五聖戦記エルファリア

第一章 真実と正義<7>

 フォーゼルたちが基地を脱出して数時間後。
「一体どうすれば、こんな馬鹿な事が……」
 機体の残骸の回収作業続く、GAMS基地八番ゲート。そこで起こった常軌を逸脱した破壊に、ギアスは眉をひそめていた。
 GAMS一体による破壊にしては、規模が大きすぎる。しかし、装甲に入った切断面が同じである事から、同一機体がやった事は明らかなのだ。
 とくにゲート出口に配備された三機など、上半身を完全に吹っ飛ばされていた。大口径砲の直撃でも、こうは行かない。
「それで、被害は?」
 ギアスが尋ねると、兵士の一人がすぐにメモを持って現れた。クリップボードに挟まったそれを見て、彼の顔色が変わる。文字通りの蒼白へと。
 グルシエール・プロジェクトデータ消失。20番素体盗難。
 その文字を見ただけで、自分の責任が重大である事を感じる。元々この基地は、プロジェクトの素体を保管すると言う裏の役目を持っている。それが盗まれると言う事。それはすなわち自らの職務怠慢を意味しているのだ。
「あいつら……。まさか……」
「分かっていたんでしょう。他の者には眼もくれず、それだけを奪取してますから」
 苦悩の表情を浮かべるギアスの背後から聞こえる、涼やかな声。振り返った彼の表情が、思わず硬直する。
 軍の基地にいるのが似つかわしくない、細身の体。しかし決してひ弱と言うのではなく、極限までシェイプされた姿と言う方が正しい。
 鋭い眼差しに宿るのは、明確な知性の光。長い髪をなびかせてゆっくりと歩くその姿は、本能的な恐怖を呼び起こす。
「あ、アルファ大佐……」
 ギアスはそう言って、苦虫を噛み潰したかのような表情をする。今回この基地で起こった不祥事は、出来る事なら上の者に知られたくなかったのが現状である。
 機密の漏洩どころか、研究サンプルの盗難に加えて基地の破壊も半端な量ではない。下手をすれば、銃殺されてもおかしくないほどの不祥事を起しているのだ。
 内心的に追い詰められているタスクに、アルファはその鋭い視線を向ける。
「元々、このプロジェクトには軍関係者の反対も多かった。こういう事もあろうかとデータは分散してありましたが、まさか素体ごと奪われるとは思ってなかった」
 淡々と告げるアルファの口調には、トゲや嫌味など一切無い。ただ、事実を述べているだけ。
 それが、ギアスには何よりも痛みを伴う剣のように思えた。
「本部の方も、この自体には慌てています。あなたには大した罰は行かないでしょう。ですが……」
 アルファはそこまで言って、言葉を切った。眼が僅かに細められる。ギアスは、その瞳の奥にある何かに心底恐怖した。
 虚無とはまた違う。アルファと言う人間の中にある、未知の存在。それに、生物として恐怖しているのだ。
「彼らは、確実に葬らなくてはいけません。素体もね。彼らは恐らく、反抗組織と繋がっています」
 アルファはそう言って、ほんの少し瞑目する。何気ないそのしぐさからも、言い知れぬ存在感と恐怖感がにじみ出ていた。
「その時は、この基地を中心にやらせてもらいますよ」
 アルファの言葉に、反射的に頷くタスク。それでは任せますと言い残し、アルファはまた悠然と歩き去っていった。タスクは彼が去ってから、ようやく自分が汗をかいている事に気が付く。
「化物め……」
 思わず、そんな言葉が口をついて出た。

「本当に、こっちで良いのか?」
 基地を飛び出して、すでに数時間。フォーゼルはシヴァルツヴォルフを操りながら、後ろのタスクに尋ねた。
 フルスロットルは出していないとは言え、その加速力は尋常ではない。
「もう少ししたら、見えるはずだ」
 タスクは息子の適応能力の高さに内心舌を巻きながら、もはやお馴染みになっている答えを返した。
「しかし、本当に道は確認してくれよ。敵に追い付かれたら、燃料不足で戦えないなんて事態じゃどうしようも無い」
 フォーゼルが釘をさす。正直、彼の懸念ももっともなのだ。
 今の彼らは、軍から追われる立場である。つまり、いつ何時軍からの追手が来てもおかしくない。それを用心するのは、一度軍に在籍している事からも当然と言えた。
 軍にいた以上、その恐ろしさと弱点も一番承知しているのだから。
《博士。そろそろ合流地点ですが……。反応がありませんよ?》
 オープンにしていた通信回線から、巴の焦ったような声が聞こえてくる。
「お、親父!」
 思わず突っ込みをいれるフォーゼル。しかし、タスクはその表情に余裕の笑みを浮かべたままだった。
「ばれては困るんでな、少々細工させてもらった。……良いぞ、始めてくれ!」
 タスクは通信回線をフルオープンにして、そう宣言する。しばらくして、シヴァルツヴォルフの集音センサーが奇妙な音を拾い始めた。
(枝が折れる音……? 一体これは……)
 フォーゼルの心に、一抹の疑問がよぎる。右側にある森から、そんな音が響いてきているのだ。
 そして、それから約30秒ほど待った後、巨大な反応が、いきなりレーダーに現れた。思わずカメラを回して、その正体を観察する。
「これは……」
 フォーゼルの言葉に、疑問と感嘆の響きが混じる。
「これが俺たちの旗艦、地上戦艦ミドガルズオルムだ」
 タスクは事も無げに、そう言ってのける。彼らの目の前には、キャタピラとホバーを装備した、戦車地味た外観の戦闘母艦が姿を表していた。
(これは、いよいよ軍には戻れないな……)
 タスクの背後にある組織の力を見た気がして、フォーゼルの心にも覚悟が固まる。本格的に軍と争う、固い決意。
「……ようこそ、我らの母艦へ」
 呆然とするフォーゼルに、タスクはそう言ってのけた。



続きを読む

書斎トップページへ