五聖戦記エルファリア

第三章 その名は疾風<6>





「形成逆転、だな」
 禍禍しい笑みを顔に張りつけ、ギアスが声をあげる。軍内部ではただの嫌味にしか見えなかったその表情は、今目の前にして見るとはっきりとその正体をフォーゼルの前に見せていた。
「……嫉妬と殺意を剥き出しにし過ぎてるぜ。感情を出すってのは、戦場じゃ一番のタブーじゃなかったっけ?」
 小さく笑うフォーゼル。表情を動かさないギアス。追い込んでいるのはギアス側であるにも関わらず、心理面では明らかに立場は逆転していた。ひらりと手を広げ、銃口を自分側に向けて拳銃を持つフォーゼルを、一同がじっと見守っている。
「……死ぬって言っても、軍法会議ぐらいにゃかけてくれるだろ? 極秘任務云々のタブーはこっちにあるが、そっちは俺に何をしたっけ?」
 薄く笑いを浮かべながら、フォーゼルが一歩前に出る。銃を向ける連中は何故か動けないまま、彼の放つ不思議な気配に押されて動けなかった。
 もちろん、命令一つあれば彼らはフォーゼルを撃つだろう。しかし、彼の言い分は不思議なほど説得力にあふれていた。どんな軍人であれ、処分には軍法会議を通さなくてはならない。しかも、ギアスがこちらを追いかける理由は、あの基地にしか知らされていない。
 つまり、軍が正式に開催する軍法裁判によって他の部隊を納得させない限り、相互不可侵を取る『東』の軍部では刑罰を科す事が出来ないのだ。とりわけ、そこそこ能力のある兵士は独自の情報網を持ってその名前をリークし、故あれば引き抜きを画策しようとするだろう。
 軍の成績など目を向けてもいなかったフォーゼルではあったが、この状況ではその名前を使う以外にこの場を収める方法を知らなかったし、この場に限って言えば、その物言いや態度は兵士たちを怯ませるに足るものだった。
「この男を……」
「まさか、隊長率いる一団に背後から撃たれるとは、作戦中の男は思わないよなあ……」
 撃ち殺せ、と言いかけたギアスの言葉を、さらに強い言葉で遮るのはタスク。その声と共に、内容までもが兵士たちに動揺を走らせた。
 信じるべき隊長が作戦中に、背後から兵士を撃つ……。軍規律の中で、絶対にあってはならないタブー。たとえそれが嘘八百だったとしても、先ほどのフォーゼルが放つ気配を前にすると不思議と信憑性が篭って聞こえた。兵士たちの間に動揺が走り、一瞬その統制が乱れる。
「そこまでにしていただきたいものですな」
 鈴やかな声がフォーゼルたちの前、ギアスの背後からかかったのは、ちょうどそんな時だった。
「ギアス中佐、GAMS軍のあなたが、この空軍基地で暴れ回るのには感心しませんね。各軍間の間にある、最低限のルールは護って頂かないと」
 見た目は温和な笑みを浮かべながら、ゆっくりと近寄る部隊長。フォーゼルはそちらに、安全装置をしっかりとかけてから銃を滑らせた。
「……ギアス中佐は現状の判断が出来ないようですので、この場は部隊長に仲裁役をお願いしたいのですが」
 武器を滑らせてから一礼するフォーゼル。部隊長は一瞬驚いたような顔を浮かべた後、その銃をすぐに拾い上げる。人波を強引にかきわけながら、同じように安全装置をかけた小銃をタスクは直接手渡した。
「……この場は、お任せする」
 小銃を手渡しながら言うタスク。相手がGAMS軍である以上、この基地の中では空軍司令官の命令は絶対である。そして、それに判断を任せている間は、取調べなどの名義で最低限身の安全は保障される。
 今この場さえ乗り切ってしまえば、後は中立地帯なり何なりで堂々と戦う事が出来る。どうあろうとギアスは保身のために自分たちを狙ってくる。それならこの場をやり過ごし、GAMS同士での戦いでどうにかする以外にこの場をやり過ごす方法はない。それがタスクの計算であり、フォーゼルの提案に口を挟まなかった理由だった。
「では、ギアス中佐。今回の件について詳しい話を伺いましょうか」
 部隊長はそう言って、静かに歩きだす。不承不承従うギアスたちを見送りながら、フォーゼルはかべにもたれかかり、タスクは髪をかきあげた。
「……補給と修理は見込めないかな?」
「十中八九、やつらは基地のすぐ外でしかけて来るはずだ。俺たちの消耗も馬鹿にならんというのに……」
 苦い顔でそれぞれ呟くフォーゼルとタスク。事態について行けなかった巴も、彼ら二人の言葉にしばらく思考をめぐらせる。
「この基地内で、出来るだけ準備を整えて行くべきですよね……。強行軍になるのか、最低限の補修ができるのか分かりませんが」
 巴の言葉に頷き、ネクタイを解くタスク。フォーゼルも、寄りかかっていた壁から背中を離した。
「さて、忙しくなるぞ……」
「結局、何をどうしてもドンパチにはなってしまうのか……」
 大仰にため息をついた後、ぱちんと頬を叩いて感情を切り替えるフォーゼルとタスク。見た目や考え方はだいぶ違うが、やっぱり親子なんだな、と巴はその仕草を見て感じていた。

「猶予は僅か、か……」
 部隊長は小さく呟いて、ドアを見つめている。
 本来ならやってきた者たちを使ってやるはずだった作業は、ギアスの乱入と言う予測外の事態に使用不能になってしまった。それならば、と思考を切り替え、ゆっくりと受話器を掴んだ。
 分は悪いが、やってみる価値のある賭けだった。内線通話で出た技術者に、ゆっくりと息を吸い込んで明確な意思を告げる。
「ミドガルズオルムに、シルフィードとメルヴィを行かせて作業させてもらえ。なんとしても、完成させる」
 それは、まだ諦めていない事の証明でもあった。




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