五聖戦記エルファリア
第二章 風と炎の刺客<7>
「こいつは……?」
分解されたGAMSをしげしげと眺めながら、呆然と呟くフォーゼル。近場にあった端末にアクセスし、情報を検索にかかる。
情報は、思った以上にあっさりと見つかった。
「突撃砲戦型試作機、ファイアガンナー……か」
使用用途さえ分かれば、どう言う武装をしているのかは予想出来る。恐らく、機動力を持たせた中距離侵攻型とでも言うべき性能なのだろう。
さらに調べようとした時、背後に刺すような気配を感じた。思わず身を屈めるフォーゼルの頭上で、端末のディスプレイが弾け飛ぶ。
(いやはや、全く派手な歓迎だ……!)
呟きながら、胸のホルスターから拳銃を引きぬく。コンピュータが乗っかったデスクに体を隠し、そこから頭だけを出して周囲の様子をうかがう。
周囲には、拳銃を撃ってきたと思われる相手の姿はおろか、それっぽい気配すら微塵も無かった。
(狙撃か……? いや違う。それにしては銃声がクリアーだった。この近くに身を隠している……!)
デスクに背中を預け、考える。相手はここの構造を熟知している以上、長期戦になればなるほど相手に有利に転がるのは間違いが無い。
這いずるようにして、フォーゼルは移動を開始した。やがて、彼の体は部屋の隅に落ち付く。角に背中を固定すると、しっかりと目を凝らした。瞬間、右端からマズル・フラッシュが見える。
(そこかっ!)
フォーゼルは身を屈め、一気に走り始めた。居並ぶ机を飛び越えるようにして、先ほど放たれた光を目指し。
途中何発か銃弾が放たれるも、標的が動いているからかわずかなズレが出て、結果彼の体には当たる事無く通り過ぎる。
程なくして目標地点に到達するものの、やはりと言うべきかそこには人影などありはしない。
(だが……。それだって読めてる!)
フォーゼルの表情に走る、不敵な笑み。銃を左手に持ってから背中に手を回し、すぐさま暗緑色の球体を一つ、右手に握る。
球体の上部についている金具類には一切手を触れず、右手で球体を投げた。金属音が、嫌なほどに静かな室内に響き渡る。
「おわっ!」
異変は、その時起こった。誰もいないはずの室内から聞こえた、自分以外の声。
聞こえた辺りに向かって、フォーゼルは迷う事無く引金を引いた。以外に地味な音がして、銃弾が机にめり込む。
「いるところは分かってる。ピンポイントで爆砕されたくなかったら、武器を捨てて出て来い」
冷徹な声で告げるフォーゼル。ややあって、ゆっくりと影が立ち上がった。
アクの少ない東洋系の顔。180ほどはある体には鍛え込まれた筋肉がしっかりついており、惰性とは無縁の生活をしていた事が予想出来る。少し前まで自分も着ていた『東』の制服を窮屈そうに着ている。
「……何で、分かったんだ?」
顔には似合わぬ、どこか中性的とも取れる声で尋ねてくる。フォーゼルは銃を構えたまま肩をすくめ、
「ここから、身を隠しながら移動出来る方向はそっち一つだけしかない。幽霊に、引金は引けないからな」
と、厳しい表情のまま答えた。男はそれに対し、もはや諦めたとでも表現するような表情で、
「そりゃまあ確かに。だが、無茶するよな。安全ピン抜いてないとは言え、いきなり手榴弾投げる事はないだろう。下手すりゃお前も粉みじんだぜ」
と、両手を上げて言う。その右手には、先ほどフォーゼルが投げた手榴弾がしっかりと握られていた。
「火力を調整してあるんでな。あそこで爆発しても、俺までは届かなかった」
フォーゼルがにこりともせずにそう言うと、男は大仰に溜息を一つ付き、
「……そこまでやってたのか」
と、諦め切った表情で言った。その顔からは、もう抵抗しようと言う気概は消え失せている。
「捕虜になったら、背中から撃つなんて事はしないよな?」
男の問いかけに、フォーゼルは微笑一つ浮かべる事無く、
「俺に言うより、この先で言った方が良い。俺は、軍属に関係ない一個人だからな」
と答える。その一言に、男は表情を明らかに引きつらせた。
「お前に生殺与奪の権限は……」
「当然、ない」
帰って来た無常とも言えるフォーゼルの答えに、男はがっくりと肩を落とした。
とりあえず捕虜を捕まえ、ミドガルズオルムの中に戻る。シヴァルツヴォルフの修理が済み次第出ていこうとしたフォーゼルは、その様子を見て呆然としていた。
「な……。何で補給物資が、ここに……?」
ミドガルズオルムないでは、フォーゼルが取得した物資が搬入され、それを運ぶ任側で右往左往の大騒ぎになっていた。
「畜生、持って行かれたか……」
心底悔しげに歯噛みする。今こうして捕虜にしている男と戦っている間に、彼らは自分が奪い取った補給物資を手にしたのだ。
無論、それを責める事は出来ない。自分も代わりに、シヴァルツヴォルフの調整と修理をしてもらえるのだ。
その代償と思えば良いのだが……。さすがに、少し割に会わないかなとも思う。
「お! 来た来た!」
不意に、横合いから男臭い声がかけられる。そちらに首を巡らせると、オレンジ色の作業義を来た技術者の一人が、今までは見せなかった笑みを見せてこちらに眼を向けている。
普通ならこの表情の変化を良い方向に受け取るべきなのだろうが、もう出て行く事に決めた今の状態からするとそれは不気味以外には写らなかった。
「……なにか、用事でも?」
出来る限り感情を感じさせない声で尋ねるフォーゼル。
「主役がいないで、どうしろってんだよ? さ、こっちだ!」
なにやら訳の分からない事を言いながら、男はフォーゼルの手を思い切り引っ張る。
何事かは分からないが、とにかく何か用事はあるらしい。フォーゼルは内心そう判断すると、そのまま連れていかれる事にした。
ここで彼らの思うとおりに卯木手も面白く無い事は違いないが、それに逆らった所で何か益があるとは思えない。
もうどうでも良い、と言う程度の軽い気持ちで、男に引っ張られるままフォーゼルはミドガルズオルムの中へと足を踏み入れていった。
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