五聖戦記エルファリア

第二章 風と炎の刺客<11>


《要は、やってくる奴を叩き潰せば良いんだろ? そんなの、俺がやってやるよっ!》
 艦橋の通信機に、景気の良い啖呵が流れる。思わず一堂は周囲を見まわし、その出所を探る。しかし、艦橋関係者を始め一人残らず、ミドガルズオルムのメンバーは配置に付いていた。
 それでは一体、誰がこの啖呵を切っているのか。
「お前は……、誰だ?」
 思わず尋ね返したタスクに、帰ってくるのは先ほどと同じ、景気の良い声。
《おっと、名乗り忘れたな。こちらジレット=ファンドリア! 自分の身の安全のためにも、協力するぜ!》
 スピーカーから聞こえてきた景気の良い声に、今度は一同全員が面食らった。ジレットと言えば、あの時補給物資と共に捕まった捕虜のはず。
 それが何故、自分達に手を貸そうと言うのか。
「……何が目的だ?」
 尋ねるタスク。慌てて用意されたカメラの電源が入り、彼の姿があらわになる。
 そこには帝国の軍服を脱ぎ、赤のジャンパーと白のスラックスと言う姿の彼が映し出された。いつの間にか、私服に着替えたらしい。
《目的って、ひでえ事言うな。この船がやばいから、手を貸す。それじゃ行けないか?》
 ジレットが尋ね返す。さも当然と言うかのように。あまりにも堂に入ったその物言いにあっけに取られている一同の中で、タスクは冷静に状況を分析していた。
「……もう少し発展的な話をしよう。現在、この船には使えるGAMSがない。君一人が、一体どうやって出て行く?」
 GAMS不足。これが現在の彼らを悩ませる一番難儀な問題だった。
 確かに、腕の良いパイロットがたくさんいるわけではない。補給物資さえきちんと揃っていれば、あの二機だけで守りきるのも不可能ではないのだ。
 しかし、相手が数に出て来た場合や修理中、そう言うときに動かせる機体がないと言うのは正直厳しいとしか言い様がない。備えようにも、物が無いのではどうし様もないのだ。
 そんな状況を端的に説明したタスクにも、ジレットは動じていないようだった。
《GAMSは、俺が運んでたのがある。足を動かさなけりゃ、エネルギー暴走はないだろう。照準系がしっかりしてるから、足を止めての撃ち合いも可能なはずだ》
 そして、またも常識外れな答えをさも当然の様に返してくる。確かに、彼が持ってきたGAMS、ファイアガンナーは動く事は動く。しかし、エネルギー系に問題を抱えた爆弾マシンでもあるのだ。
 もしそんな物が爆発でもすれば……。パイロット始め、ここもただでは済まない。
「……本当に、良いんだな?」
 それら全てを踏まえた上で、タスクは尋ねる。まあ、帰って来る答えは決まったような物なのだろうが。
《くどいぜ。俺は一度言った事は曲げない主義なんだ》
 そして、ジレットから帰ってきた答えは予想通りの物だった。思わず溜息を一つ付き、それから両目を見開く。
「……無縁仏位には入れておいてやる」
 溜息混じりにそう言うと、画面越しにジレットがにやりと笑った。
《心遣い、感謝するぜ》
 それだけ言って、通信が切れる。その様子をじっと見つめていたタスクは溜息をもう一度付き、艦橋内部は安堵と落胆、高揚と不安が混じったおかしなテンションが支配していた。

「分かってるな? こいつは、一発でももらったらまずいんだからな?」
 組みあがったファイアガンナーの前で、工場長が念を押す。
「分かってる。心配するなよ」
 すでに赤い操縦用スーツを着込んだジレットはそう言うと、コクピットに滑り込んだ。首を鳴らし、操縦桿を握り締める。
(全く、この船は謎だらけだぜ……)
 苦笑する。じれとが戦うこことを決めたのは、自分の保身のためだけではない。
(こんな小さな船一隻に、あれだけの艦隊とGAMSを繰り出して来るんだ。絶対に、ただの船じゃない)
 ミドガルズオルムのサイズは、『東』と張り合うにはあまりにも小規模で、能力にも欠け過ぎている。普通に考えれば、ニ小隊を繰り出せばそれで済む話だ。
 それなのに、彼らはすでに六小隊はフォーゼルたちに向かって剣を向け、声を張り上げている。さすがに、この状況は何かおかしい。
 こう言うレジスタンスが出る事自体がすでに大きな動きなのかもしれないが、ジレットの脳裏には、何かぴんと閃く物があった。
 間違いなく、この戦艦は『東』に関する、何か重要な秘密を握っている……。なら、それが明らかになるまでは泳がせておくのも一興だろう。
 軍人のご多分にもれず、ドライな考え方をするジレット。しかし彼が普通と違うのは、それを知ってどうこうしようと言うわけではない。ただ、気になるのだ。
 それだけの理由で、と他の人は笑う事も、彼は知っている。だが、そんなささやかな知識欲が、今まで彼をしっかりと生かしてくれたのもまた事実である。
 ならば、それに賭けてみるのも悪くないだろう……。ジレットは、そう推察したのだ。
 最も、顔も名前も割れている大人相手に喧嘩を売ったらどうなるか、と言う事を完全に失念しているが故の台詞なのだが……。
「ジレット=ファンドリア! ファイアガンナーが発進するぜ!」
 強気の宣言で気合を入れて、深紅の機体が電磁レールを駆け抜ける。あまりにも起きない兄貴分をきょとんとした表情で眺めている暇も惜しみ、電磁レールは素晴らしい勢いで彼とそのGAMSを戦場へと押し出す。
 そして、流れるような動作で空中を舞い、そのまますでに潰された、砲台の一つのあった場所に着地。装備していたニ連装ガトリングカノンに、手をかけた。
「人んちの米びつに砂撒くような無礼な輩は、この場で成敗してくれようか……」
 赤い砲塔となったジレットは静かな声でそう言うと、まだ空を飛んでいる機体一つに狙いを定める。ガトリングカノンが咆哮を上げ、成す術泣く敵機が撃ち落される。
「さあ、この深紅の砲撃手がみんなまとめて相手にしてやるよっ!」
 聞こえない、とは分かっているものの、ジレットはそれでもコクピット内で、吼えた。 


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