五聖戦記エルファリア

第二章 風と炎の刺客<8>


 連れていかれた先は、食堂だった。皆が一同になって、何かの歓迎会のような事をしているらしい。
(この場にいるから、お前も祝えと言う事か……?)
 そんな事を勘ぐりながら、騒ぎの中心部に近寄って行く。すると、周囲が妙な反応を見せた。
「おっ、ようやく主役のご到着だ!」
「主役?」
 思わぬ展開に、きょとんとした表情で聞き返すフォーゼル。男は何も言わず、かかっている垂れ幕を指差した。
 同胞歓迎会。筆でしっかり書かれた上でスプレーのような物で塗装されていた文字は、確かにそう記されていた。
「……何の、冗談だ?」
 きょとんとした表情で聞き返すフォーゼル。騒ぎの奥で顔を真っ赤にしたタスクが、上機嫌な声で告げる。
「冗談じゃない、スカウトだよ。俺たちは、お前を正式に招待する」
 もっとも、その内容は十分過ぎるほどに信用の置けない物ではあったが。
「聞けばお前さん、お嬢の命の恩人だそうじゃないか。今回合わせて二回、おまけに補給物資までお届とあっちゃあ、迎えねえ方がバチ当たる」
 奥で日本酒を飲んでいる工場長が、そう言って男臭い笑みを浮かべる。その表情には、昨日まであった不振の念など欠片もない。
「……俺は、お前を認めた訳じゃねえ。だが、巴の奴があそこまで言うから、協力はする。それだけだ」
 琥珀色のウイスキーを喉の奥に流し込みながら、愚痴っぽく言うマードック。その顔は、すでに十分過ぎるほどに飲んだ後のようで真っ赤になっている。
「どうも、話が見えんな……。俺が格納庫にいる間に、一体何があった?」
 うんざりしながらも、いつの間にやら手渡されたグラスの中身を覗くフォーゼル。臭いから言って、恐らくブランデーなのだろう。
「聞いている通りです。心中の虫は駆除しますが、戦争に敵するなら皆味方。私たちは、そう言う組織ですから」
 一人しらふの巴が、冷静な口調でそう言って湯飲みを持ち上げる。もはや崩壊の一途をたどっている場の空気に、フォーゼルはうんざりしたように頭をかき、
「……どうやら、また荷物の積み込みが必要なようだな」
 と呟き、ブランデーを飲み干す。今の状況で理性的な判断をする人間は、恐らく一人もいない事だろう。すでに、捕まえてきた捕虜の存在も忘れ去られている。
 頭を切替えてから、周囲の片づけを始めた。飲むなら静かな方が良いし、この状況下で自分まで酔うわけにはいかない。良くも悪くも、まだまだ軍人気質のフォーゼルだった。

「……で、工場長。さっき見てもらった戦闘記録なんだけど……」
 阿鼻叫喚の絵図とでも言うべき狂乱の夜が明けた格納庫。シヴァルツヴォルフのコクピットで、フォーゼルは尋ねる。工場長は首を捻り、
「恐らく、斥力だろうな。しかし、俺に聞くより設計者に聞けば良いだろうに」
 と、苦笑混じりに答えた。場の中では一,二を争うほどに飲んでいたにも関わらず、仕事開始時間にはけろっとしている。
「その人、今二日酔いでぶっ倒れてるんでね。そうでなくても、答えちゃくれないさ。で、斥力って?」
 額の汗をぬぐって言うフォーゼルに、工場長は違いないと一度笑ってから、
「引力の逆、全ての物を撥ね退ける力さ。こいつのメイン武器であるカタールも、同じ原理で動いてる。ただ、その出力が半端じゃない」
 と、真面目な口調で告げた。何事か分からずにきょとんとした表情を浮かべたままのフォーゼルに、工場長は髭を弄くりながら、
「このGAMSには、斥力発生装置が内蔵されてるんだ。そいつをフル稼働させて、斥力のフィールドを形成してる。触れる物を全て弾き飛ばし、捻じ曲げる。理論上無敵のフィールドだ」
 と、噛み砕いて説明した。言った後で、あらためて目の前にある黒い気体の恐ろしさが伝わってくる。もしうまく使えば、一個大体ですらあっさりと殲滅出来るのであろう。
「覚えとけ、カタールならいざ知らず、斥力フィールドは機体本体にも結構な負荷をかける。スピードが80%に落ちるし、フィールド自体も二分は持たん」
 噛み締めるような口調で告げる工場長。強力な能力だからと言って使いすぎるな、と言う戒めが多分に含まれていた。
「それ以上、回したら?」
「簡単だ。使ってる腕がすっ飛ぶ。連鎖的に、機体もただじゃすまんだろうな」
 フォーゼルの問いかけに、機械的に答える工場長。予想していた答えだけにフォーゼルの表情にも余裕がある。
「……分かった。狼は牙を出し惜しみはしないが、ひけらかしもしない、誓うよ。ところで、残り二つは……?」
 苦笑しながら言うフォーゼルに、にやりと笑う工場長。告いで紡がれた問い掛けには、顎に手を当てて思案顔になる。
「イクシードの方に、一切の問題はない。ただ単に銃口が熱くなり過ぎただけだ。使い方に気をつけてれば十分使えるし、機体の損傷も大した事はない」
 だが、と言って沈黙する工場長。フォーゼルはその表情に、何か釈然としないものを感じた。
「もう一つの奴……。ありゃあ使えねえ。確かに各能力はミフネより高いし、武装の威力と命中率なんざ相当のものだ。だが、燃料系がやば過ぎる。あれじゃ動けて5分だ」
 工場長の言葉には、悔しさと忌々しさがあふれているように聞こえた。
「……まともには、出来るかい? 戦力は多い方が良い」
 フォーゼルの言葉に、工場長はにやりと笑った。自信はなくとも、何とかする。そんな感情がにじみ出ている。
「とにかく、今は移動だ。西に行って、向こうの契約違反を報告せにゃならん」
 工場長の口から目的地を告げられ、フォーゼルは口笛を一度吹く。
「ようやく、そう言う具体的な事柄が出た……」
 苦笑交じりにそう言った瞬間、聞きなれた最悪のミュージックが耳に飛び込む。いつ聞いても好きになれない、無骨な警報音。
「その前に、一回は戦わないと行けないみたいだな……!」
 溜息を一つつき、フォーゼルはそう不満を漏らした。


続きを読む

書斎トップへ