五聖戦記エルファリア

第二章 風と炎の刺客<4>


「あれか……」
 岩陰に実を潜めながら、フォーゼルは目前の部隊を眺めていた。当然迷彩のマントを体に巻き付けてはいるが、熱源センサーに引っかかったらおしまいである。
 それでも、GAMSを動かすよりは遙かにましだった。動力にかなりのエネルギーを消費する分、どんなに間抜けなレーダーにも引っかかってしまう。
 元々兵器転用を目的に作られてはいないGAMSは、熱源放出対策を施していないのだ。そんなことをやる暇があれば、より強力なものをと言う観点らしい。
 そういうわけもあって、フォーゼルは与えられたGAMSのすぐ近くで、双眼鏡を手に敵情視察を行っているのである。
 彼の目前にあるのは、どこのものだかわからない補給部隊。もっとも、現在位置を考慮すると確実に『東』の前線に物資を送るためのものだろうが。
 ゆっくりゆっくり確実に、フォーゼルは敵の様子を観察する。見方のいない孤独な戦場では、自分と相手の正確な情報をつかむことが命綱になる。
(護衛のGAMSが四、物資輸送用GAMSが二……。やれるか……?)
 今まで確認した情報を元に、フォーゼルは作戦を組み立て始める。ここでやられては元も子もない。
 覚悟を決めてGAMSに戻り、動力を入れる。飛び出すタイミングを伺っていると、レーダーに妙な反応が引っかかった。
(後方からの反応……?)
 何かが、こちらに向かって来ている。反応から言ってGAMSなのだろうが、補給部隊を迎えに来たにしては移動速度が速すぎる。敵と考えるのが妥当だろう。
 補給部隊もそれに気がついたようで、すぐさま迎撃のためのフォーメーションが組まれる。着実に準備が進む中、コンテナを積んだトレーラーが異様な動きを見せる。
 せり上がったコンテナ部分からは、火器反応が現れる。GAMS部隊といっしょに行動し、役に立てるタイプのミサイルといったらただ一つ。
(クルージング・ミサイル? また厄介な代物を……)
 思わずコクピットの中で溜息をつく。長射程と破壊力の大きさから、このタイプのミサイルは良く使われている。もっとも、GAMSに積める大きさではない為運ぶには別部隊を要するのだが。
 戦力の見直しをしなければならない状況に追われ、思わず考え込むフォーゼル。そんな彼の思考を邪魔するかのように、通信装置がけたたましい音を立てた。
《探索任務を放り出して、何をやっているのです?》
 歯噛みしながら通信回線を開くと、ややノイズ混じりの声が聞こえてくる。その声に、フォーゼルは聞き覚えがあった。
 ミドガルズオルムで、一番自分にちょっかいをかけてきた奴。確か名前は巴とか言ったか。
「良いか、そこから動くな! まだそっちのレーダーには反応がないだろうが、ここには敵部隊が……」
 頭を抱えながら、懇切丁寧に説明してやるフォーゼル。少し前とは理由は違うものの、ここで感づかれては元も子もないのは同じである。
《分かっています。補給部隊らしきものがいるのでしょう? こそこそせずに、片付けてしまえば良いだけの話!》
 巴は当然と言いたげな口調で返してくる。それと共に、後方から移動してくる反応の速度が上がる。それを確認し、思わず溜息をつっくフォーゼル。
 間違いなく、巴は後方で身構えているミサイルに気がついていない。もし気がついているなら、こんな急加速で間合いを詰めるはずがないのだ。
 もし索敵システムに引っかかってしまえば、よっぽどの事がない限りミサイルにやられる。現行のGAMSではミサイルを振り切るスピードも、照準を誤魔化すジャマーも装備されていない。ロックオンされてしまえば、それは即ち自分の死を意味する。
「……ちいっ!」
 計画の大幅変更を強いられ、コックピットの中で舌打ち一つ。実際に手を出したのはタスクだが、巴には一度命を助けられた恩義がある。それを破るのは、自分のポリシーに反するのだ。
 護衛部隊が動き出した所を見計らい、フォーゼルも機体に火を入れる。目標は、後方に待機しているミサイルのみ。

 新しい機体の能力を確かめるようにスロットルを開き、巴はその性能に驚く。
 カスタマイズ機と言うのは、大概一つの性能に特化してしまうか、性能故に不安定になるかのどちらかである。しかし、このマシンからは不安定と言う単語は無縁に思える。
「……見つけた!」
 前方にある、微弱な反応。それが機動待ちのシヴァルツヴォルフだと知るや、巴は通信装置のスイッチを押す。一度ミドガルズオルムで整備した時に、シヴァルツヴォルフの通信コードは明らかになっている。
(全く……)
 獲物を狙う狼のように息を潜めるフォーゼルの様子を想像し、巴は思わず苦笑をもらす。今更ながらに、タスクの言葉が思い出された。

「自分の意思で、ここを出て行った……?」
 タスクの口から発せられた信じられない一節に、巴は思わず聞き返す。
「あいつだって馬鹿じゃない。俺はともかくとして、他の連中があいつをどう思ってたかぐらいは知っていたさ」
 タスクはそう言って、溜息を一つつく。
「あいつは軍からの脱走者だ。確かに信用出来ないってのは分かる。だが、お前たちは居場所を一つも作らなかった。招かれざる客って立場を好む奴なんで、この世のどこにもいないさ」
 タスクの言葉が、巴の胸に響く。考えてみれば、こちらは相手を理解しようともしなかったのだ。レッテルをはって、区別したに過ぎない。
「だが、もうさいは投げられた。フォーゼルはもうここには帰ってこない。誰もそれを望まないだろう」
 タスクはそう言って、複雑な表情を浮かべた。考えてみれば、彼は自分たちの同胞であると同時にフォーゼルの父親でもある。決断を迫られた彼に胸には、とほうもない苦しみがかかっているのだろう、今も……。
 それが、巴に決断を促した。
「……イクシードの発進許可を」
 タスクに向け、きっぱりと告げる。それを聞いたタスクの表情が、僅かに変わった。
「もう変わらないと分かってても、行くつもりか?」
 半信半疑とでも言うべき表情で尋ねるタスク。巴はそれに対してもひるむ事無く、
「さいが投げられたのだとしても、無かった事には出来ます。まだ誰も、賭けてはいませんから」
 と、真剣な表情で返した。

 考えてみれば、非があるのは自分たちなのである。他の連中がどう思っているにしろ、それを謝罪しない事には始まらない。おかしな理由ではあるが、それは巴を突き動かすのに十分足るものだった。
《良いか、そこから動くな! まだそっちのレーダーには反応がないだろうが、ここには敵部隊が……》
 通信機から聞こえてくる、どこか困ったようなフォーゼルの声。恐らく、前にいる補給部隊の事を言っているのだろう。
「分かっています。補給部隊らしきものがいるのでしょう? こそこそせずに、片付けてしまえば良いだけの話!」
 巴はそう返して、通信機のスイッチを切った。そのまま武装を確認し、目前にいるであろう敵との間合いを詰める。
 敵の数は少々多いような気もするが、大した事では無い。イクシードの戦闘テストと思えば安いものだし、落ち付いた状況にしないとフォーゼルも話を聞こうとはしないだろう。
 そう思っているうちに、動きの無かったシヴァルツヴォルフの出力が上がる。見れば、前のGAMS部隊もこちらに感づいたようだ。
「あなた方には悪いですが……。私にも、やらねばならない事があるのですっ!」
 コクピットの中で言い切って、機体を戦闘モードに切替える。こちらに近寄ってくる敵機の数を確認し、巴の顔が急に引き締まった。



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