五聖戦記エルファリア

第一章 真実と正義<6>

「こいつは……?」
 目前にいきなり現れた黒いGAMSを目にし、思わず呟くフォーゼル。
 黒一色の塗装が施された、スマートなフォルム。無骨なその姿は、レーダーを欺くステルス塗装だとすぐに合点が行く。
「ビーゼルクF型のプロトタイプマシンだ。名前をシヴァルツヴォルフ。能力は量産機以上だが、少々問題があって扱えん」
 タスクはそう言いながら、手元のコンソールを操作する。ボタンを打つ指が軽やかに動いて魔法を紡ぐたび、漆黒の巨人を戒める鎖が一つ一つ外れてゆく。
「こいつは、高性能過ぎたんだ。能力を落としたF型でもあのざまだったからな。扱えるものはいないと思っていた」
 言いながら次々にキーを叩く。すでに、巨人を戒める鎖は外れかけ、シヴァルツヴォルフはその威容を表している。
 フォーゼルは、タスクの一連の動作にようやく合点が行った。
「……どうあっても、俺を巻き込む気だったな?」
 苦笑しながら尋ねるフォーゼルに、タスクは鼻の頭をかいた。当たりを付かれた時に出る、どうしようもない習性。
「生み出した側としては、その性能を最大限に引き出してもらいたいのさ。今の所、それができるのはお前一人だからな」
 そう言って、タスクはヘルメットを投げる。緩い放物線を描いて飛ぶそれを機用に受け止め、髪をかきあげる。
「……全く、強引と言うかなんと言うか……」
 ため息混じりに呟き、その頭にメットを下ろした。

 一方、巴は頭部を修繕し、完全になったミフネのコクピットの中にいた。もう使えないなら、部品にして一機を完全にした方が良い。そう言う判断の上だったが、修理がやりきれるかは疑問だった。
 修理を終えてすでに数分。一騎を行動不能にしてからと言うもの、部隊の方には一切の動きはない。時間が無限に引き伸ばされたような緊張感の下で、巴は自分の喉がからからに乾いているのを感じていた。
(どこ……? 何を考えているの……?)
 極度の緊張は、人を疲労させる。ましてここは敵の基地の中である。すでに並みの人間なら、精神が衰弱しきってしまってもおかしくない。
 異変が起こったのは、そんな時だった。レーダーの範囲外から発砲された、一撃の砲弾。右に避けた所で、レーダー上の反応に気が付く。
 敵を示す赤い光点が、自分をすっかり取り囲んでいた。
「包囲網を作ったと言う事……? けど、この程度でっ!」
 声を上げながら、敵を探す、しかし、円形状に配置しているらしい敵に何ら動きは無い。ただ囲んでいると言う印象を受けているところで、突然動きがあった。
 包囲している敵機が、砲撃してきたのだ。八機同時に。到達点から考えれば、すぐに動かなければ完全に逃げ場を失う。見事なフォーメーションだった。
 近接戦闘用のブレードを抜いて、巴が回避のために動き出す。前方に動いた分早く見えた第一弾を横に避け、そのまま前進して距離を詰める。包囲の外周に到達するのに、それほど時間はかからなかった。
 すぐさま振るったブレードは、砲撃機の前にいた格闘様機が受け止める。高周波ブレード同士がぶつかり、周囲に嫌な音を撒き散らす。
「ただ一太刀を止めたのみで……?」
 刃を泳がせて格闘用機のバランスを崩し、そのまま切りかかろうとした所で後方から砲弾が飛んでくる。援護のタイミングとしては見事なものだ。
「一体多数とは……。卑劣な……」
 コクピットの中で、巴が悪態を付く。砲弾を避けている間に、格闘型は体制を立て直していた。
 砲弾を避けてもう一度切りかかっても、格闘用機はそのスピードで受け止めてしまう。破壊しようとすれば援護射撃で仕切り直されてしまうのだ。防御の面から考えれば、完璧な布陣。
 しかし、完璧を期した物は、予想外の攻撃にもろいのが定石である。
 無謀にも見えるつばぜり合いが五回目を数える頃。その後方で援護しようとした支援機が、突然右腕部を切り裂かれて横転する。何事かと思う巴の前で、通信装置がけたたましい音を立てた。
《待たせたな》
「タスク博士!」

