五聖戦記エルファリア

第二章 風と炎の刺客<1>


「……へえ、思ったより音が出ないんだなあ。それに、振動も」
 感心したように言うフォーゼル。地上戦艦ミドガルズオルムに成り行きで乗船する事になり、とりあえず与えられた客間で一晩過ごしての感想である。
 元々、キャタピラ移動と言うのは重量のある物を運ぶための物である。車の要領で動いている物であるため、地面に凹凸などがあるともろにその衝撃が伝わってくるのだ。
「そのためのホバーだからな。キャタピラとの併用で、障害物を引っ掛けないようにしてある」
 タスクはそう言いながら、机の上のコンピューターを操作した。すぐさま複雑な図形が立ちあがり、何層もの立体を作り上げる。
 それがこの地上戦艦の立体設計図だと、フォーゼルは少ししてから気が付いた。
「元々こいつは、軍が新型の起動用アイデアにしていた物だ。加速は効かんが、多くの物を運ぶのに適している。だからこそ、ミドガルズオルムに採用したんだ」
 タスクはそう言いながら、コンピューターを操作しつづける。指がかろやかに躍り、戦艦の情報があらわになって行く。
「……情報持ち出しまでやったのか……」
 今更ながらに、自分の父親がやったことの恐ろしさを感じ、背筋を冷や汗が流れるフォーゼル。対するタスクは平然と、
「どうせ裏切るなら、とことんまでやらないとな。実際、シヴァルツヴォルフも向こうの新技術詰め込んでるからな」
 あっけらかんと言い張っているものの、実際やるには相当の度胸が要ることである。改めて、自分の父親の肝の大きさに呆然とするフォーゼルだった。
「……ところで、俺は本当に何もしなくて良いのか?」
 少々表情を引きつらせながらも、なんとか話題を変える。タスクはそれに対し、
「ああ。お前の役割は、敵が来た時にそれを確実にしとめる事だ。お前はそれを考えてれば良い。修理とかは、その道のエキスパートに任せとけ」
 タスクはそう言って、薄く笑う。
「……どうも納得行かないんだけどな……」
 どこか釈然としない物を感じながら、首を回すフォーゼル。
「さて、と。ちょっとトレーニングに行って来る」
 そう言い残し、部屋を出る。タスクは動かしていたコンピューターの電源を切り、小さな窓から外を眺める。
「さて、あいつら本当に大丈夫かね……」
 これから起こるであろう事態を想像し、タスクは頭を抱えた。

 機械音と叫び声が交錯する、ミドガルズオルムのGAMSハンガー。結構余裕はあるものの、人が少ないためにかなりの突貫作業になってしまっている。
「どうだい、注文通りの性能だろ?」
 ひげ面の男が、男臭く人懐っこい笑みを浮かべてコクピットの中に声をかける。
「まだ動かしてないからどうとは言えないけど、能力的に言えば文句は無さそうね」
 表示される文字とにらめっこしていた巴は、そう言って前髪をかきあげた。
「問題はないはずさ。あとは、このじゃじゃ馬をお嬢が使いこなせるか、だ」
 まあ大丈夫だろうがな、と言ってまた笑う工場長。巴もつられて軽く笑い、そのまま流れるようにコクピットを降りる。
「GAMSが増えたけど、大丈夫? もうちょっと、こっちに増員してもらった方が……」
 心配そうに言う巴に、工場長は笑って見せる。
「大丈夫さ。俺たちはこっちのエキスパートだぜ。それに、信頼できない奴に見てもらうよりは、大変でも俺らがやったほうがましさ」
 自信たっぷりに言う工場長。少し考えてから、巴も言葉を返す。
「そうかもね。変にやられるよりは、その方が良いかも」
「そうそう。新参者に手を借りるほど、俺たちは落ちぶれてないんだよ」
 満足そうに笑う工場長。その横をすりぬけて出ていく巴の後姿を、満足そうな表情で見送る。
「しかし、今度新しく入ったあいつ、シヴァルツヴォルフを乗り回したそうですよ」
 しばし巴のいた方を見ていた工場長は、横からかけられた整備員の声に気が付き、慌てて振りかえる。
「あの化け物を、まさか乗りこなす奴がいたとはなあ……」
 そう言って、巴の機体と向かい合うように配置されたシヴァルツヴォルフを見上げる。
 黒一色の機体。自分も調整したから知っている。この機体が持つ、驚異的なスペックを。こいつは、人間が乗りこなせる物ではない。
「あの新入り、もしお嬢に手を上げたら……」
 工場長はそう呟き、奥歯を噛み締める。そこに浮かんでいたのは、嫁入り前の娘を見る父親のような表情。
「さあ、残りの作業仕上げるぞっ!」
 気合を入れなおす声。そのすぐ後で、ハンガーは再び騒音に包まれた。

「……へえ、結構色々揃ってるんだなあ……」
 トレーニングルームに付いたフォーゼルは、結構な設備の揃い様に感嘆の声を上げた。
 さすがに軍が使っていたような最新式の物はないが、それでも並のジムなど問題にならない設備が揃っている。
 とりあえず入念にストレッチをした後、各種トレーニング器具を一通り使う。みっちりとやるわけではなく、あくまでも体に火を入れるための動作。
 そして、悠然と向かった先はサンドバッグ。軽いステップを踏んでリズムを整えると、次々にコンビネーションを叩き込む。軽い動きで、掌打と肘、膝と蹴りがサンドバックにめり込む。
(敵をしとめる事だけ考えろ、か……。俺は戦うために兵士になったんじゃない。いや、兵士になったわけでもないのに……)
 次々に頭に浮かぶ考えを否定するように、目前のサンドバックに集中する。やつあたりと言えないこともないが、それにしても体のキレが凄まじい。
 最後の一撃をサンドバックに叩き込み、ゆっくり息を吐く。湯気が上がっていた体が、その一動作でゆっくりと静まっていった。
「……ふう」
 数度深呼吸を繰り返し、呼吸を落ち付ける。そのままルームを出ようとした時、唐突にトレーニングルームのドアが開く。
 そこには、木製の薙刀を携えた巴の姿があった。



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