五聖戦記エルファリア

第一章 真実と正義<4>

 気が付くと、フォーゼルは狭い部屋の中にいた。嫌と言うほど白い部屋。そこがどこなのか、本能的に察知する。
(背中から撃たれた挙句、独房入りか……。ついてないなあ、俺も)
 人事のように考え、フォーゼルは周囲を見まわす。さすがに独房だけあって、周囲には興味を引く物など何もない。数えようかと思った壁のシミさえないのだから徹底している。
(まあ、長くてもここに入るのは一週間か……。短い人生だった……)
 自分にはツキが無かったんだな、と実感するフォーゼル。三機目を倒した辺りまでは順調だった。だが、その後だ。まさか、味方に撃たれるとは……。
「出ろ! 面会だ!」
 牢番らしい兵士が、そう言ってフォーゼルを立たせて手錠をかける。見た目はただの四角い腕輪だが、これは常時両手を接触させてないと電流を流し、外そうとすれば手首をふっとばすと言う凄まじい代物なのだ。
 さすがにどの囚人も自由と両手首を交換する気は無いらしく、今までこの手錠から逃れた者はいない。そのまま抵抗もせずに歩き、面会場所に到着する。机と椅子があるだけの、シンプルな場所。
「時間は十分だ」
 牢番はそう言って、部屋を後にする。フォーゼルが席につくと、そこには久しぶりに見る影があった。
「……久しぶりだな」
 タスクはそう言って、右手を上げる。フォーゼルはため息を一つつくと、イスに座らず壁に背中を預けた。
「感動の再会って状態じゃなさそうだ。……何が目的だい?」
 ぶっきらぼうな口調。タスクはそれに対して少し表情を変える。
「心外だな。親が息子に会いに来て何が悪い?」
「……俺の乱心の件は、もう報告が行ってるはずだ。それでも面会に来るって事は、何かあると踏むしかない。俺の知ってる親父は、死に顔を拝むって性格じゃない」
 苦笑混じりにで尋ねるタスクに、相変わらず淡々とした調子で返すフォーゼル。
「そこまで読んでるのか。……だったら、遠慮はいらないな」
 タスクはそう言うと、懐からドライバーボックスを取り出した。
「手を出せ、解体する。終わったら脱出だ。旧型のそいつなら、電流一発やり過ごせば後は楽だ」
 言いながら着々と準備するタスクに対し、フォーゼルは首を静かに振った。
「時間切れだ。解体しても、逃げる前に兵士が入ってくる。こういう時は……」
 言いながら、体を反転させる。ドアに向かって力強く一歩を踏み出すフォーゼルと、ドアを開いて警備兵が入ってくるのは同時。
「面会は……」
 兵士がそこまで言って、力無くその場にくずおれる。ぐったりした彼の腰を挟むように、手錠付きのフォーゼルの腕があった。
「電流を人で遮断して、黙らせた方が早いと思うけど」
 事も無げに言って、手錠のロックを外しにかかるフォーゼル。旋風のような息子の行動に、タスクは関心と呆れが混じった表情をする。
「全く……。誰から教わったそんな無茶」
 問いかけに対し、フォーゼルは黙って目の前の父親を指さす。苦笑しか浮かべられないタスクを見る限り、彼にもいくつか心当たりはあるらしい。
「さて、さっさと行こうか」
 フォーゼルはそう言って、兵士から奪い取った拳銃を胸のホルスターに納める。銃が入ってなければただの飾りに過ぎないそれは、気を失っている間に没収されなかったらしい。
《……冥土にな》
 その言葉に応えたのは、部屋に備え付けられたスピーカー。ややあってドアが開き、そこには自動小銃を構えた一団。
「やるんじゃないかとは思っていた。だが、死ぬのが一人から二人に増えるだけだ。さほど違いはせん」
 舞台の先頭に立っていたギアスはそう言うと、列の中に戻る。物言わぬ一団が、部屋の中の二人に銃を向けた。
「……左だ。後は抜けたら教える」
 タスクはそう言って、いつでも飛び出せるように身構える。
「……事情がわからないってのはしゃくだが、まずはここから脱出かっ!」
 フォーゼルはそう言って、目前の兵士たちに向かって黒いものを二つ投げつける。それを気にすることもなく、銃の引き金に指をかける兵士たち。
「かがめっ! それは……」
 ギアスの制止の声と、兵士たちが投げられた物の正体が罪人拘束用の手錠と察知したのは同時。
 次の瞬間、紅蓮の炎が周囲を覆った。最前列の兵士が爆風に吹っ飛ばされ、視界が真っ赤に染まる。
 それに併せて、タスクとフォーゼルが飛び出していた。左側の兵士二人をなぎ倒し、炎に紛れて姿を消す。
「してやられたかっ! 探せっ! まだ遠くには行ってない!」
 ギアスの声に敬礼すると、兵士たちは蜘蛛の子を散らすように通路を駆ける。
「一刻も早く見つけねば、奴らがあれを手にする前に……」
 苦々しげにつぶやきながら、ギアスは通路を大股で歩いていった。

「……行ったみたいだ」
 歩き去るギアスの背中を見ながら、フォーゼルは隣のタスクに伝える。手錠を手榴弾代わりにして兵士を吹っ飛ばして左に逃げた後、フォーゼルたちは手近なドアから部屋に潜入していた。もちろん、監視システムは黙らせてある。
「そうか。もう少ししたら開くから待っていろ……。いや、今開いた」
 慣れた手つきでドライバーをしまいながら、タスクはそれまでそこにあった鉄板を取り、横に立てかける。
「行くぞ、おまえに真実を見せてやる」
 タスクはそう言うと、鉄板を外したことでできた隙間――通風口――にその身を滑り込ませた。
「全く、この年になってこんな所這い回るとは思わなかったよ……」
 不満ともぼやきとも聞こえる声でつぶやきながら、フォーゼルも父の後を追う。
「フォーゼル、軍は新型GAMSの実験のためだけに、ここを作ったと思うか?」
 以外に広い通風構内を這いながら尋ねるタスク。少ししてああという声が聞こえる。
「確かに、新型GAMSのために作ったのは事実だ。だが、ここはそれを動かすパイロットも生産してるんだよ、実験段階だがな」
 タスクは言いながら、手元にあった板を外し、部屋の中に降りる。見てくれからは想像もできない、まるで猫のような動き。それに追随し、音もなく着地するフォーゼル。
「……この、ポッドは……?」
 見たこともない部屋に居並ぶポッドの群に、思わずつぶやくフォーゼル。タスクは何も言わず、その一つを手にしたペンライトで照らす。
 何かの溶液らしき物が満たされたその中には、マスクをつけた人間が眠っていた。



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