五聖戦記エルファリア

第二章 風と炎の刺客<6>


「しまった!」
 フォーゼルは内心歯噛みした。一度放たれれば、クルージング・ミサイルを止めるのは難しい。
 推進用の燃料が切れるまで追いかけっこを繰り広げるか、何とかして誘導用の装置をだまくらかすかのどちらかである。
「巴。おい、巴! 聞こえてるのか? 返事くらいしろっ!」
 とりあえず元の位置へと高速度で戻りながら、フォーゼルは通信機で巴に呼びかけ続けた。

《聞こえているのか、すぐに下がれ! ミサイルが来てるぞ!》
 ビーゼルクを斬り倒したあと、すぐさま入って来た通信に巴は面食らっていた。
「ミサイルと言いましたね。種類は?」
 信じられないが、伝えられた内容が内容だけにもう一度相手に確認を取る巴。移動の邪魔になる薙刀は、すでに収納し終わっている。
《詳しい名前までは分からないが、弾頭の形状から言ってクルージング・ミサイルだ。食らったらGAMSでも持たないぞ!》
 間髪入れずに返って来たフォーゼルの言葉に、巴は覚悟を固めた。背中のウエポンラッチに固定していた狙撃銃を掴ませ、レーダーを頼りに狙いを定める。
「敵の距離から言って、恐らくミサイルはポッドからの水平発射……。ならっ!」
 そう言って、通信機を切る。レーダーを指向性にし、地形と飛行物体の速度をチェック。狙撃プログラムが、最適の射撃時間を算出する。
 空気さえ固まったかのような緊張感の下、巴はトリガーを引いた。一発だけ発射された狙撃銃の弾の軌跡を確認するまでもなく、撃鉄を引いて排莢し、第二射に備える。
 飛んでくるミサイルを捕捉し、場所とプログラムによる軌道を予測する。全計算が完了し、巴は再びトリガーを絞る。
 異変は、唐突に起こった。弾丸を発射するはずの狙撃銃が、カチリと言う音を残して動かなくなる。
「銃の不調? まさか……」
 焦った口調で言う巴。銃の状態を確認すると、表示に絶望的な二文字が浮かんでいた。
 銃身過熱。冷却完了まで使用不可。
 とりあえず射撃姿勢から機動姿勢になり、バーニアをフル稼働して逃走を始める。ミサイルを叩き落とせる能力があったとしても、肝心の銃が使えないならどうしようもない。
 その間にもコンピューターは銃身の冷却速度と、イクシードの機動性能、そしてミサイルの速度による相対速度を算出する。そしてはじき出された数字に、巴は戦慄を覚えた。
 ミサイルの方が、イクシードよりも早い。このまま行けば、2分後には着弾するだろう。
 そして、銃身冷却が完了するのはミサイル着弾から2.6秒後。どう考えても、間に合う速度ではない。
「間に合わない……!」
 どう考えても、機動速度が違いすぎる。このままではじきに追い付かれ、直撃を食らう事になる。もしも一撃を食らえば、待っているのは死の一文字。巴は内心、死を覚悟した。
《そのまま真っ直ぐ進んでろ、借りは返す!》
 その時だった。通信機から、強制力を伴った言葉が飛び込んできたのは。
 
 フォーゼルは内心焦りながら、シヴァルツヴォルフを加速させていた。クルージングミサイルを一発撃ち落して見せた巴の射撃能力には感心するが、ミサイルは2発ある。一発でももらえば、GAMSは粉砕されるのだ。
(間に合えよ……!)
 今までのGAMSの常識を超越した加速性能をフルに使えば、クルージングミサイルに追い付ける――。
 理論状で見た限りのデータではあったが、それ以外に今のフォーゼルは頼るものを知らなかった。
(それにしても、こいつは……)
 いくらGAMSが素晴らしいスピードを出せると言っても、それはパイロットの安全面を考えての事ではない。パイロットシートに押さえつけられながら、フォーゼルは必死に機体を操っていた。
 そんな限界ギリギリの戦いにも、やがて終焉が訪れる。シヴァルツヴォルフのカメラアイが、巴の機体に迫るミサイルを捉えた。
「そのまま真っ直ぐ進んでろ、借りは返す!」
 通信機にそれだけ言って、機体がミサイルを追いぬく。そのまま十分な距離を取ったのを確認し、フォーゼルは機体を反転させた。彼の目前に、ミサイルが唸りを上げて迫る。
「……行けえっ!」
 タイミングを確認し、シヴァルツヴォルフが吼える。自由電子拡散砲、ショットガンブラスト。逃れる事の出来ない閃光の一撃を受け、ミサイルはあっさりと砕かれた。
 さすがに、機体に限界まで性能を引き出させたのが原因で各部が悲鳴を上げている。とんだスタートに思わず溜息をつき、フォーゼルは額の汗をぬぐった。
《何故……助けたのです?》
 通信機から、訝るような巴の言葉が聞こえてくる。フォーゼルは機体を回頭させ、巴の方を向いた。別に何と言う意味はないのだが、この方が通信機の調子が良いのだ。
「俺も、処刑寸前の所を救われたからな。これで貸し借り無しだ」
 迷いのない口調でそう告げた後、フォーゼルは補給部隊がいたところへと機体を進める。戦闘が起こったからかもはや人はおらず、物資だけが残されている。
《確かに、あなたからすればそうかも知れませんね。ですが、私たちはそう思ってませんよ》
 追いかけてくるような巴の言葉が、通信機から響く。そして、背後から響くキャタピラの機動音。
「この音はミドガルズオルム……。まさか、親父が?」
 機体を回頭させて、思わず頭を抱えるフォーゼル。彼の背後には、先ほど別れを告げた駆動戦艦、ミドガルズオルムの巨体があった。
《派手にやったな……。修理してやるから上がって来い》
 タスクの声が、通信機に響く。確かに、気体のほうはこの一戦でかなりガタが来ている。もう一度、オーバーホールした方が良いかもしれない。
「……分かった。頼む」
 フォーゼルはそう言って、機体を向こうからやってきたスタッフに任せる。そして自分が入手した補給物資の方へと歩を進め、トラックの中身を確認する。
「…………? これは……!」
 そして、カバーをかけられていたトラックの中身を確認して、思わず絶句する。
 ばらされて巧妙にカモフラージュされてはいたものの、そこには見た事のないGAMSが横たわっていた。


続きを読む

書斎トップページへ