五聖戦記エルファリア

第三章 その名は疾風<8>





「……知り合いか?」
 眉をひそめて尋ねるフォーゼルに、ジレットが大仰にため息を付いてから、メルヴィと呼ばれた士官を親指で指して。
「腐れ縁って奴。訓練時代の同期でな。空軍に行ったから、二度と面合わせることはねぇと思ってたんだが……」
 ふう、と重い息をついて言うジレット。それに対し、メルヴィの方は実にあっけらかんとしている。
「あら、ずいぶんな言い方じゃない? それに世の中ってのはね、何が起こるか分からないから面白いのよ」
 小さな笑みを浮かべて言うその姿は、明らかにこの状況を楽しんでいるようなそぶりさえ見える。久しぶりの対面の目撃者であるフォーゼルは、これだけの問答で大体この二人の力関係を理解した。
(つまりは、ジレットはこの女に勝てる見込みがない、と……)
 僅かな笑いを浮かべつつ、そんな事を思うフォーゼル。
「……さて、感動のご対面は後でゆっくりやるとして、艦長のとこに案内してくれない? ちょっと場所借りるし、許可もらっときたいのよね」
 メルヴィの言葉に小さく頷いて、手首につけていた艦内用通信装置をいじくる。その様子に僅か眉を潜めるメルヴィに、
「今、急ピッチで作業してるから、ここまで下りる暇はないと思う。これで勘弁してくれ」 
 しっかり説明するフォーゼルに、肩をすくめつつ頷くメルヴィ。その表情からは仕方ないと言う雰囲気が痛いほどに伝わってくる。流石に、フォーゼルもその仕草には苦笑を浮かべてしまった。
「……ああ、親父? 空軍基地の人が来てるんだけど……」
「ああ、聞いてる。あれが噂の“シルフィード”か」
 答えるタスクの声は、フォーゼルのちょうど背後から聞こえてきた。
「おい、フォーゼル……?」
「インカム切って話した方が早いんじゃ……?」
 メルヴィとジレットがその様子に苦笑しながら突っ込みを入れるが、しかしそれでもフォーゼルはインカムを使って会話を続ける。
「シルフィード?」
「ここの空軍基地が、独自に開発した特殊戦闘艇らしい。なんでも、GAMSの設計思想を多分に取り込んで強化したんだそうだ」
 そう言いながら、タスクはシートのかかったそれに近づいていき、あっさりとそれをはがす。カーキ色のシートの内側からは、黒と銀色にカラーリングされた扁平上の戦闘艇がその姿を表した。スタイルは確かに戦闘機なのだが、明らかに大型化されたそのフォルムは確かにGAMSの影響を思わせる。
「……で、これをどうにかさせて欲しい、と」
「そう言う事だ。一応、俺もGAMS製作者のはしくれだからな。こういう画期的な技術は目にしておきたい。それに、こいつを見るだけで戦艦の修理スペースが確保できると思えば安いもんだろ?」
 苦笑しながら、早速手に設計図の電子画像を移したディスプレイに目を通すタスク。対するフォーゼルもシルフィードの方を見、背筋を伸ばす。
 ここで二人はようやく気が付いた。この親子の行動の裏にある、お互いへの思いやりに。
 それぞれ、場所は同じでも全く違う作業がこれから待っているのだ。タスクはシルフィードにかかりっきりになるだろうし、パイロットであるフォーゼルはこの先の緊急事態に備えて少しでも体を休めるなり、機体整備の手伝いをするなりと言う雑務が待っている。違いの行動を邪魔しないように、と言うそれぞれの気遣いが、このちぐはぐな会話を成立させているのだ。
「はいはいはいはい! お話中のところ失礼しますねお二方」
 それを見て取って、メルヴィは満面の笑みを一度浮かべてから、双方の視界に入るようにシルフィードの前に出る。
「こちらの技術陣が、整備の方のお手伝いはしますから。パイロットと整備班の方々はごゆっくり休んでください。基地からのサービスです」
 メルヴィの言葉に合わせて、彼女と同じ色の服を着た一団が続々とミドガルズオルムの中へ足を踏み入れてくる。それを見て、タスクは肩で固定していた通信機を一度外し、ボタンを押して会話対象を切り替えると。
「空軍基地の方々のご好意だ。整備班一同、並びにパイロットは待機に入れ! なお、基地出てから1時間以内に戦闘が開始されると思われる。その辺を留意して、しっかり準備しとくようにな!」
 しっかりと宣言してから、タスクはここで始めて通信機のスイッチを切った。フォーゼルもそれに習ってスイッチを切ると、シルフィードをしげしげと見てから。
「……この技術、シヴァルツヴォルフに転用できないかな?」
 と、至極真面目に問いかける。タスクはそれに対し、薄い笑みを浮かべてから。
「それは、これからしっかりチェックしてから解答が出る。さて、パイロット一同はしっかり休んだ休んだ! あの男のことだ、おそらく大部隊をこじゃんと用意してくるぞ!」
 僅かな苦笑と共に、タスクはそう宣言した。フォーゼルは大きくため息をつくと、一度首をこきりと鳴らす。
「じゃ、実務に備えて俺はゆっくり飯食って寝るとしますかね!」
 そう宣言してからひらりと手を振ると、我先に乗員デッキへと歩き出した。慌ててジレットもそれを追い。
「……行ってきな。おまえの仕事は、俺が働いた後だろう?」
 一人立ちすくんでいたメルヴィにタスクがそう声をかけるや否や、彼女はすぐさまジレットの後を追う。その様子を見て苦笑をもらし、タスクはゆっくりとシルフィードに歩み寄った。
「さて、俺はこれから頭脳労働と洒落込むかね!」




続きを読む

書斎トップへ