五聖戦記エルファリア

第三章 その名は疾風<13>



 今日も良く晴れた空。視界を阻む雲一つ無い。まさに、飛ぶには絶好のコンディション。まあ、個人の選り好みで雲がある方が景色が変わって良いと言う言葉もあるが、それはまあ好き好き。雨や雷が無ければ、飛行機乗りたちにとって良い環境であることは変わりない事実だからだ。
 しかし、今自分の目の前には“障害物”がいる。不細工な翼を背負い、巨大な体でのろのろと空を飛ぶGAMS。空戦型とか言われてはいたものの、その機動性能、重量、旋回性。どれを取っても彼女には“うすのろ”とでも呼ぶべき代物だった。
「来なさい……。空中戦(ドッグ・ファイト)の何たるかってのを教えてあげる……!」
 ヘルメットと酸素吸入マスクの内側で、メルヴィは唇をなめる。すぐさま距離がつまり、一基目のGAMSが見えてくる。一応基本の三角編隊を護り、それぞれ手にマシンガンを装備している。バルカン方の代わりのつもりなのだろう。機動力と火力の兼ね合いでこうなった、としか見えない装備だった。
「悪いけど、遅すぎるのよっ!」
 一声上げつつ、メルヴィは機体を上昇させ、相手の予測射線から逃れる。恐らく曲がりなりにも銃の形を取っている分、射程距離はこちらよりも上だろう。そのまま横方向に抜けようとしつつ、旋回しながらバルカン砲のスイッチを押す。ばら撒くことを目的とした火砲が吼え、右脇にいたGAMSの装甲に無数の火花と弾痕を刻み付ける。慌てて狙いを定め様としても、空中では踏ん張りの聞く地面があるわけでもなく、ましてや旋回性能に劣る空戦GAMSに、その小さなマシンが捉えられるはずも無かった。空中を縦横無尽に走りまわす光点に、ただただ呆然とするのみである。
 空中で一瞬狙いを定め、装備した連装ミサイルを発射する。熱源探知式のそれは、あっさりと明確な目標を見出し、ありとあらゆる方向から空戦GAMS部隊のバックパックへと迫る。その間に、メルヴィは次の獲物を探してレーダーを見据えた。何しろこの高さだ。地面に叩きつけられて安全なはずが無い。
「……あんたらの翼はイカロス以下ね」
 呟いたその時、背後に急速度で接近してくる反応。慌ててアフターバーナーで回避する。急激なGを体に受けながら、背面モニタでその様子を確認するメルヴィ。
 そこには、今までの物より軽装の飛行型GAMSがいた。旋回性能には相変わらず乏しいようだが、直線の加速力は馬鹿にならないものがある。おまけに、手にした武器が銃ではなく、接近用の振動ブレードと言う辺りにも、メルヴィは多少感心した。
 確かに、戦闘機と言うのはえてして装甲が薄い。おまけに、その性能的問題からバルカン砲が最低射程距離の武装である。手をつけられない以上格闘兵器は装備できないし、戦闘機同士の戦闘の場合そんな物が届く前に勝負するのが常。戦闘機を格闘で叩き落とすと言うアイデアは、ある意味コロンブスの卵とも言える手段だった。要するに、蚊を叩き落すために手を振りまわすのと似た理屈である。
「へえ。なかなか考えてるじゃないの……」
 アフターバーナーの噴射を切り、すぐさま旋回するメルヴィ。ごみための中で面白いおもちゃを見つけた、そんな表現がぴったり来る薄い微笑。幸い、アフターバーナーのおかげでかなり距離は取れている。そのまま、相手のほうに機首を向け、真正面から突撃する!
「戦闘機には格闘戦が出来ない……。確かにそれは事実だけどねっ!」
 口とは正反対の行為を取りながら、楽しげに声を上げるメルヴィ。そして、右脇にあるスイッチを、迷うことなく押した。
【イングレイ・セイバー発動】
 機会音声と共に、シルフィードの加速が僅かに落ち……。高速度で突き進む空戦GAMSを掠めるようにすれ違負うとした、刹那。
 主翼と垂直尾翼から発生したエネルギーが、GAMSの体を通りぬけ。空戦GAMSはそのまま何も出来ずに両断される。
 光の尾を引きながら、シルフィードは次の獲物を求め空を舞う。
「戦闘機には接近戦が出来ない? そう言う考えが甘いのよっ!」
 コクピット内で啖呵を切るメルヴィの目に止まったのは、下から迫る無数のミサイル反応……!
 空中戦に負け、制空権を取られた腹いせからか。地上のGAMS部隊は次から次へ地対空ミサイルをぶっ放してきていた。
「ちょっとっ! このくらいでっ!」
 ぶつくさ言いながらローリングにエアターン、アフターバーナーを駆使し、どうにかミサイルの群れを振りきるメルヴィ。しかし、次々に放たれるまるで猟犬のごとき攻撃には、流石に疲れを感じ始めているのも、事実で。
《苦労してるみたいだな》
 地上からオープン開戦での通信がかかったのは、丁度そんな時だった。先ほど自分が取ったのと、同じ行動。
「お蔭様でねっ!」
 思わず悪態をつくメルヴィ。流石に、空を飛んでいる以上対空ミサイルの脅威だけは拭い去れない。
《なら、それはこっちが黙らせてやるよ。良い物を見せてもらったお礼に見せてやる。本物のGAMS乗りの戦いって奴をな……!》
 圧倒的な響きを持った通信の声。それに会わせるように、眼下にあった黒い機体が右手を上げていた。





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