五聖戦記エルファリア

第三章 その名は疾風<9>



「ミドガルズオルムよりベルスタッド空軍基地デッキへ。これより発進する。ハッチ展開を要請する」
 補修を完了し、どうにか動けるようになったミドガルズオルム艦橋で、タスクが通信のマイクに噛みつかんばかりの声で告げる。口調は決して荒いわけではないが、有無を言わさぬ響きがあった。
『こちらベルスタッド空軍基地。これよりハッチを展開する。ろくなもてなしも出来ず、無礼を詫びさせてもらおう』
 聞こえてきた声は、空軍基地師団長の物だった。彼にして見ればもう少し置いておきたかったのか、その声には残念そうな響きが多分に含まれていた。タスクもそれに対して、表情が見えるわけでもないのに小さな笑みを浮かべて、
「何もかもが終わったら、仕事など一切無しで酒でも飲みたいものだな。これより出航する、世話になった」
 そう言い残して通信を切るタスクにあわせ、ゆっくりと駆動を開始するミドガルズオルム。本調子に戻っているためこの数倍の速度を出す事は出来るのだが、流石に基地内で本気を出すわけにも行かず、普通の駆動艦と同等の速度を出す、普段の彼らにして見れば実にのんびりしたスタートを切った。
「さて、奴らはいつ仕掛けてくるのか……?」
 表情こそ不適に笑っているものの、タスクにしてみても内心不安でしょうがない、と言うのが偽らざる本音だった。何せ、前と同じような軍勢がすでに待ち構えている事が用意に予想できるからだ。
 自分たちの正当化の為ならば、命令違反だろうが犯罪だろうが平気でやる危ない男。それがタスクの、ギアス=ロシュタールと言う男に抱いた感想だったのだから。
(だが、流石に空軍基地内で仕掛けてくるはずはない。それをやれば、あいつらが犯罪者だからな……。いかに相互不干渉とは言え、基地を襲撃したと取られるような行動は取るまい……)
 ギアスのように成功のみを追い求めるあまり、他者を平然と蹴落とすようなタイプの男にとって、保身と言うのはかなり重要なファクターを占めている。自分の身を危険にさらさずに、しかも四手にとって最大のダメージを与える部分を的確についてくるであろうと言うのが、タスクの立てた敵の行動指針あった。
 それに備えて、すでにフォーゼルを始めとしたGAMS戦闘部隊の面々は第一種戦闘配備(つまり、GAMSに乗り込んでいつでも出られる状態)で待機しているし、お世辞にも多いとは言えない砲門にもすでに初弾はセットされている。基地を出た瞬間、すぐにでも戦えるようにと言うセッティングである。
 しかし、そのタスクを持ってしても。いきなり足元を揺らした振動に付いては全く予想だにしていなかった。場所は空軍基地の出航デッキ、今まさに出て行かんと、外気をその先頭部分に触れさせた瞬間。爆発などの音はしないから襲撃されたわけではないのだろうが、艦の足はまるで接着されたかのように身動き一つしない。
「何事だっ!」
「艦のオートブレーキが作動しました」
 思わず声を上げるタスクに、オペレーターが冷静な声を返す。すぐさまタスクは艦の様子を確認させると同時に周辺ソナーを指示し、周囲の様子を具体的に調査にかかる。ミドガルズオルムの足回りは、キャタピラとホバーの併用をする事によって走破性と高速機動性を並立している。それでも、機動によって艦の駆動に危険な路面状況と言う物は存在し、そう言う地形に到達する前に艦の運動系をストップさせるオートブレーキと言う機能が存在している。それが作動していると言う事は、そのシステムに異常があるか、はたまた足元に何かが存在しているかのどちらか。
 そしてオペレーターは、タスクたちが予想だにしなかった現実を、報告と言う形で彼に付きつける。
「は、発進デッキ出口から、基地周辺20km地点まで……。指向性地雷がセッティングされています!」
「地雷だと?」
 これではオートブレーキが作動しても不思議ではない。いや、むしろ良くぞ動いた、と言うべきだろう。タスクは己の観察眼のうかつさを呪うと共に、現状を冷静に計算し始めた。
 いかにミドガルズオルムの足回りが強靭だとは言え、地雷を何十発と受けては流石に足を止めるだろう。間違いなく、地雷原の真中で立ち往生するに違いない。そして、ギアスにして見ればその隙を見逃さず、GAMSで突撃をかけるなり大口径砲で射撃するなりしてゆっくりと料理すれば良いのだ。さしずめ、目の前にある地雷原はタスクたちを捕らえようとする蜘蛛の巣といったところだろう。しかし、今更来た道を戻るわけにも行かないし、かと言って地雷原を一個一個処理していては時間がかかる上にそこを狙われる恐れもある。全く持って、見事な作戦だった。
(まさか、基地のまん前に地雷原による罠をしかけるとはな……。大胆で有効な作戦だ……!)
 相手の策略の見事さに舌を巻きながら、何とかこの状況を打破しようと頭を捻るタスク。そして出た結論を、良く響く声で艦橋じゅうに飛ばした。
「GAMS隊を出せ! この地雷原を突破する!」




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