五聖戦記エルファリア

第三章 その名は疾風<7>





「全く、慣れないものをせっかく着込んでいったのにあのざまか……」
 長袖シャツにズボン、白衣と言ういつものスタイルに着替えつつ、ついぼやきをもらすタスク。目の前には電装系のテストパネル。ミドガルズオルムの駆動系などのテストを行っている最中である。
 ミドガルズオルムに戻ってから、すでに半日が経過しようとしている。各員に事情を説明して作業を徹底し、最低限の駆動ができるようにするため、全クルーを結集しての突貫作業が行われていた。
 前半と後半の切り返しにさしかかり、指示を出そうとマイクを掴んだタスクの目の前で、奇妙な現象が起こっていた。
 かなり大規模ではあるが、今行われているのは応急処置である。外部から物資を搬入するような事は無く、それ故に外装系の整備をする以外に表に出る用事はない。
 それなのに、物資搬入用のゲートが開いている。GAMSなどの資材を入れる際に使う、最も大きな物が、だ。
(何が、起こっている……?)
 慌てて通信内容を警報に変えようと、スイッチに伸ばしかけた手が不意に止まる。何かの搬入がそこから始まると同時に入ってきた、通信に応答するために。

「全くよ、何で俺が、こんな事を……っ!」
 はがれかけた塗装を頑張って塗り直しながら、思わずぼやくジレット。もちろんエアスプレーを使ってはいるが、元々の面積が広いためそんな物では追いついてないと言うのが正しいところだ。
「ぼやいてないで働けっての。お前の仕事歯識別信号の塗料添付なんだから、まだ楽じゃないか」
 髪をタオルで押さえて、コクピット内部から顔だけ出したフォーゼルが突っ込む。手には数枚の紙が挟まったクリップボード。
 艦の整備に大部分の面子が言っているせいで、フォーゼルたちパイロット部隊は自分の使っているGAMSの自己補修が主な仕事になっていた。パイロットの必須技能としてGAMSの修理のし方は頭に叩き込まされるにしろ、なれない作業は彼らに疲れを与えるのは当然と言える。それが、元々あまり気の長いほうではないジレットではなおの事。
「……あーもう全く! なんでこんなめんどっちいもの塗らなくちゃ……」
 切れ気味に叫んだジレットの言葉は、最後まで紡がれること無く止まった。何事かと眉をひそめるフォーゼルに、ジレットはその場所を顎でさして見せる。
 彼が指した顎の先、物資搬入用ハッチには、何に使うか分からない巨大なものが運び込まれていた。おそらくその形から言って飛行機の一種なのだろうが、何故ここにあるのかは一切不明。怪しめ、と自己主張しているようですらあった。
「……どう思う?」
「ここでしかけてきたのか……?」
 作業の手を止めず、あくまで談笑を装って謎の物体を警戒する二人。あまりにも周囲の空気から外れたそれには、数名のスタッフが付いて妙な作業をしているらしい。遠目から見える服装は、どう見ても『東』の軍隊支給品。
「高性能火薬、なんて事はないよな……?」
「飛行機型の爆弾か? ぞっとしないな……」
 作業を後半の連中にバトンタッチしながら、思わずゆっくり近づきつつ呟く二人。資材の影に隠れ、その様子をじっくり確認しようとしつつも、拳銃を抜いておくのも忘れない。目標物との距離役10mの場所から見るそれは、どう見ても飛行機であった。無論、これが中に何かを積めて使う置物で無ければ、だが。
「空軍の、ものか……?」
「なら、何でここでやる必要が……」
 GAMS格納庫に飛行機と言う、あまりにもミスマッチな現状に首を捻る二人。思わず小さな呟きが出たところで、空軍の仕官服らしき物を着た者が一人、こちらを振り返ってゆっくりと接近してきた。
(感付かれた?)
(あそこから距離、10mはあるんだぞ?)
 あまりにも常識を逸脱した相手の行動に、思わず資材検査を装ってかわそうとするフォーゼルに、来るとは思わずにたかを括って居直るジレット。対照的な二人の元へ、しかし歩く影はしっかりと到着した。
 下ろしたら肩口まであるであろう髪を二つに束ねた、明らかに長さの足らないツインテール。グレーの空軍士官服をぴしっと着こなすその姿からすればしっかりとした仕官なのだが、明らかに規定に合わない背丈や作りの幼い顔つきがそれをアンバランスに見せていた。
「えっと、この船の人だよね? 船長に話があるんだけど」
 忙しそうに(その実、何を探していると言うわけでもないのだが)資材を見据えるフォーゼルに、小さく笑って尋ねる。その声の高さに思わずフォーゼルは眉を潜めながら顔を上げ、ジレットは何事か固まっていた。
「……通信じゃ、まずいのか?」
「それでも良いんだけど……。直で行って驚かす方が、楽しいじゃない?」
 真面目に尋ねたフォーゼルに、わざと茶化すように言ってくすくす笑う。その仕草は、軍にありがちな規律や堅苦しさとは全くの無縁だった。その横顔をじっと見る姿に、仕官がちょっと眉根をつめて振りかえる。その視線の先には、酷く狼狽したようなジレット。
「なに? あたしに何か用……、って……!」
 ジレットの顔を確認すると、士官のほうの顔もまた同じように引きつり、また驚愕へと変わってゆく。
「……久しぶりだな、メルヴィ=ラシュホール空軍仕官殿」
 ジレットはわざとらしく、堅苦しい呼称で呼んでから、おもむろにため息をついた。




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