五聖戦記エルファリア


第二章 風と炎の刺客<15>




 とっさにショットガンブラストを放ち、間合いを開いたフォーゼルではあったものの、機体の方はすでに限界に近くなっていた。
 とはいえ、この一機ですでに2小隊分は叩き落している事を考慮に入れると、この程度のがたつきですんでいる事もまた驚愕ではあった。
 弾薬が尽きた状態ではあるものの、元から白兵戦を想定した作りになっているシヴァルツヴォルフなら戦闘行動に悪影響はさほど無い。機動力をフルに使って接近し、切りかかるだけなのだから。
 しかし、まだ数に余裕はあるはずの敵軍に動きがあった。後方から、次々に金属散弾が撃ち出される。レーダーをだますために使う、高性能の金属粉末弾(チャフ)。部隊が撤退する際、基地がばれないようにレーダーをだまくらかすための装備。
「敵軍が、撤退していく……?」
 見る限り、向こうにはまだ余裕すらある。しかしそれが撤退するとなると、次に備えてのデータでも取っていたのだろうか。それとも、何か別の理由が……。
 めまぐるしく頭をめぐらせようとはするが、同時にどうでも言いかと思い立ち、考えるのをやめる。今大切なのは、生き残れたと言う事実なのだから。
《……向こうが退きましたね……》
 ややノイズの混じった巴の声が、スピーカーから聞こえてくる。機体の方にも相当のがたが来ているらしい。常識を逸脱した酷使が原因だろう。
「ああ。どうにかこうにか、勝てたって感じだな……」
《正しくは生き残った、でしょう……?》
 疲れきった声を上げて、コクピットの椅子に力無く突っ伏すフォーゼル。完全に集中力の切れた姿は、どこか気の抜けた風船のを思わせた。へたれた状態ながらも、何とか通常駆動でミドガルズオルムまで帰還しようとGAMSを動かす。
「ったく、もう少し楽がしたいもんだな……」
《それについては、同感ですね……》
 ゆっくりと戦艦にに帰還しながら、接触回線で会話するフォーゼルと巴。互いにあまり良い表情とは言えないが、やがてどちらからともなく笑い出す。
 危機的状況と言うものは、人と人との間の溝をも容易に埋めてしまう物らしかった。

「七小隊が完全破壊。グノフコマンドも中破、か……。散々足る戦果だな」
 戦闘が終了し、収拾したデータを元に状況を確認したアルファが呟く。理論条はこれで勝てて当然だったのだが、実際のところ勝率としては五分五分だった。
 不確定要素を入れての水準ではなく、強力な試作形GAMSを使う少数精鋭の軍団、と言う事を考慮に入れた場合数は大した問題にならないからである。
「……だが、これで大体のデータが割り出せた」
 ギアスをたきつけたのは、いまいち実態の見えなかった反抗勢力の状態を明らかにするため。そして、そう言う意味合いでは彼は十分過ぎる戦禍を上げたと言える。大量の戦力を投入したおかげで、アルファの手元にはすでに作戦を立てるに足るデータが集まっていた。
 そのまましばし考えをめぐらせていた彼の耳に、来訪を告げるドアホンが控えめに鳴り響く。ロックを解除すると、やや青い顔をしたギアスが入ってくる。
「……報告は聞いている。相手の戦闘方法を確認しなかった作戦側の失敗だ。現場に責任はない」
 開口一番そう言う事で、ギアスの顔にあった緊張が少し解けたようだった。やはり、常人では失敗に見える任務成果だったらしい。
「しかし、大事な試験機を……」
 そう言って口をにごらせるギアス。グノフコマンドだからこそ耐えられたものとはいえ、ショットガンブラストの威力は相当のレベルに達している。中破で済んだのは、逃げに徹したギアスの危険察知能力が敏感だった事に尽きる。
 作戦立案能力は別として、パイロットとしての腕は見るべきところがあるらしい、とアルファは認識を改めた。今回の作戦の成果は、情報の入手と思えば安い物だろう。次回の成功に繋げられるのだから。
「ミドガルズオルムの軌道から計算しますと、どうやら連中は中立地域、ボルドーゾンに入る物と思われます」
 ギアスの報告に、顎に手を当てて考慮するアルファ。どうやら、この男は実戦指揮に使えば相当の成果を出せるらしい。なかなか見所のある男だ、と思慮し、口を開く。
「ボルドーゾン、か……。ルトス中佐が近いはずだ、追討命令を出しておけ」
 思わぬ命令に、わずかに表情を変えるギアス。驚愕、の形に。
「ルトス? あの傭兵集団にミドガルズオルムを?」
 ギアスの表情が変わるものの、それでアルファの命令が変わるわけではない。命令を聞いて引き下がる彼の姿を見ながら、アルファはもう一つの問題を思い出した。
「そろそろ目覚めるか、Tが……」
 あれが動き出しては、もはや一刻の猶予もない。落ち着いているように見えて、その実アルファは内心かなり追い込まれていた。

 GAMSを収納後、フォーゼルは自室の窓から外を眺めていた。別にこれと言った用事があるわけではないのだが、寄港が近いと言う事で休む気にはなれなかった、と言うのが本音である。
「どうにか、東の領域を抜ける、か……」
 寄港先は中立地帯だと言う事は、すでにタスクから聞かされている。ジレットのように眠れれば良かったのだろうが、何故か寝るのも憚られる、そんな奇妙な状態だった。
(この先、どうなるんだろうな……)
 ぼんやりと考えているうち、だんだんと瞼が重くなっていく。張り詰めた神経が疲労を呼びこむのに、そう長い時間はかからなかった。そして、疲労は眠気を呼ぶ。
(ともかく、今は休もう……)
 今なら眠れそうな気がして、机の前に突っ伏す。すぐさまゆっくりと寝息を立てるフォーゼルの顔は、どこか安らいで見えた。



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