五聖戦記エルファリア

第ニ章 風と炎の刺客<13>


「あれは……?」
 内心の動揺が、呟き声となって外に漏れる。目の前にある、見知らぬ何か。その答えは、聞かなくても分かっていた。
 ミドガルズオルム打破のために、「東」が送り込んだ新型GAMS。形式コードその他が一切不明の相手を前に、緊張は高まるばかり。
 だが、対する新型は狙撃をするでもなく、ただ砲身を虚空に伸ばしているだけである。重装甲に見えるその外見からすれば、速度で撹乱されればどうしようもないのは分かっているはずなのに、一切移動しようとしないその姿は諦めなのか、それとも……。
「訳は分からんが……。潰させてもらう!」
 考える時間も惜しい、とばかりにスロットルを操るフォーゼル。尋常あらざる加速を用い、急速度で肉薄するシヴァルツヴォルフ。その間、緑のGAMSは背中あたりから出していた砲身を折りたたみ、機敏な移動を開始する。腕部に装備された小型ガトリング・ガンが吼え、慌てて回避行動に出るフォーゼル。
「初めから、誘い込むためのものだったのか……?」
 呟き声とともに思考を切り替え、高速度で切り替えしての格闘戦を開始しようとカタールを装備する。そして繰り出した一撃を、緑のGAMSが振り出した剣で防御する。高速度の打撃に対応するように組み上げられた、見事なプログラムだった。
(相当良い奴を使ってるらしいな、格闘用のソフトは……)
 内心の不安をかき消すように、わざとそう思う事にする。剣戟だけではなく、砲撃の正確さ、簡易変形機構による戦法を選ばない汎用性……。
 その全てが、かつてある男が言っていた『理想の兵士』という歯車に酷似しているような気がした。だが、嫌だからこそ、フォーゼルはこのGAMSを打ち破らなくてはならないと思う。
 そうでなければ、自分の選んだ道が誤りである事を自分から証明する事になるのだから。

(こいつ……。強い! 問題はあったが、流石はエースの資質を持っていた男、か)
 新型機グノフコマンドのコクピット内で、ギアスは目の前にいるGAMS操縦者を思い出し、嘆息する。
 自分以上であろう腕を持つ、尋常ならざる新兵。名前は確かフォーゼルとか言ったか。
 他の者にはろくに動かせもしなかったシヴァルツヴォルフと共に、その性能の全てを引き出して襲い来る。あまりの速度に、銃を使わなかったら防戦一方になっている所だ。
 腕は承知している。だが、これを倒さなければミドガルズオルム打倒作戦には失敗する。他の一般兵などではこの黒い狼は止められない。結局、頼れるのは自分の腕一つ。
 自分の正しさを示すためには、この男を踏み越える事が必要なのだ。

「やらせるかよっ!」
「いいかげんに落ちろっ!」
 道を切り開くために戦うフォーゼルと、道を守るために戦うギアス。
 次々に攻撃を繰り出し、相手の攻撃を回避する正反対の志を持つ男たちは、無言のまま幾度となく攻防を繰り広げた。一瞬の失敗が命取りとなる、命がけの綱渡り。その中で神経をすり減らしながら、一瞬の勝機を待つ展開。
 双方にとってやりにくい時間が、かなりの間流れた。最も、見ている側からすればそれは実にちっぽけなものだったのだが。
 打撃と銃器、それぞれの攻防がしばし続いたかと思えば、それは不意に終焉を迎える。
 ついに痺れを切らせたかのように、剣を振り上げて攻勢に出るグノフコマンド。その一撃が振り下ろさせようとする前に間合いを詰めるシヴァルツヴォルフ。
 だが、それこそがタスクの意図していた『状況』だった。剣を振り下ろす前に、もう片方の手に持っていた物をシヴァルツヴォルフに突きつける。片手持ちの、携帯型火器を。
 剣を止めるために繰り出した右拳を銃弾で黙らせて、その間に剣で叩き切る……。それがタスクの戦術だった。今までの実践経験で培った、高機動GAMS破壊に有効なコンビネーション。
 このときフォーゼルが失念していたのは、相手が自分を騙す事も厭わない、文字通りの軍人であるという事。不意を付かれた形になったフォーゼルは、もはや死ぬしかない……。
 そう思っていた事こそが、タスクの油断だった。
「これで終わり……」
 きっかけは、小さな光だった。それと同時に高まる熱量は、ちょうどシヴァルツヴォルフのバックパック部分から発生している。
 何事かと身を引いた一瞬、振り下ろそうとしたグノフコマンドのサーベルが消滅した。熱量でもって装甲を融解させるそれが、まるでそれ以上の熱を食らって形も形成できなくなったかのように。
「な、何だとっ!」
 コクピット内で驚きの声をあげるギアス。周囲にそんな真似を出来るようなものは一切ない。ただ、光と共に衝撃反応が来ただけで……。
「だが、負ける訳には行かんのだよっ!」
 それでも何とか気を取り直し、形態火器での攻撃に出ようとコンソールをいじるギアス。そんな彼の元に、本部からのけたたましい命令が飛びこんでくる。照準ディスプレイをも侵食するそれを慌てて読み上げ、ギアスの表情が文字通り変わった。
「前線での状況悪化。速やかに撤退せよ……? 何が起こったんだ?」
 信じられない自体の発生に、ギアスの表情が疑念の色一色に染まった。


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