五聖戦記エルファリア

第二章 風と炎の刺客<3>


 いつになく真剣な表情のフォーゼルが艦長室のタスクを尋ねたのは、彼がミドガルズオルムに乗り込んでから一週間が過ぎた頃だった。
「……本気なのか?」
 尋ねるタスクに、フォーゼルは何も言わずに頷いて見せる。その目には、迷いなど一切感じられない。
「考えなおす気は……。ないだろうな」
 静かな声で言い、タスクはしばらくフォーゼルの目を見る。まるで獲物を狙う鷹のような、鋭い眼光。それを受けても、フォーゼルの瞳は色を変えない。
 しばらくの間無言でにらみ合った後、タスクはやれやれと言わんばかりの溜息を吐いた。
「そこまで腹が決まってるなら、もう俺は何も言わんよ。好きにやればいい」
 そう言って、椅子に座りなおす。その姿を未て、フォーゼルの表情が僅かに揺らいだ。
「悪いな、親父。助けてもらったのには感謝してる。でも……」
 嘘偽りの感じられない謝罪の言葉に、タスクは黙って首を振った。
「それはお互い様だ。あの時お前がシヴァルツヴォルフを使えなかったら、俺たちは基地から出れなかった」
 そう言って、懐から二枚のカードを取りだし、フォーゼルに渡す。そのうちの一枚は、フォーゼルももはや見慣れた物だった。
「シヴァルツヴォルフの機動キー……? だが、あれは……」
 手渡された物がGAMSの機動キー、しかもここにある物の中では最も高性能の物と知って慌てるフォーゼル。
「この船の中じゃ、あれを使いこなせる奴はいない。性能を腐らせるくらいなら、真の使い手に使われたほうがGAMSも幸せだろう。せめてもの餞別だ」
 ニヤリと笑いながら言うタスク。フォーゼルはそんな父親に対し、ふかぶかと頭を下げた。
「一時間ほど待ってから出ろ。威力偵察の命令が出る」
 そのまま部屋を出ていく息子の背中に、タスクはそう呼びかけた。フォーゼルは振り返って一度頷いた後、何も言わずに部屋を出て行った。
「これが、今生の別れにならねば良いが……」
 フォーゼルが出て行ったドアを見つめ、呟くタスク。その顔には、不安の色がありありと浮かんでいた。

「威力偵察の命令?」
 GAMS格納庫で装甲板のボルトを締めながら聞いた一言を聞きとがめ、きょとんとした表情で聞き返す巴。
「ああ、二十分前に突然出てきたんだ。要員はあの新入りと試作型」
 電気系のチェックをしていた技師が、そう言って巴に近づいてくる。
「ま、マードックさん。チェックは良いんですか?」
 仕事を放り出したかのように見える技師の行動に思わず尋ね返す巴。それに対し、マードックはにこやかな笑みを浮かべて、
「後はCPUチェックだけだからな。それに、この事に付いては話しといた方が良いし。姉御も、あいつと同じGAMS戦闘班だからな」
 マードックはそう言って、巴のすぐ横に来る。腰からスパナを引き抜き、ボルト締めに協力し始めた。
 整備班共通の黄色いツナギと工具類と言う、他の整備員と変わらない出で立ちではあるが、何故か顔の作りは秀逸だった。
 北欧系の彫りの深い顔立ちと青い目。癖のない金髪はくくられて邪魔にならないようになっており、またそれが良く似合っていた。
「一週間俺たちと馴染む事無く、しかもいきなり威力偵察で出撃だろ? ひょっとしたらあいつ、『東』のスパイか何かじゃないのか?」
 普通に言ったらすぐさま問題になりそうな事をあっさりと言ってのけるマードック。さすがに声は落しているが、そう考えているなどと言う事が知れただけでも一大事になりかねない。
「俺たちはまだ名前さえも知られてないぐらいの、小さな組織だ。『東』が本腰入れて攻めてきたら、間違いなく全滅だ。そう考えると……。怖いったらありゃしないな」
 おちゃらけた口調で言うマードック。しかし、その言葉は巴の頭に様々な波紋を投げかけていた。
(あの時、彼は自分の居場所が分かったって言っていた。この場に居場所がないと判断したなら、ひょっとすると……)
 あごに手を当て、難しい表情で考え込む巴。それを見て、マードックの顔色が変わる。
「あ、あのな巴。まだこれは単なる噂話だ。だから……」
「命令元は誰です?」
 慌てふためきながら忠告しようとしたマードックを遮り、やや強めの口調で尋ねる巴。
「い、いやだからだな……」
「命令元は?」
 説得しようとしたマードックの言葉を遮り、巴は同じ質問をぶつける。
「誰が、そんな命令を出したんですか? 知ってるんでしょ?」
「……タスク博士だよ」
 説得は無理と悟り、溜息を吐き出しながら答えるマードック。巴はその言葉を聞くや、脱兎の如く駆け出していた。
「……ひょっとして、これは俺がやるのか……?」
 後に残されたマードックは自分の仕事がまた産まれた事を知り、がっくりと肩を落とした。

「なんであいつに威力偵察の命令なんて出したんですか?」
 艦長室に飛び込むや、開口一番巴はタスクにそう尋ねた。タスクはしばらくの間黙っていたが、やがて観念したように息を吐き出す。
「……俺の提案だ。その方が、色々事後処理がしやすいからな」
 決まってしまった事を言うかのように、感情の感じられない声で答えるタスク。その答えは大方巴の予想通りだったが、ただひとつ彼女の予想を覆す言葉があった。
「事後処理……? 博士も、組織を潰そうとしてるんですか……?」
「組織を、潰す? 何を言っておる」
 巴の口から出てきたとんでもない一言を聞きとがめ、表情に驚愕を張り付けるタスク。
「だって、あのフォーゼルとか言うのは、『東』の軍部が放ったスパイだって……」
 マードックの話を真に受けて、そう言う仮設が成立してしまったらしい。それが事実だと言わんばかりに言う巴の前で、タスクは大っぴらに頭を抱えて見せた。
「だとしたら、基地の中で我々を殺した方が都合が良かったはずだ。それに俺たちを滅ぼすのであればここの場所を知ってから、動力分に爆弾を仕掛ければいい。一週間も乗ってる必要はない」
 タスクの言葉に、なるほどと頷く巴。しかし、それによってますます謎が深まってしまったのもまた事実であった。
「だったら、あいつは何をしに……? 事後処理が必要な行動って……」
 巴に詰め寄られ、タスクはしばらく考え込むような表情をした後、意を決して口を開いた。
「あいつは、自分の意思でここを出て行ったんだ。東の連中と、ただ一人で戦うためにな」



続きを読む

書斎トップページへ