五聖戦記エルファリア

第二章 風と炎の刺客<5>


 フォーゼルからの通信が途絶えてから少し後、コンピューターが警告音を発した。
 敵接近、注意せよ。どんなに機体を変えようとも、好きになれる音色と文字面ではない。
「来ましたか……」
 コクピットの中で一人呟く巴。まあ、味方機を相手にするより敵との戦いの方が手加減を考えないで良い分気楽ではある。
 素早くマシンを操り、戦闘状態に入る。狙撃用のプログラムが立ち上がり、射程距離とターゲットの間の距離が計算される。
「まずは小手調べ……」
 呟きながら、トリガーを絞る。荷物運搬も兼ねていたらしい軽装のミフネのカメラアイを撃ち抜き、あっさりと行動不能に陥らせる。
 万能兵器と思われがちのGAMSだが、探してみれば案外弱点は多い。駆動のレベルの違いはあれど、構造的には人間と大差ない。
 目に相当するカメラアイを潰されれば、通信装置と言う『耳』しか持たないパイロット攻撃が出来なくなるどころか、まともな行動すらできなくなるのだ。
 構造上から考えてみれば当然のようで意外に知られていないこういった攻撃を、整備班に混じって色々手伝いをしている分、巴は熟知していた。
 しかし、ミフネ以降敵は一向に出てくる気配が無い。ミフネをしとめる技術が鮮やか過ぎたのか、狙撃を極度に警戒しているように見えた。
 遮蔽物に隠れながらの接近では、速射制も破壊力もさほど良いとは言い難い今の得物ではあまりにも不利である。
「射撃ではこれが手一杯ですか……」
 呟いて、機体の状態を変える。今手元にある火器は狙撃銃のみ。どう頑張った所で、近接戦を挑まれればこれで有利になるどころか、逆に銃が邪魔になるだけ。
 素早く判断し、狙撃銃を背中の武装ラッチにしまう。代わりに手にされたのは、生身でも使っていた薙刀。扱い方を知っているだけに、その構えからは微塵の隙も感じられない。
 レーダーを凝視し、まだ見えぬ相手を推測する。以前乗り込んだ時の防衛ラインの事を考えると、恐らく敵はあの新型を使ってくるだろう。もはや手加減できる状態では無い。
 そう判断した後の、巴の行動は素早かった。
「……では、参りますっ!」
 コクピットの中で一息付くと、GAMSを滑る様に移動させる。程なくして、岩陰に隠れていたビーゼルク三体が飛び出してきた。
 高周波ブレードらしい刃が届く前に薙刀を一閃し、一体目を胴から二つに切り裂く。迫るニ体目の刃をバーニアを使った緊急移動で避け、その横に居た三体目は垂直上昇で飛び越える。
 着地と同時に振るわれた薙刀は、ニ体目を斜めに切り裂いた。
「あと……一つっ!」
 気合の入った声とは裏腹に、機体の構えを通常の物に戻す巴。すでに相手は距離を調整し終え、高周波ブレードを油断無く構えている。しっかりと防御をも考慮に入れたその構えの前では、先ほどのような攻めは出来ない。
 先手は、相手の方からだった。バーニアを使っての高速移動と同時に、手にしていたライフルでの近接射撃をしかけてくる。横にステップして弾丸を避ける巴。そのまますれ違うかと思われた刹那、左手にあった剣が唸りを上げた。
 巴は素早くバーニアを使い、射程圏外に後退する。対するビーゼルクもそれを見逃がさず、バーニアを使って追いすがる。
 その判断が、勝敗を分けた。僅かな距離を稼いだ巴の薙刀が、突っ込んでくるビーゼルクを真正面から捉える。
 大上段の一撃を受け、真っ二つになったビーゼルクは左右に散る。その様子を見送る事無く、再びフォーゼルを捉えようと通信機を操作しようと手を伸ばし、逆にけたたましい音を立てた通信機に面食らう。
《聞こえてるのか、すぐに下がれ! ミサイルを食らうぞっ!》
 フォーゼルの焦ったような声を聞き、巴は事の重大さにようやく気が付いた。

 スロットルを全開にし、ミサイルコンテナに向かってシヴァルツヴォルフは突き進む。
(間に合うのか……?)
 内心、焦りを隠せない。もし自分が索敵に引っかかってしまえば文字通りお終いの状態の中で、フォーゼルは一つの結論を出した。
 要するに、ロックオンが適わないほどの速度を出せば良いのだ。元々シヴァルツヴォルフは超高速戦闘用のGAMSである。その程度は造作もないはず。
 そう思い実行してはいるものの、正直な所この状態では機体を操るのが手一杯で他の事をする余裕がない。索敵に引っかからない事を祈りながら機体を動かしてはいるが、すでに前方にはGAMSの反応二つ。
「邪魔だあっ!」
 気迫のこもった声と共に、両腕にカタールが装備される。パイロットの精神をすり減らせる高速移動を前に、目前のミフネは何も出来ないようだった。
 左手の一閃で長距離砲を輪切りにされ、右の一撃で頭部を吹き飛ばされる。一気片付いた事に安堵する間もなく、側方から飛来物の反応が迫る。
 速度から言って、ミサイルである事に間違いはない。
(しまった!)
 内心歯噛みしながら、何とか振り切ろうとスロットルを開くべく右手を振り回すフォーゼル。その手が、カタールの出力レバーに引っかかり、最大限まで引き上げる。
 その瞬間、機体の動作がストップする。
 うかつな動作を呪い、フォーゼルは内心覚悟を決める。しかし、機体はそれを待っていたかのような駆動音を上げた。
 正面のレーダーに、ミサイルともう一体の敵機が捉えられる。まるで、前方に進めと機体が言っているようだ。
「何だ……?」
 何がなんだか分からないままに、とにかくフォーゼルは前に突き進む。シヴァルツヴォルフを信じて。
 すぐさま迫るミサイルに対し、シヴァルツヴォルフは右手を突き出し、払い除けるような動作をする。高速度で迫っていたはずのミサイルが、右手の数メートル前で突然何かに阻まれたかのように勢いを失い、右手の振りぬきと同時に爆発する。
 真横にすっ飛んでいくミサイルの弾頭部を横目で見ながら、フォーゼルは奇妙な感覚を味わっていた。
(一体こいつは……。なんなんだ?)
 そんな事を考えている間に、ビーゼルクが迫ってくる。持っているライフルを次々に撃っているが、全て弾道を右腕前で変え、あらぬ方向に飛び去って行く。
 そのまま、至近距離に迫った所で右拳が思い切り突き出される。ビーゼルクはその一撃を受け、胴体部分を吹き飛ばすと言うありえない壊れ方をした。
 放心状態のまま、とりあえずカタールのエネルギー値を元に戻すフォーゼル。表示が元に戻った所で、自分がここに突っ込んだ本当の目的を思い出した。
「ミサイルポッド……!」
 レーダーの表示を見ると、すでに一機は先ほどの余波を食らって潰されていた。安堵の息を吐いたのもつかの間、岩陰に隠れていたもう一機のミサイル積載車が動き出す。
「ま、まずいっ!」
 フォーゼルが止める間もあればこそ、彼の目の前で、二発のクルージングミサイルが発射された。


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