五聖戦記エルファリア

第一章 真実と正義<1>


 度重なる災害に対応するため、人々は無人型ロボットを、それを発展させた有人機械を開発した。
 GAMS(Giant Armor Moveable System)と名付けられたそれは、その後世界各地を襲った数々の大災害に出動、救助や復旧作業に大きく貢献した。
 それほどの能力を持った機械を、軍は当然見逃すはずもなかった。すぐさま各地で軍事転用研究が進められ、GAMSは本来の使用目的から徐々に離されていく。
 世界地図の様相も激変し、今ではアメリカが中心となって生まれた巨大国家「西」と、アジア中心の小国連邦「東」の小競り合いが、いつ果てるともなく続いていた……。

 彼は狭い操縦席の中で、食い入るようにレーダーを見ていた。周囲一面に映る印は、敵を示す赤。
 孤立無援。痛いほどその言葉の重さが伝わってくる。しかし、彼は立ち止まるわけにも行かなかった。
「……やるしかない、な」
 自分を叱咤激励し、スロットルを入れる。鋼鉄の相棒が、獲物を求めて動き出す。その動きに合わせて、けたたましいサイレンが鳴った。
 ――接近警報、注意せよ――
 一発目の回避で敵の位置を予測し、最大加速で近寄る。元々高機動型のマシンだけに、長距離砲など余裕で避けられる。
 程なく、相手は見つかった。五体ほどの組になって自分に狙いを付ける、長距離砲撃機。ようやく自分の存在に気がついたようで、のろのろと接近戦用の武器を構える。
「遅いっ!」
 知らず知らずのうちに、声が出る。手にしていたブレードで、手近な一機目の胸部を払うと、その横をすり抜けて二体目の頭部に剣を叩き付ける。
 周囲から、キャノン方による散発的な反撃。乱数回避動作に割り込んで機体を右に動かすと、左腕が背中にマウントしていたもう一つの獲物――携帯型のマシンガンを掴む。
 ろくに狙いをつけずに撃ち放つと、弾丸を受けて三機目が沈黙する。そこまで来て、狭いコクピット内に警報音が鳴り響く。程なくして、機体が動きを止めた。
 ロックオン及び攻撃の命中によって、この戦闘訓練ではリタイアとなる。自分がグループと戦っている間に、狙いをつけている者がいたのだ。
《今、ロックオンした。そこまでだ、フォーゼル曹長》
 通信機から、自分の敗北を知らせる声が聞こえる。彼――フォーゼルはそれを聞くと、うんざりした表情でかぶっていたヘルメットを外した。

 強い風が、基地の金網を揺らす。次々と機体が搬入されていく中、一人GAMSを見つめる者がいた。
 短く切りそろえた黒髪。しっかりした体躯の上に乗っているのはアクの少ない中国系の顔。モスグリーンの軍服が似合っているものの、あまり軍人という印象は受けない。
 そんな男――フォーゼルは何とも言えない表情で、自分の乗っていたGAMSを見上げた。塗装の施されていない、全体的にスマートな感じのする機体。
 今では4th.eastと呼ばれる、かつて日本と呼ばれていた場所で生まれた試作GAMSビーゼルク。複数タイプ生み出された中でも、機動力重視の機体であるそれはF型と呼ばれている。
「お前一人で、そこそこのスコアは出したようだな」
 突然聞こえた声に振り向くと、そこには浅黒い顔と均整の取れた肉体を持つ、長身の影があった。襟元に光る階級章は、士官位を示す星が二つ。
「ギアス中尉……」
 この基地で一番のGAMSパイロットにして、フォーゼルたちの上司に当たる人物である。フォーゼルが頭を下げて挨拶すると、ギアスは相変わらずの苦み走った表情。
 この表情のせいで、部隊員たちからは鉄面皮と呼ばれている。今回の事を含め、フォーゼルは彼に大抵してやられていた。
「だが、正式採用は長距離砲撃用のC型に決定した。我々はエース一人を求めているのではない。軍隊とは、部隊で動くものだ」
 ギアスは表情を変えずにそう言うと、フォーゼルに背を向けた。
「お前はC型の成績は最悪だったな。明日からは訓練に入る。人並みの技術は身につけておけ」
 そう言い残し、ギアスは振り返ることなく歩き去った。フォーゼルは何も言わず、今まで共に戦ってきたF型を見上げる。
(俺をマークしてたって事か。突出した成績を出させないために……)
 少し考えてみれば分かる理屈である。今まで仲間だと思っていた人間に化け物が混じっていたら、他の隊員の士気に関わる。兵隊は、あくまでも兵隊でいろと言う事なのだ。
 少し前に見せてもらったデータからも、ギアスが成績の良いパイロットのみを狙って倒していたのは周知の事実である。全ては、軍隊の統制のために。
「すまない。俺の成績が悪過ぎるせいで……」
 もはや使われる事のないであろう相棒に向け、複雑な感情を抱えたまま頭を下げるフォーゼル。そのまま背を向けた彼の耳に、けたたましい警報が滑り込む。教練では嫌と言うほど聞いたものの、実際に聞くことはなかった最悪のミュージック。
「第一級警報だとっ!?」
 敵による攻撃を示すサイレンに、フォーゼルの足は勝手に動いた。搬入される直前の機体に取り付き、胸部にあるハッチを開く。
「フォーゼル曹長! F型の使用許可は下りていないぞっ!」
 技術将校の声を無視し、コックピットのスイッチを入れる。燃料その他の機体情報を確認、エンジン始動準備と併走し、電子系ロック解除。操作系ロックと火器管制の解除と同じに、メインエンジンに火が灯る。
 基地内では五本の指にはいる手際でそれらの動作を終え、固定されていない両手で高周波ブレードと、携帯型マシンガンを掴む。
「ロックボルト解放。ビーゼルクF、起動する! コードナンバー001352、CPUフェイズ3!」
 最後の命令を音声入力マイクに向かって叩きつける様に叫ぶと、コクピット内に低い音が響く。周囲各所に配置されたシステムが、残さず全て起動した証拠だ。
《フォーゼル曹長! GAMSの機動許可は出ていない! 至急引き返せ!》
 通信システムから聞こえてくる、技術将校の焦ったような声。フォーゼルはそれを見るや、マイクを下ろしてがなりたてる。
「そんな事待ってる場合かっ! 事態を鎮圧したら尋問だろうが何だろうがいくらでも受けてやる!」
 言い切って、通信を強制的に切る。拘束の外れた機体を巡らし、火の手が上がっている方へと向ける。背部エンジンが吼え、ビーゼルクは滑るように戦場へと向かった。



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