五聖戦記エルファリア

第一章 真実と正義<5>

「この……ポッドは……?」
 目前に林立するポッドを見て、呆然と呟くフォーゼル。見れば、どの中にも人間が眠っているらしい。
「グルシエール・プロジェクトだ。この基地でも、仕込みが行われているらしいな」
 タスクはそう言いながら、ポッドの横についているコンピューターを操作する。次々に画像が切り替わり、意味不明の画面が表示されていった。
「グルシエール・プロジェクト……?」
 オウム返しに尋ねるフォーゼル。
「人間から優性遺伝子を取りだし、それのみを純粋培養して人間を超えた人間を生み出す計画だそうだ」
 それに対するタスクの答えは、単純であるが故に強烈極まりない破壊力を秘めていた。
「ば、馬鹿な! 遺伝子操作は条約で禁止されてるはず……」
 あまりの出来事に目を丸くし、その場に立ち尽くすのみのフォ−ゼル。その表情を彩るのは、驚愕と放心。
「戦争の中の決め事など、最も破られやすい儚い物さ。実際に、ここでは行われているんだからな」
 キーボードを叩く手を止めずに言うタスク。
「最も、このプロジェクトについては俺もまだ良く分かってない。分かってるのは、こいつが人造人間だって事と、戦争のために作られてるって事ぐらいだ」
 そこまで言うと、タスクは叩きつけるようにキーを押した。奥まった場所にあるポッドが、その操作に反応したのか周囲とは明らかに違う機動音を放ち始める。
「こいつを西に持って行って、国際問題にする気かい?」
 尋ねたフォーゼルに対し、タスクは唇の橋をゆがめて笑みを作る。父親が何か企んでいる時に見せる、一種の予兆のような笑み。
「こいつは、西にも東にも渡さない。両方を揺るがす材料になってもらう」
 父親の言葉は、息子に驚愕をもたらした。
「まさか……。ゲリラに売り渡す気か?」
「反政府軍と言ってくれ。始めにルール違反したのは向こうだ。だったら、こっちも徹底的に返すのが礼儀だろう?」
 タスクがそう言っている間にも、ポッドからは例の溶液が抜けてきている。どうやら、本気で持って帰る気らしい。
「俺は、平和にさえなってくれれば東だろうが西だろうがどっちが勝ってもいいと思ってるんだ。だが、両方ともいたずらに戦争を長引かせてる。そうとしか見えない。それは何故か?」
 呟くタスクの言葉には、言い知れぬ怒りがこもっているようだった。
「……さあ? 儲かるからじゃないのか、戦争が?」
 半信半疑で呟いたフォーセルの言葉に、しっかりと頷くタスク。
「そうだ。何をしても許される、野心家には最高の環境だ。だがな、虐げられてる市民のことなんか誰も考えちゃいない、東も西もな。だから、俺は反政府軍に手を貸した」
 タスクはそう言うと、完全に溶液の抜けたポッドから中の人を引っ張り出した。完全に気を失っている人影を担ぎ、フォーゼルを見つめる。
「フォーゼル、お前の正義はなんだ? 戦いつづける事か? 平和な世の中を生む事か? もし、何もないと言うなら……。お前の力、俺たちの正義に貸せ。気に食わなかったら、全て終わったあとに俺の命をくれてやる」
 冗談の一切感じられない、紳士で真剣な眼差し。それを真正面から受け止め、やがてフォーゼルが溜息一つ。
「本気で差し伸べられた手を振り払うのは男じゃない。そう教えたのは誰だっけ?」
 苦笑混じりに言って、胸の拳銃を引きぬく。引金を引き絞り放たれた銃弾は、斜め上の監視カメラに直撃した。電気系がほとんど落してあるとは言え、油断は出来ない。
「それでこそ、俺の息子だ。格納庫まで逃げるぞ。後は向こうが拾いに来てくれる」
 タスクがそう言って、ドアを開く。まだ、この辺りに人影は見えない。
「急ぐぞ。偽情報はたっぷり撒いておいたが、それでも5分が限界だ」
 そう言って、人一人抱えているとは思えないほど軽快な歩調で走り出す。その後に、拳銃を構えたフォーゼルが続く。
「逃走経路は? 格納庫に行ってそれから具体的にどうするんだ?」
 何個目になるか分からない監視カメラに銃弾をめり込ませながら尋ねるフォーゼルに、タスクは振り返る事無く、
「GAMSを使う! お前も操縦出来るだろう?」
 と、急ぎ足を止める事無く答えた。そんな父親の言葉に、フォーゼルは顔をしかめる。
「GAMSを? だけど、俺はイプシロンしか使ったことないし、F型はギアスに破壊されたし……」
 もっともな事を言うフォーゼル。反逆罪で捕まっているフォーゼルには新たに配備されるGAMSは無く、今まで使っていたものはギアス率いるC型部隊によって完膚なきまでに破壊されている。実際、フォーゼルの操る事が出来るGAMSはもう無いはずなのだ。
 そんな息子の言葉に、タスクはまたあの笑みを浮かべる。
「そんな時のために、いい物を持ってきておいた。お前でなければ使えない、特別製のGAMSをな」
 それだけ言って、格納庫のドアを蹴り開ける。ドアを開けた先には、見慣れない人影が立っている。
「ちいっ、もう追っ手が回って……!」
 呟きながら銃を構えようとするフォーゼルを、タスクが片手で制する。
「巴さん、そっちの準備は?」
 タスクが尋ねると、人影の方は今までつけていたマスクのような物を外した。よく見ると、それは基地内の清掃員が使う物だと分かる。
 マスクの下から現れたのは、一重まぶたのやさしげな眼差しを持った、涼やかな顔だった。少し長めの髪をまとめて髪止めで止めてあり、動くのに邪魔にならないようにしている。
「大体出来ています。ミフネの補修も終わりました。比較的綺麗に倒されましたからね」
 巴と呼ばれた人影は少し高めの声でそう言うと、タスクたちを導いてGAMS格納庫の一角に落ち付く。そこには、落された首の部分に申し訳程度にカメラが置かれたミフネと、両腕部分が補修されたミフネがあった。
「動けるのか?」
 フォーゼルが尋ねると、巴はその表情を一瞥した後、
「そう言う風に直しました。あなたはただついてきてくれればいいですから。敵は私が相手します」
 きっぱりと言いきられ、思わずたじろぐ。タスクはそれを見て、やれやれといわんばかりに肩をすくめた。
「こちらにグルシエールを。タスク博士は、息子さんとそちらへ乗って下さい」
 両腕のないミフネを指差し、きびきびと指示する。言い終わるのとほぼ同時に、巴の方はミフネへと乗り込んでいた。どうやら、反論の余地はないらしい。
「はいはい、分かりましたよ……」
 フォーゼルが動こうとした時、両腕のないミフネに赤熱した砲弾がめり込む。慌ててその場から離れるも、エンジンが動いていないからか一切爆発はなかった。
「C型の砲撃か! なんて距離から……!」
 悔しげに呟くフォーゼル。逃げる手を失って落胆してるのではと、父親の顔を見る。しかし、その顔は喜びに満ちているように見えた。
「やはり、ここはあれを使う! ついて来い、フォーゼル!」
 言うか早いか、タスクはフォーゼルを引っ張ってすぐ横の巨大なコンテナの中に彼を招き入れる。引っ張られてきた事に閉口するフォーゼルだったが、その中に眠る物を見て思わず声を上げた。
「これは……。GAMS……?」
 コンテナの中には、ハンガーに引っかかった状態のGAMSが一機、搭乗者を静かに待っていた。



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