまで持ちそうか?》
 通信機からザップ音交じりに聞こえてくるタスクの声。それに対し、やれやれとメットを持ち上げながらフォーゼルは機体状況を確認。両腕が吹っ飛んでいる時点で戦闘は不能、ジェネレーターの冷却が完了し、機能回復が行われたとしても40%が関の山。到底、戦える状況では無い。
「かなり大規模な修理が必要……。機体が持つとかそういう問題じゃないな、こりゃ」
 乾ききった苦笑を浮かべながらそう告げると、もう一つ受信コールが入った。
《聞こえてたわよ。GAMSの戦いは見せてもらったけど、その後ががたがたね〜》
 能天気とも取れる声は、頭上のメルヴィからの通信だ。思わず苦笑を浮かべながら、通信機に向かって声を出す。
「銃弾の雨をかいくぐって、両腕の大破で済んでるのがありがたいよ。にしても……。この地雷は何なんだよ? ギアス達が出てってすぐしかけたもんじゃないだろう」
 思わず尋ねると、メルヴィが表情を思いきり変えたのが見えた。
《地雷その物は、基地の対地防衛用にし掛けといた電子信管地雷よ。あいつら、どう言う手を使ったのか知らないけど、そのコントロールを乗っ取ったみたいで……。パスワードも滅茶苦茶にされてるから、解析しきるまで動けないわね》
 返ってくる声にまで忌々しさが溢れている。思わずその口調に苦笑を浮かべながら、フォーゼルは機体のシートに身を沈めた。ジェネレーターをクールダウンさせる時間の間は、この中で泣こうが喚こうがどうしようもない。ただ、ひたすらに待つだけだ。
《……しかし、どうする? 中立地域に入っても、このままだとお前はベンチウォーマーだが……》
 タスクの通信に、フォーゼルはじっと考えていた事を明かした。
「……親父。GAMS運搬用のトレーラーを一機出してくれる? こいつは本格的なオーバーホールがいるし、こっちが分散すりゃ相手の目も少しは騙せるだろ」
 やれやれと溜息さえつきながらもらした声に、タスクが思わず黙り込むのが感じられた。分散すれば各個撃破される可能性だってあるし、フォーゼルは立派な脱走兵。狙われる理由は十二分にある。
 しかし、シヴァルツヴォルフはミドガルズオルム内部で修理できる限界を超越したダメージを負っているのは明白で、一度本格的なドックに入り、根本的な修理が必要だと言うのも良く分かる。中立地域で修理したいと言う言い分も最もなもの。普段ならすぐさま指示を出してくるタスクがじっと黙っているのも、その辺りの事情を計りにかけてじっくり考えているのであろう。
《……わかった。電子地雷の一部撤去が済んだらトレーラーを出す》
 暫くの沈黙の後、タスクが重い物を下ろすかのような声でそう告げた。かなり迷った上での選択であることは容易に分る。パイロットスーツの襟元を少し直しながら、フォーゼルはただずっと、シートに身を沈めてそれを聞いていた。
「……ルートだけ、聞かせてくれるか? 俺は一番近い自由都市……。アスランに身を隠す」
《ここから西へ真っ直ぐ。ボルドーゾンからイーストエンドへ行く》
 タスクの提示したルートは、西への唯一とも言えるルートだ。中立地域とは言えどいつまた戦闘が起こるかわからない最前線。明確な区分がある訳ではないが、西の防護壁は偏執的でさえある。
 結果、首都に至るルートはイーストエンドからの一本しかない。亡命なり何なりを考えれば、そこに行くしかないのだ。
「了解。ま、しばらくゆっくりするさ……」
《機体が直り次第、連絡をくれ。合流地点は、そこで改めて指示を出そう》
 その言葉に答えを返すと、フォーゼルはゆっくりと目を閉じる。
 ボロボロになった機体の中で、緊張の途切れた男はゆっくりと眠る。次の戦いを、待つように。

 ギアス中尉、敗走。
 にわかには信じ難いその報告を、基地でアルファは聞く事になった。
「まさか、あれだけの軍団を繰り出して負けるとは……。一概に指揮力の不測とも言えませんね」
 ゆっくりと息を吐くと、アルファの元に様々なデータが送られて来る。今までの戦いを元に算出された、ミドガルズオルムの戦力を克明に表記したデータファイル。
「数こそ少ないものの、パイロットもGAMSも超一流。新兵と物量で攻めようとしたのが間違いですか」
 そう言うか速いか、右手が通信機を捕まえる。すぐさま通信コードを入力し、一声。
「聞こえますか、ルトス。今度のターゲットはそちらに着ます。イーストエンドに入られる前に、破壊しなさい」
 了解、と言う言葉を確認せず通信を切り、すぐさま計算を始める。厄介ごとが増え過ぎだ。事態の修正を急がねばなるまい。ふと想い立ち、通信機に別のコードを入れる。
「ベクタ、聞こえますね? 現在どこにいますか?」
 情報を収集しようとし、アルファの眉が大きく跳ね上がる。
「……自由都市、アスラン?」

 フォーゼルが目を覚ましたのは、近くに走り寄ってきたジャバトのクラクションと、接近警報の二重奏によるものだった。
 ジャバトはGAMS運搬用のトレーラーとしては大型に分類され、その走破能力を高く評価されている。16輪駆動と言う強烈なパワーをもってGAMS二機を同時に搬送する事の出来る、移動する家のようなもの。武装こそないものの、GAMSと言う最大の機動兵器を積める分問題はないと言える。
(ジャバトとは……。親父も派手なの出すな)
 半ば呆れながら荷台の方へと機体を移動させる。腕のないシヴァルツヴォルフは、寝かせるのも一苦労だ。苦戦するだろうと思っていた矢先、思わぬ所から援護の手が入った。
《こちらカスミ。そのまま降ろして下さい。自動操縦に入ったらこちらでサポートします》
 通信機から聞こえて来た声に、思わず両目をむく。慌てて息を吸い込むフォーゼル。
《護衛などを兼ねて、同行する事になりました。よろしくお願いします》
 しかし、それより速くカスミに事情を説明される。振り下ろす拳の行き場を失い、フォーゼルは疲れたようなため息を漏らすしかない。
「……積んだら、出発な。俺はこっちで生活するから、生活モジュールは好きに使ってくれ」
 うんざりしたようにそう言うと、フォーゼルはメットを外す。
 アスランまで、気の休まらない旅路になりそうだと、確信に近い予感が脳裏を掠めた。






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