五聖戦記エルファリア

第一章 真実と正義<3>


 先ほどまで熾烈な戦闘が繰り広げられていた基地内に、今は作業機械が頑張っている。GAMSが出たにしては破壊のほどはそれほどでもないが、それでも基地の機能を奪いかねない状態にまでなっていたのだ。
「急げ! 後方だからと気を抜くな!」
 作業場を見回りながら、ギアスは破壊された場所を入念にチェックする。通信塔が完全に破壊されている事からも、彼らには多少の頭はあるようだ。
「また、厄介事か?」
 後方からかかった声に振りかえると、そこには白衣を無理やり着ていると言うべき影があった。
 年のころは大体40過ぎ。男の渋みがよく出た顔に長髪と浅黒い肌。白衣の下にある鍛え抜かれた体としっかりした登山用ブーツが、どちらかと言うと研究室よりフィールドワークが多そうなスタイルを強調している。
「タスク博士。いつこちらへ?」
 相変わらずの無表情で尋ねるギアス。それに対し、世界で一番その呼称が似合わなそうな博士は視線をややきつめの物に変え、
「今日だ。試作のために出しておいたあれを引き取りにな」
 と、どこか不機嫌そうに答える。
「仕方ないでしょう。F形は多くの兵に使える物ではない。後方支援のC形が選ばれるのは当然です」
 ギアスの言葉も、タスクの耳には入っていないようだった。
「しかし、そのF形に助けられたのだぞ、この基地は。襲撃の様子は見せてもらっている」
 タスクがそう言うと、ギアスはその表情を一瞬だけ険悪な物に変えた。ほんの一瞬だけの、不満げな表情。しかし、それもすぐにいつもの鉄面皮に隠れて消える。
「……軍隊にエースはいらない。部隊として動くのに、特異な存在は邪魔なだけだ」
 その言葉に含まれている感情は、全く読めない。
「彼の処遇は決定しています。命令違反、独断先行、試作機の無断持ち出しに加えその破壊……。三回死んでもまだ足りないほどだ」
 変わって出た言葉は、決定事項を告げる淡々とした物。それを聞き、タスクの眉が動く。
「基地を救った英雄を処刑だと? 何を考えている?」
 不機嫌極まりないとでも言うべきタスクの言葉に、ギアスは口の端に笑みを浮かべる。
「それが軍隊と言うものです。個人的感情は捨てて頂かねば。たとえ、フォーゼル=エリオンドがあなたの息子だったとしてもね」
 言い捨てて、その場を後にするギアス。その歩調にも、一切のよどみはない。
「……部隊の中にも役回りがあるだろう。そこまでして他の物を切り捨てて、何が残る?」
 歩き去ろうとする背中に尋ねるタスク。ギアスは振り返らない。
「反乱分子は早めに消す。それが組織を永続させる秘訣だ」
 ギアスの背中から、そんな声が聞こえたような気がした。タスクはその背中を刺すような視線で見つめ続ける。
「……保身か。醜い感情をさらしおって……」
 タスクの口から、そんなつぶやきが漏れる。
「……いかがでしたか?」
 工作機械を掃除する人影が、その手を止めずにタスクに尋ねる。消毒するのに使っている薬品の影響を防ぐためか、マスクにゴーグルを付けていて顔はわからない。
「……何を考えているのかは分からん。あの戦闘で敵を蹴散らした英雄を、軍規違反とかで処刑するそうだ」
 タスクは吐き捨てるようにそう言って、地面を見つめる。タスクの判断基準から言って、ギアスの行動は異常としか思えない。技術とは、それを操る人があってこそ生きるもの。その信条を守り、自らも体を鍛え、あらゆる実験を自分で行っている。
 そんな彼にとって、個人よりも大義名分をとろうとするギアスの考えには賛同できなかった。
「仕方ないのではないですか? あまりに強力すぎる者は、統制を乱すという考え方には賛同できます。所詮、軍とは個人のために動いてはいないのですから」
 掃除人はそう言いながら、工作機械に付いた土を落としにかかった。GAMSによってプレスされた土は硬くなり、ちょっとやそっとでははがれ落ちないようになってしまっている。
「しかし、そう言う人間が必要な場合があるのも確かだ。量産機でミフネ三機を沈めるほどの力……。しかも、高機動型で」
 タスクの言葉には、わずかな期待がこもっているようだった。それを聞きとがめ、掃除人は張り付いた石を落とそうと振り上げたツルハシを止める。
「まさか、シヴァルツヴォルフを……?」
「あいつが乗っていたビーゼルクのF型は、あれの機動性能を落とし、量産性を向上させた物だ。それでも、かなりのスピードを持ってる。乗ってる奴を混乱させるほどの」
 掃除人の言葉に即答するタスク。その言葉にはわずかな希望がこもっているようだった。
「F型に振り回されないどころか、あいつはそれを使いこなして見せた。なら、そのアーキタイプを使いこなせる可能性は大きい。あれが使えれば、戦況が変えられるからな」
 タスクの言葉に、掃除人は何事かを考えている様子だった。そこにあるのは迷いなのか、沈黙の肯定なのかは分からない。しかし、それさえタスクは構っていないようだった。
「どちらにしろ、協力者は欲しかったのだ。あれを見つけるためにな」
 ため息混じりに呟くタスクの言葉には、言いようのない疲労感が満ちていた。
「グルシエール・ナンバーズ……。本当にいるんですか、この基地に?」
 思わず尋ねる掃除人口調からして半信半疑、不安に満ちあふれていると言うことがよく分かる物言いだ。
 しかし、そんな掃除人の不安そうなまなざしに対し、タスクは男臭いがどこか人なつっこい笑みを浮かべて、
「必ずある。でなきゃ、何でこんな山奥の基地にGAMSなんて配備するんだよ?」
 と、自信に満ちあふれた言葉を残して、タスクはその場を歩き去った。その背中を、掃除人は静かに見送っていた。もちろん、手は止める事無く。
「……では、20分後に作戦を開始しましょう。私では無理かもしれませんが、あれを動かしてみます」
 去りゆく背中に向け、そう声をかける掃除人。タスクはその言葉を聞き、振り返って満足げに微笑む。
「分かった。それなら、俺はあのじゃじゃ馬を説き伏せるとしようか」
 タスクはそう言って、その笑みを不適な物へと変えた。



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