五聖戦記エルファリア


第二章 風と炎の刺客<14>



「ちくしょおおおっ! どうしろって言うんだよっ!」
 赤ランプの回るコクピット内部で、ジレットは自棄とも言える叫びをあげる。現状でどうにかする手段が思いつくわけではなく、エネルギー暴走がいつ起こるとも知れない爆弾のようなGAMSの中。
 これで平常心を保てる人間がいたら、それこそ悟りを開いた者か、危険の中でしか生きている事を実感できない異常者のどちらかである。そして幸か不幸か、ジレットはそのどちらでもない。
「いっそ狂えれば楽だったんだろうがな……!」
 内心苦笑しながら、文字通り危険な綱渡りを敢行するジレット。要は、エネルギーを最大限に食わせるような行動を取らせればどうにかなるのではないか……?
「このままだったら爆砕するだけだ……!」
 やけっぱちとも取れる無謀さが、彼の覚悟を決めた。目の前にあるエネルギーに関わりそうなものすべてのゲージを思いきり引き上げる。
 対人レーダーや局地兵器用電子バリアなどの普通は使わないものから、対機レーダー、FCSと呼ばれる火気管制の制度レベル、果てはエアコンに至るまで。
 傍目から見ればただの暴走にしかとられない行動ではあったが、彼にしてみれば真剣だった。失敗は即死につながるとはいえ、動かなかったら爆砕である。
 わずかな可能性に向かって足掻いていたジレットではあるが、悪魔のようなエネルギージェネレーターの目盛りは止まろうともしない。
「……くそ……っ?」
 半ば絶望しかけたジレットの目に、ふと妙なものが見えた。傍目から見れば何気ない固定レバー。ファイアガンナーの固定装備の一つ、背面装備の無反動バズーカらしきものの発射レバーである。
 しかし、注意深く観察してみると、このレバーは固定式ではなく可動式らしい。
「……動く……? いったい何が……?」
 無論、出る前に呼んだマニュアルらしきものにはこんなものが動くなどとは一言一区書かれていない。まさか自爆レバーかとも思いはしたが、ここまで来たら自爆しようが何をしようがさほど代わりが無いのが原状である。
 やけっぱちに近い生存本能が、彼の行動を決めた。思いきり自分側にレバーを引き付けると、デジタル表示されていた契機類の表示が切り替わる。
「こいつは……?」
 迷っている暇などは無かったが、とりあえず表示が気になってそれをじっと見据え、情報通りに機体を制御する。片ひざをつかせ、設置面積を増やした対衝撃のスタイル。それはまるで、バズーカ砲を構えた歩兵に似ていた。
《試作形エネルギー砲弾、射撃テストを開始します》
 堅苦しいシステム音声の後、あれだけ鳴っていた赤ランプが嘘のように静まった。思わず計器を目にすると、本来弾丸を込める部位にエネルギーが高濃度で凝縮しているらしい。
 弾丸形成まで、残り20秒。
 恐ろしいほどの勢いでエネルギーを消費する何かに一抹の望みを繋ぎ、強化したロックオンサイトで敵軍を捉える。果たしてこれが吉と出るか、強と出るかまでは分からない。
 何が出るかまで分からない部の悪すぎる博打ではあったが、不思議とジレットは落ち着いていた。
(そうだ、元々つかまった時点で死んだ身だ。もうちょいリラックスして行こう……!)
 不思議と、死を目前にして楽天的になると肝が据わった。そして、カウントダウンがゼロを刻む。
「食らいやがれええええええっ!」
 咆哮と共に、ジレットは引き金を引いた。
 急激にエネルギーを消耗し、慌てて平常レベルにシステムレベルを落とすジレット。そんなことで慌てふためいている間に、カメラアイに真っ赤なエネルギー弾が飛んでいくのが写った。赤光を放つそれは、轟音を立てながら敵軍に着弾する。
 瞬間、敵一群は荒れ狂うエネルギー乱流に巻き込まれ、爆発すら起こさずに溶解してゆく!
 何事かと計器類やらを見まわすジレット。第2射に向かってチャージ中の砲身の状況を調べることで、ようやっとその正体に彼は思い当たった。
「レールガンの電磁レールを使って、エネルギーをすっ飛ばしたってのか……」
 レールガンとは、弾道を火薬で加速するのではなく電磁レールによって加速させて撃ち出す兵器の事を言う。加速力は火薬以上であり、実質とんでもない速度と射程距離を誇るために昔から試作されてきた部類の武器ではあるが、エネルギーをあまりにも食い過ぎるために使用することは避けられてきた不遇の兵器でもある。
 しかも、このレールガンの恐ろしさはそれだけではない。エネルギーを異常収束させることにより、磁力をすさまじい出力で放出、それによって高濃度で抽出されたエネルギーを磁力コーティングし、擬似弾頭化することにある。
 元々磁力というあやふやなもので作られた弾頭は、何かに接触した瞬間にその枷を全開放し、エネルギーの本流となって暴れ回るのだ。そう、一切の無駄なく。イメージとしてはナパーム弾に近いが、衝撃の変わりにすべてを熱と破壊のエネルギーに仕立てた、文字通り破壊の本流そのもの。
 元々常識を逸脱したエネルギー生産量を持つファイアガンナーのジェネレーターは、始めからこの兵器のために作られていたのである。
「……確かに、こんなもの積み込んでりゃあとんでもないジェネレーターが必要にもなるな……」
 自分の乗っているGAMSの正体に、ようやっと思い当たる。
 ファイアガンナー。それはこの兵器のためだけに生み出された、試作形のGAMSだったのである。そして、そうと分かればそう言う使い方をするまでの話!
「さて、第2射と洒落込もうか……!」
 先ほどまでの狼狽はどこへやら。早くもエネルギー弾頭を生成させつつ、次の目標に向かって狙いを定めていた。

「前線での状況悪化。速やかに撤退せよ……? 何が起こったんだ?」
 信じられない自体の発生に、ギアスの表情が疑念の色一色に染まった。それを解決するかのように、通信機が鳴り響く。慌ててつかんだギアスの耳に、冷ややかな声が飛びこんだ。
《ファイアガンナーが暴れまわっている。こちらとしては予測外の事態だ。送球に後退し、対策を練り直せ》
 その言葉を聴くか早いか、ギリ、と歯をかみ締めたギアスはただ一言。
「……了解」
 それだけを、答えた。


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