「この布陣は、こいつで崩す! 実験体の安全を優先に、脱出しろ!」
 予備ヘルメットの通信マイクで、目前にいるミフネに指示を出すタスク。
《分かりました!》
 帰ってくる返事に一つ頷いて、タスクはフォーゼルの方を向いた。シヴァルツヴォルフのコクピットに納まった彼は、生身で動いていた時よりも眼光が鋭い。
「さて、お前の出番だフォーゼル。シヴァルツヴォルフの力、見せてやれ!」
「分かってる。舌噛んでも知らないぞ!」
 通信マイクでそう通告し、フォーゼルは操縦桿を握り直す。ほんの少し動かしただけで、これがビーゼルクなど問題にならないマシンだと言う事に気が付いた。
「さあ、お前の力を見せてやれ、シヴァルツヴォルフ!」
 言い切りざま、エンジンのパワーを上げる。力を得た黒い機体が滑るように前進し、もう一体の砲撃機に近寄る。それに向けて振りかざされた右手には握り込むようにして使う接近戦武具、カタールが装備されていた。
 刃付きの右ストレートを受け、もう一機の砲撃機も沈黙する。
「ここからなら8番ゲートが一番近い! 先行するから付いて来い!」
 通信マイクで、巴にそう告げる。了承の声は聞こえなかったが、それで来なかった場合はその時に考えれば良い。そう割りきって、ゲートへの最短ルートを直進する。少し後ろを、一定距離を外れる事無く巴のミフネが追走していた。
「なんてじゃじゃ馬だ。こいつは制御するにも一苦労だよ」
 機動力の差からか、敵はもう追ってくる気配がない。前を睨み付けながら、フォーゼルは正直な感想をもらした。
「……そこまでこいつを操れるのは、お前ぐらいのものだろうな」
 後部座席では、タスクが感心したように呟く。正直、ここまで息子が操るとは思っていなかったのだろう。その言葉には、安堵と羨望が入り混じっていた。
 そう思わせるほどの速度で突き進んでいたせいもあってか、少しすると視界が開けた。夕暮れの薄闇迫る空を目前にした所で、フォーゼルの顔が曇る。
 そこには、すでに数機のGAMSが陣形を組み、即席のバリケードを築いていた。
「邪魔するんじゃないっ!」
 フォーゼルが、吼えた。そのまま機体のスピードを上げ、バリケードへと迫る。センサーを組み込んだ眼の光が軌跡を作り、敵に迫るその様はまさに、機体の名の通り黒い狼が駆け抜ける様を思わせた。
 三体いた砲撃機のうち一機の頭を左のカタールで切り裂き、突っ込んできた格闘型は右の一閃で武器を払い落とされ、左のカタールを胸部に受けて沈黙する。
《右側、撃って来ますっ!》
 通信機から聞こえる、焦ったような巴の声。程なく飛来する砲弾を前進して回避し、そのまま機体を旋回させる。
「邪魔だって言っているだろうっ!」
 言いながら、エンジンレバーの右にあるスイッチを押す。肩部に装備された排気ノズルらしきものから、ほんの僅かなスパーク音が聞こえた。
 一瞬後、白く染まる世界。閃光焼けが取れたカメラが捕らえたのは、上半身部分を吹っ飛ばされた、砲撃機二体分の下半身だった。
「排出エネルギーを利用した、即席電子拡散砲……? なんて物騒な物を……」
 呆然と呟くフォーゼル。接近戦用火器としか聞かされていなかったため、ここまで凄まじい破壊力だとは予想していなかったのだ。
「ショットガンブラスト、成功だな……」
 タスクが満足そうに呟く。
「……成功だって、あんた一体どこまで物騒な物積んでるんだよ……」
「まあそんな事はともかく、脱出だ。基地を出てしまえば、あとは旗艦へ一直線だから楽だぞ」
 突っ込もうとしたフォーゼルを、タスクか巧妙にはぐらかす。憮然とした表情のまま、フォーゼルは機体を操作し、基地から飛び出した



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