五聖戦記エルファリア

第ニ章 風と炎の刺客<9>


 普段は使われることの少ない、ミドガルズオルムの第一艦橋。そこで、タスクは立体地図を前に首を捻っていた。
「敵勢力から考えれば、とんでもないな……」
 思わず、そんな呟きが出る。反乱勢力一つ静めるにしては、あまりにもご大層過ぎる量と質の勢力。レーダーは、そう言う結論を出していた。
「それで、敵軍の質は?」
 やってくる人の流れに乗り、GAMS操縦用に仕立てられた特殊スーツに身を包んだ巴が入って来る。
 宇宙服を参考に、軽量化させた物だけあって体のラインは出にくくなっているが、それが帰って衣類全体を無骨に見せている。区別しやすいように灰色一色で仕立てられている事も、関係しているのだろう。
「……正直、芳しくないな。まあ、こっちも向こうの弱み握ってるから当然と言えば当然なのかも知れねえが、それでもこれはな……」
 苦々しげに呟いて、レーダーを指し示す。そこには、一個大隊に相当する量の輸送船が光点となって示されていた。戦艦一気相手にするには、やり過ぎの物量である。
「グルシエールの申し子には、それだけの価値があると……」
 真面目な表情で言う巴。そんな事はあんまり気にも留めてないような表情で、タスクは周囲を見回した。
「ところで、フォーセルの奴はどこに行ったんだ?」
「たしか、工場長に聞きたい事があると言って出て行かれましたから、もうそろそろ……」
 二人がきょとんとした表情のままそんな事を言い合っている間に、人の流れが一段落して動きを止めたドアが再び開く。
「……悪い、遅れた……」
 言いながら入って来るフォーゼル。その姿に、巴は一瞬表情を変えたもののすぐさま納得したように一つ頷き、タスクはきょとんとしたままだった。
「フォーゼル……。良くスーツに予備があったな? 部隊の方には、それ支給されてなかっただろうに……」
 タスクがそう言って、フォーゼルに視線を送る。いつものカーキ色の軍服を脱いだ彼は、巴と同じ素材の特殊スーツに身を包んでいた。黒一色で仕立て上げられたそれは、不思議なほど彼に似合っている。
「工場長が準備してたんだ。始めてだたから、着るのに戸惑ったけど」
 フォーゼルはそう言って、やや窮屈そうに首を回す。GAMSの加速やGから体を守るためとは言え、普通の衣類よりはかなり重い部類に入るスーツを始めて着る事を考えれば当然の反応と言えるだろう。
「とりあえず、話を進めよう。敵戦力は一個大隊クラス。目標はこの艦一隻……と言うより、俺たちが連れてきたグルシエールの少女。彼女とこの艦を死守するのが任務だ」
 咳払いを一つして、話を進めるタスク。予想外に早く出て来た大量の戦力に、図らずも緊張しているのかもしれない。
「それで、作戦は? 突っ込んで行って斬り崩せって?」
 尋ねるフォーゼルに、タスクは軽く首を振った。
「逃げる間の、時間稼ぎを?」
 次いで言葉を紡いだ巴にも、首を振るタスク。きょとんとする二人の前で、タスクは顔の前でぴっと指を立てて見せた。
「こっちとしちゃ、西に入れれば勝ちだ。だから、向こうが包囲作戦出来るまで敵戦力の牽制。包囲された瞬間、薄くなった敵の包囲網を付いて脱出する」
 そう宣言して、タスクはフォーゼルにぴっと指を付き付けた。
「フォーゼル。お前はその加速性能を使って敵戦力を掻き回せ。シヴァルツヴォルフも接近戦使用だから、その方が何かと都合はいいはずだ」
 タスクに言われて、一つ頷くフォーゼル。その顔にあるのは、信頼。
「では、私は遠距離から、艦を叩いて足を止めるとしましょう」
 巴もそう言って、一つ頷いて見せる。それに対し、フォーゼルはきょとんとした表情で、
「スナイパーライフルの方、まだ直ってないらしいぞ。何でも、熱暴走対策の改造中で、ばらしてるらしい」
 と、工場長から言われたように返す。巴もさすがにその横槍には表情を曇らせたが、少ししてある結論に思い当たる。 
「では、私は反対側の接近を防ぎます。敵はどこにいるか、分かりませんからね」
 そう言うと、失礼しますと言い残して作戦室を出て行った。機先を制されたフォーゼルたちは、しばらくその様子をあっけに取られて見送る他なかった。
「……やっぱし、俺って信用ないのかね……」
 しばらくの後、硬直状態から回復したフォーゼルがやれやれと良いたげに呟く。それに対し、タスクは顎に手を当ててしばらく考えた後、ぽんっと手を打つ。
「いや、恐らくあれは、お前を気に入ってるな……」
 言われ、思わずフォーゼルの表情が変わる。もちろん、そこに不快の感情など欠片もありはしない。
「……じゃあ、少しはその御好意に甘えるとしますか……!」
 言い残し、フォーゼルも作戦室から戦場へと向かう。それを見送り、タスクはレーダーをじっと眺めた後、ポツリと呟く。
「……この数で二機では、危ないか……。あれの準備をしておこうか……」
 言いざま、しばらく考え込むタスクだった。
 
《フォーゼル、装備品に付いては分かってるな?》
 GAMSのコクピットに着いて早々、工場長が心配そうな顔で通信を入れてくる。フォーゼルはそれにたいし、大丈夫ですと首を振った。
「レバーとか、基本敵な物はビーゼルクFと大差ないから。あの重力鉄拳みたいなのは分からないけど、他は大丈夫です」
 そう言いながら、少し驚く。今までは座っていると感じていたシートから感じられるのは、不思議な一体感。レバーやコンソールなども使いやすく、今までより長い時間操縦していても疲れなそうな気がしてくる。
(カッコばかりだと思ってたが、中々考えてるなあ、このスーツは……)
 ふとそんな事を考えながら、リニア・カタパルトの前に機体を移動させる。重量としてはかなりの物になるGAMSを、安全かつ高速で射出するための専用装備。
 その中央部で、フォーゼルは声を上げた。
「フォーゼル=エリオンド! シヴァルツヴォルフで発進します!」
 瞬間、機体が急に加速する。電磁レールによって質量関係無しに引っ張られ、戦艦の外に押し出される。
「……さて、暴れさせてもらうか……!」
 乾いた声でそう言いざま、足元のホバー装置のスイッチを入れて高速度を維持。向かって来ようとする敵GAMSを捕捉する。
 それが手にしたライフルを向けようとした刹那。カタールの一撃を胸に受け、そのまま沈黙した。
「まず、一機……!」
 静かな声でそう告げて、フォーゼルは次の相手を探し、戦場を滑るように移動を開始した。


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