五聖戦記エルファリア


第三章 その名は疾風<4>




「なにっ! 奴らが見つかった?」
 前線基地に戻ってミドガルズオルムの行方を追っていたギアスは、通信員の報告を受けて思わず声を荒げた。八方手を尽くして探していた相手がようやく見つかっただけに、感情が荒ぶる。
「はい。報告によると、やつらはベルスタッド空軍基地にいるようです」
 通信士の報告に、タスクの表情に危険な笑みが浮かぶ。
 自分たちの与えていたダメージは、敵肩にとって深刻な物だったのだ。航行するのも難しいほどのそれを直すために、空軍に助けを求めた。各基地の連携を忘れるほどの痛手だったに違いない。
「ベルスタッドか……。厄介なところに逃げ込まれたな」
 報告に沸き立つ前線基地の空気の中で、ただ一人通信でその会話を聞いたアルファだけが眉間にしわを寄せていた。
「問題無いでしょう! これから奴らを捕縛しに向かいます。空軍仕様GAMSのモデルタイプを持っていけば、隠れ蓑には出来るはず……」
「……そうだな。あの基地にはW型とJ型を届けなければならん。それを届けに向かってくれ」
 そう言い残して切れた通信を確認し、全く同じ命令を部下たちに下すギアス。彼の頭の中には、反逆者を捕らえ、勲章を授与される様子までもが、青写真として完成していた。

 通信を切ったアルファは、基地内で忌々しげにうめいた。原因はただ一つ、ミドガルズオルムが取った策である。
(グルシエール・プロジェクトが極秘である以上、他に非を侵していない奴らを追いかける手段は無い……。下手にやればこちらの思惑がばれる。GAMSなど、艦の護衛と言う事でいくらでも認可が効く……!)
 相手の取った策の見事さに、思わず臍をかむアルファ。しかしそれでも、彼は諦める事は無かった。
 いや、諦める事が出来なかった。それはとりもなおさず、自分の破滅に繋がるのだ。
(要は、奴が西に行く事さえなければ……!)
 アルファにとっての敗北、それはあの艦内にあるグルシエールナンバー。つまりカスミが西に引き渡される事。それ意外はもう認識の管轄外。今更駆動艦の一隻や二隻が『西』に寝返ろうが野に落ちようが、最後に勝つのは自分たちなのだ。
 そう、カスミの亡命と言う形で、判明さえしなければ。
(奴を、中立地域で片付ける……!)
 ギアスに銘じた事とは違う青写真が、アルファの頭脳から形成される。そして、それが完成した瞬間、通信機を掴み取っていた。
「ルトス中佐か? 君とその私的チーム『ワイルドギース』に、極秘任務を与える」
 冷酷に作戦内容を告げるその瞳の奥では、怪しげな炎が爛々と燃えていた。

「基地の連中に話すのは任せろ。あまり艦内から動かないようにな」
 そう言うと、タスクはスーツのネクタイを嫌そうな表情で締めた。フィールドワークの方が似合う子の中年男にネクタイがつくと、何故か貫禄がついて決起盛んな中小企業の社長に見えるから不思議だ。「巴君、それからフォーゼル。お前たちは俺について来い。二人とも、正装でな」
 続けざまに放たれた一言に、巴はしっかりと頷き、フォーゼルは露骨に表情が引きつった。
「どうした?」
「正装って……。そう言えるもの、俺軍服しかないんだけど……」
 尋ねるタスクに、引きつった表情のまま答えるフォーゼル。彼は軍からの脱走兵である以上、正装など用意する必要が無かったのは事実。さすがにタスクは一瞬表情を変えたが、それでも平然と。
「俺の奴を一着使え。中立地域につくまでの辛抱だ」
「……お互いにな」
 そんな問答の末、タスクたちは艦内にやってきた軍人たちに連れられてベルスタッド空軍基地へと足を踏み入れていた。ミドガルズオルムはタスクの経営するGAMS運送会社の船で、フォーゼルはその二代目、巴が秘書と言う役回りだった。もっとも、話はほとんどタスクが済ませてしまい、彼らは与えられた問いに頷いたりするだけで良かったのだが。
(しかし、空軍基地って貧乏そうだな……)
 フォーゼルの偽らざる感想がそれである。今までいたGAMS基地が最新鋭の設備で固めていたと言う事もあるが、それにしてもこの基地にさびれようと言ったらなかった。
 床や壁の色は落ち、所々にヒビすら入っている。攻撃に備えて強度を高くするように作られているはずだが、どう見てもここは欠陥住宅か、そうで無かったら築二十年以上の学校にしか見えない。
(世の中、いろいろなんだなあ……)
 そんな事を思いながら、話し合いをしているタスクの様子にふと、目をやる。
 昔から会話の多い家族ではなかった。しかし、やはりこの父とは心の奥底で繋がっているような気がする。父親がGAMS研究者なのは昔から知っていたが、沈黙を護っていた彼が『東』に組する事になった理由が自分自身であることを、フォーゼルは人づてに聞いていた。
(結局、心配性なんだよな……)
 結婚に失敗した父子家庭ともなればそうなるだろうな、と思いながら、窓の外の様子をじっと見る。そこに広がっていた光景に、思わずフォーゼルの表情が凍った。
「……どうしました?」
 呆然としたその顔を見かねたのか、巴がちょっと肘でつつきながら尋ねてくる。口を開きかけた所に、やってきた兵士がその答えを返した。
「部隊長、GAMS部隊のギアス=ロシュタール殿が、新型GAMSと補給物資を持って到着しました」
 その言葉に、巴だけではなくタスクの表情までもが、凍りついた……。




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