五聖戦記エルファリア


第三章 その名は疾風<2>



 妙な事になったな、と状況を判断するフォーゼル。
 今自分は食後の茶をすすっている。それはいい。さっき食事が終わったのだから。
 後ろの方では、ジレットがぶちぶち言いながら机を直している。それもさほど文句はない。ぶちぶち言ってる文句の内容は俺に関する物だからかなり腹立たしいのだがその辺は黙殺。
 俺の目の前では……。さっきの少女が飯を食っている。
 そう、これが問題だった。
 今までどうしようが目を覚まさなかった彼女が、一体どうしてこんなときに起き出して、しかも三人前はありそうな飯を食っているのだろうか?
 まあ、素性不明な彼女に何も言わず飯を出すミドガルズオルムのコック連中にも問題が無いとは言い難いが、いかんせんこの状況は異常が過ぎる。
「……なあ」
 湧き上がる疑問をどうにかしようと問いかけるも、
「ひつもんはご飯の後にひてふださい」
 と、口の物を詰めたままやんわりと拒絶されてしまう。
(まあ、言いたい事は分かるんだが……)
 相手の言う事が正しいだけ、苦笑するしかない事態を招いてしまっている。目が覚めたら覚めたで、色々と問題を引き起こしてくれそうな気がした。目の前は、不思議と真っ暗ではなくモノクロだった。まあ、さほど違いがあるとは思えないが、形が見えるだけマシと言う物だろう。
「……ご馳走様でした」
 最後のお茶を飲み干して、ぺこりと頭を下げる。つられて一礼してしまうフォーゼル。
「っと、ジレット。親父と巴を呼んできてくれるか? 今後のことを話し合いたい」
「……了解」
 一瞬和みかけた雰囲気をどうにか切り直し、傍らのジレットに声をかける。その提案に不承不承頷き、食堂をさっさかと後にするジレット。そして、こほん、と一度せきをして。
「さて、二、三聞きたい事が……」
「その……。こちらから先に尋ねたいんですけれど」
 話そうとしたところに機先を制される。その剣幕の強さに負けて、どうぞ、と目線で合図すると。
「あの……。私、何をしたら良いんでしょうか?」
 思わず、フォーゼルの表情が固まった。

「何? 眠り姫が目覚めた?」
 食堂に向かいながら、ジレットに確認するタスク。ちなみに、眠り姫と言うのは今フォーゼルと話している『T』の呼び名である。他に呼びようが無かったからそう呼んでいるのだが、そろそろそれも改めねば、と思う。
「ああ。俺も投げ飛ばされた。相当の腕だぜ!」
 自分の油断を相手の腕のせいにするジレット.策士と言えなくも無いが、頬にくっきりとついたテーブルの痕がそうでないことを助長しているようにも、助けているようにも見える。
「ともあれ、彼女が一体どう言う存在が、確認する必要はありそうですね……」
 兵そうすると燃えは、そう良いながらも懐に入れた短刀を握る。武芸に長けた彼女がいればどうにかなる、と踏んでいるのか、はたまた腕っ節に自身があるのか。彼ら二人は余裕を持っている。恐らくは両方なんだろうな、とジレットは自分で推理した。
 そしてジレットたちが食堂で見たものは、どうして良いか分からずに困惑する少女と、その前で固まっているフォーゼルと言う構図だった。
「……フォーゼルさん、一体何があったんです?」
 とりあえず冷静な巴が尋ねると、呆然としたままのフォーゼルはようやく少し自分を取り戻し、
「……彼女、なにも知らないらしい」
 と、頭抱えたまま答える。そして一同に訪れる、沈黙。それから立ち直ったのはタスクだった。
「要するに、命令が成されていない、と言う事か?」
 思案顔のタスクに、少女の方はにこやかに笑ったまま、
「ええ、任務はなんでしょうか?」
 平然と問いかけてくる。タスクはそれに対し、眉根にしわを寄せてしばし考慮した後。
「……この船の護衛と、知っている情報の提供。基本的な任務はそれだけだ。後は流動的に判断しろ」
 レジスタンスを纏め上げる威厳に溢れた声で、命ずるタスク。それに、少女は頷く。きりりとした、厳しいとも取れる表情になり。
「任務を確認。カスミ=T=グルシエール、任務遂行に入ります」
 と、きっぱりと言って後、またさっきまでの顔に戻る。見事な表情の使い分けだった。
「ところで……。親父」 
 ひょこ、と肩をすくめて、フォーゼルが何気なく声を上げる。所在なさげ、と言う表情。顔を向けるタスクに、さらに続けて。
「この船……。どこに向かってるんだ?」
 ずっと引っかかっていた事を口にする。東の勢力圏内からはそろそろ抜け出せるだろうが、そうすれば今度は東と西が争う最前線。戦闘の最中に迷い込んだのなら、それこそ命取りである。だからこそ、西に行くルートは慎重に選ばなくてはならないだろう。
「……そろそろ、見えるはずだ。艦橋でスタンバイしておけ」
 物騒な事を言うタスクに、半ば諦めたように頷くフォーゼル。実際、こうなったら開き直ってどうにかする他無い、と言うのが正しいところだ。
 妙な考えに思いをはせるよりも、今ある状況をどうにかする方が現実的なのだから。
「スタンバイって、具体的には何すりゃいいんだ? パイロットスーツでも着てるのか?」
 さらに問いを進めるフォーゼルに、タスクは襟の辺りを指差し、
「私服に着替えとけ。後30分ほどで見えてくる」
 と答えて食堂を後にする。そこで一同解散の形となり、皆一様に私服を取りに戻っていった。最も、カスミについては巴に連れられて行ったが、今まで眠っていた事を考えればまあ妥当と言える。
「しかし、どこに行く気なのかね……」
 すでに着替え終わっていたフォーゼルは、ゆっくりと食堂の後片付けをしてから艦橋への道を行く。
 そこに、妙な警告音声が響き渡った、気がした。
「……まさか……」
 聞き覚えのあるそれを感じ、フォーゼルの顔に緊張が走る。
 僅かに聞こえたそれは、紛れもなく『東』の基地が使う、警戒サイレンの物音だった。




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