五聖戦記エルファリア

第二章 風と炎の刺客<2>


「おや、奇遇ですね」
 巴はそう言って、フォーゼルの横をすりぬける。まるで、彼の姿などいてもいなくても同じだと言うような、そんな動作。
「まあ、狭い部屋にじっとしてるよりは気が晴れる」
 流れる汗をぬぐいながら言うフォーゼル。その言葉は巴に届いているのかいないのか、正直な話怪しい所だ。
 そう思えるほどに、巴は集中していた。部屋中の空気を凍り付かせるような、静かな気迫。
(なるほど。これなら、GAMSパイロットでもやって行けるわけだな……)
 事実上、一定以上の腕を持たねばまとう事も感じるくともできないほどの、凄まじい緊張感。それを感じ取り、フォーゼルは彼女の立場を理解する。
 少なくとも、彼女は何かのコネでGAMSのパイロットをしているわけではない。それは、実力のなせる技。
「この組織は……。新参者を好まないようだな?」
 そこから立ち去ろうか考えた挙句、フォーゼルは尋ねる。今まで気になっていた事だったが、タスクも他の人間も答えてはくれなかった問い。
「……当然です。成り行きで軍を裏切った者に、信用など生まれると思いますか?」
 巴の答えは辛辣で、的を得ていた。彼女自身も、軍には嫌気が差しているのだろう。最低限の質問のみで終わらせたいと言う感情が、ありありと出ていた。
「……なるほど。だが、少しは信用して欲しいね」
 ふとした呟きに、巴の眉が上がる。
「確かに、俺は軍人だった。それは否定しないさ。だが、今はこの反乱側に組する人間だ。作戦を進行するに当たって、マイナス感情はミスを生む」
 静かなフォーゼルの声。しかし、その内には全く正反対の感情が秘められている。聞く側を圧倒するほどの、不満と苛立ち。
「信頼しろとは言わない。だが、せめて信用はして欲しいね。俺は裏切る気も、破壊工作を行う気もない。この反乱を成功させるために戦う同士として、同様に……」
 そこまで言った所で、フォーゼルは空気の変化に感づいた。先ほどの緊張感が、別の物にすりかわっている。
「私たちが何年もかけて準備してきたところに、土足で入って来て信用しろなど……。恥を知りなさいっ!」
 不満が爆発したかのような、巴の一喝。今まで秘めて来たからか、その圧力たるや凄まじい。
「恥?」
 フォーゼルの眼差しが、不意に鋭くなる。
「それはこっちの台詞だ。俺だって、時期こそ違っても志は同じだ。それを信用しない、働かせもしない……」
 彼のうちに溜まっていた不満が、怒りに転化していた。退く事無く巴を見据え、声を張り上げる。
「俺は戦うためだけにいるんじゃない! 同じ場所に立つ同士として、少しは信用してもらおうか!」
 今までの立場に対する不満が、明確な形になって表れていた。巴とフォーゼルはしばし、無言でにらみ合う。
「……それなら」
 静かな声で、巴が切り出した。
「それなら、作ってみなさい、自分の立場を。あなたが反乱に組し、この間の立場が欲しいと言うならば、その居場所をここでもぎ取ってみなさいっ!」
 壁に立てかけていた木製の薙刀を手に、巴が声を上げる。普通の人間ならばそれだけで萎縮してしまうほどの、張り詰めた眼差しと言葉。
「……いいだろう。受けて立ってやる」
 汗をぬぐっていたタオルを放り投げ、フォーゼルは部屋の中央に歩を進める。上着を放り投げてシャツとズボンと言う姿になり、拳を握る。
「それで戦う気ですか?」
 薙刀を構え、尋ねる巴。武器を手にしている巴に対し、フォーゼルは素手。圧倒的不利な状況なのは疑う余地もない。
 しかし、彼は全く慌てる様子もなかった。
「慣れない武器を使うより、こっちの方が強い。武器がなくて遠慮したからと言って、自分の敗北に理由でもつける気か?」
 先程よりもむしろ冷ややかな声で返す。その視線は獲物を狙う鷹を思わせ、構える姿には一切の躊躇も逡巡も見えない。
「後悔するには、もう遅いですよっ!」
 言い捨てて、前に出る巴。右肩を狙い、狙い済ました斬撃を放つ。後ろに下がって避けるフォーゼルを追うように、次々と薙刀が舞う。
 見る間に壁際に追い詰められるフォーゼル。巴は一報的な勝負の内容を訝る事もなく、変わらぬ調子で斬りかかる。
 瞬間、フォーゼルの口の端に笑みが走る。突然体勢を低くし、胴を狙った横薙ぎの一撃を避ける。それならばと巴は上段から打ち下ろしの斬撃を見舞うが、それがフォーゼルに届くよりは役、異様な手応えを残して止まる。
 巴の薙刀は、真っ直ぐトレーニングルームの壁に激突していた。動きが止まった一瞬の隙を付き、フォーゼルが間合いを詰める。
「戦う場所を考えるんだったな!」
 言いながらも、次々に肘と掌打の連携に出るフォーゼル。至近距離では薙刀の長さがかえって邪魔になり、巴は連撃を回避するので手一杯になっていた。
 ついに、巴は薙刀を短く持ち替えての突きを放つ。胸を狙って放たれたそれを、体を横にそらして避けるフォーゼル。
 同時に放たれたフォーゼルのハイキックは、その状態から前に進んだ巴の移動により空を切っていた。
「……確かに、侮れない相手のようですね」
 間合いを離した巴は、そう言って再び元の長さに薙刀を持ちかえる。
「ですが、勝負はこれからですっ!」
 空気を切るような言葉と共に、いやそれより早く間合いを詰めてくる巴。そのまま間合いを整え、上段からの斬撃を見舞う。
「……破っ!」
 フォーゼルはその場から動く事無く、右の拳を繰り出す。巴の胴ではなく、右手に向けて。
 瞬間、乾いた音が響いた。巴の両手が振り下ろされているが、その手にある薙刀はフォーゼルをとらえていない。
 しばらく後。巴の薙刀に付いていた刃先の部分が、乾いた音を立てて地面に落ちた。
「薙刀を、折った……?」
 呆然とした声で呟く巴に対し、フォーゼルは上段に突き出していた拳を引っ込め、構えを解く。
「……勝負はついたな。薙刀を折られては、戦う術もないだろう」
 静かではあるがきっぱりと、フォーゼルは巴に言った。
「まだです! まだ、勝負は付いていませんっ!」
 声を張り上げる巴に、フォーゼルは上着を拾い上げながら、
「いや、もう終わった。この戦いで、俺の居場所も見つかったしな」
 と、きっぱりと終了を告げる。そのままタオルを拾って部屋を出る彼を、折られた薙刀を手に巴は黙って見送っていた。



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