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第二十五話 マアトとゲレグ(後)

−うそとまことの物語−


 悲しみに打ちひしがれるマアトのもとを通りかかった人、それは、さる美しい貴婦人でした。
 彼女は、格好はみすぼらしいものの見目麗しいマアトを見て、哀れに思い自分の家に連れ帰りました。そして、マアトはこの貴婦人のもとで、やはり門番をすることになったのです。(だから…盲目でなぜ門番…。)

 彼女がマアトを連れ帰ったのは、もちろん、
 男前だったからです。彼女は早速、手元においたマアトに熱烈アプローチ。
 マアト「あっ…いけません、ご主人様。何を」
 貴婦人「よいではありませんか。お前は私が拾ったのだから私のものよ。おとなしく言うとおりになさい。ウフフ…」
 奥様!!
 あ、いや、結婚してないから奥様ではないのか。古代エジプトでは女性も相続権を持てるので、この人は貴族の若いひとり娘とか、そんな身分なんでしょうね、きっと。
 でも、マアトもまんざらでは無いっぽいです…
 目が見えないにもかかわらず、身軽なマアトは、夜な夜な貴婦人の部屋に滑り込み、甘い時間を過ごすようになりました。

 ほどなくして貴婦人は男の子を産みます。私生児ですが、親権持つ母親がお金持ちなので特に困ったことにはならなかった様子。んで別に、本人がいいと思ってれば、ダンナでない相手に子供産まされても問題にならなかったみたい。
 この時には大人たちの間では、女主人と門番の仲は公認だったのかもしれません…。

 なにも知らないのは子供だけ。
 貴婦人の子はすくすくと成長し、マアトそっくりの美少年になりました。スポーツ万能、学問OK、おまけにハンサムときては皆の妬みを買うのも、まぁ当然。そんな彼のたった一つの弱点が、「父親がいない」ということでした。
 あるとき学校で友達に、「やーい父なし子」とからかわれたことから、彼は思春期の悩みに陥りました。そしてホームドラマばりの展開が。
 「母さん…、僕のお父さんは一体誰なの?!」

 いつかは子供に、そう聞かれるときがくると思っていた母。ついにその時がきてしまいました。
 意を決して、隠していた真実を明らかにします。

 「ずっと黙っていたけれど。お前のお父さんは、ほら、あの門にいつも座っている人よ。身分が違うから正式に結婚できないのよ…」

 これを聞いた息子はびっくり。
 「結婚してたってしてなくたって、父さんは父さんだ。僕の父さんが、そんなひどい仕事をさせられているなんてひどすぎる!」
 言うなり外に飛び出していって、門に座っていたマアトをつれてきて、よい服を着せ、椅子に座らせて、みんなに自分の父だと公表したのです。

 まあ跡取り息子ですから。その家のことで誰かが文句つけられるはずもなし。
 そんで、息子はマアトにそっくりだったんだから、言わなくても見れば分かったはずだ…。貴婦人が門番と深い仲なのは周知の事実なんだから、思い切って公にしたという、ただそれだけのことなんでしょうね。


 さて、この息子、見た目は父親似の美形なのですが、性格は母親に似て行動派でした。
 学校に通ってたので、もちろん学もあります。父親が生まれながらに卑しい門番だったわけではないことを、すぐに見抜きました。
 「父さん、教えてください。あなたはどうして門番などになってしまったのですか? もとは、そんな身分ではなかったのでしょう」
マアトは溜息をつき、かつて、自分が弟の裏切りによって家も財産も失い、目をえぐられてしまったことを話しました。
 「なんてことだ。そんなことがあったなんて…。だったら僕が正義というものをそいつに教えてやる!」

 少年は早速、父の仇うちと、奪われた財産の奪還のため旅に出ることにしました。
 マアトは止めたかもしれないけど、貴婦人のほうはかなりヤル気。息子の手伝いをしているところからして、夫の仇は討ちたかったらしい。(行動派の彼女がこの時まで何もしていなかったということは、マアトはずっと、自分の身の上について口をつぐんでいたのだろう。…いい人だ)

 旅には、一頭の立派な雄牛をつれていました。向かった先はゲレグの農場。かつて、父が持っていた農場でもあります。
 辿りついた少年は、牛飼いを見つけて、しばらく自分の牛を預かっていてくれないか、と言います。
 「この近くの町に出かけるんだけど、牛を一緒に連れて行くのも面倒だからね。何日かすれば帰ってくるから、それまでここの牛と一緒に面倒をみててくれないかな。」
 牛飼いは、少年の身なりがよいことで信用して、牛を預かることにしました。

 少年が町へ去った後。やって来たのは、農場のあるじゲレグです。
 彼は、宴会のため、肉づきのよい牛を選ぼうとしていたのでした。少年は出かける前、念いりに良い牛を選んでいたので、ゲレグの目に止まったのも、やはり、この少年の連れてきた牛でした。

 「おい、牛飼い。今夜の宴会にはその牛を出すぞ。つれて来い」
 「あ…いえ、この牛は、先日、旅の方から預かったもので、旦那様のものでは…」
 「なんだと? オレがそいつにすると言ったのだから、そいつなのだ。旅人が帰ってきたら、オレの牛の中から代わりの牛を選ばせろ」

ムチャクチャです。ジャイアニズム。
 主人の言葉には逆らえず、牛飼いは渋々とその牛を連れて行きました。
 やがて少年は町から帰ってきます。

 「ありがとう、今戻ったよ。で、僕の牛は?」
 「それが…。」

牛飼いから、自分の牛がゲレグに持っていかれてしまったこと、代わりの牛を選ぶよう言われたことを知ると、少年は心の中でほくそ笑みながら表向き怒り狂います。
 「なんだって! 僕の牛はこの世でたった一頭しかいない、それはそれは素晴らしいものなんだ。その代わりだって?! 冗談じゃない。訴えてやる!

 …もう分ると思うんですが、息子は、かつて父親が受けたのと同じ告発を、神々の法廷に持ち込んだのです。
 少年は言います。「僕の牛は、二本の角がナイル河をまたぐくらいに大きく、丸々と肥え太って素晴らしかった! そんな牛の代わりになるものなど、こいつの農場にはいやしません!」
 ゲレグも言い返します。「そんな牛じゃなかったぞ。神々よ、こいつは嘘をついています」
 神々「ううん…確かになあ。そんな牛、普通いないよなあ」

 少年はニヤリ。
 「では、刃には貴重な鉱石を使い、柄はコプトスの木から削りだしたもの、鞘は神殿のデザインに似せ、皮ひもは神牛の皮から作ったナイフなんて、一体何処にあると思いますか? 僕の父は、かつて、この男がそれを無くしたという罪で罰せられたのです。僕の告発が嘘であることを認めるならば、かつて僕の父が告発された罪も嘘であると認めてくださいますか?」
 「…あっ」

神々は、やっぱり神でした。
 時々おかしな判決を下しはするものの、記憶力はバツグン。十年やそこら前のことでも、決して忘れないのです。
 今更かよ。ってカンジですが、神様だって若いときは間違いくらい犯すもんです(笑
 ゲレグの嘘はようやく暴かれ、今度はゲレグが盲目の門番に、没収されていた財産はゲレグのものとあわせてすべてマアトのもとに戻り、身分の違いもなくなって、マアトと貴婦人は、晴れて正式な夫婦となれたのでした。

 そしてさらに神々は、自分たちが間違った判決を下して迷惑かけたお詫びとして、マアトの両目をもとに戻し、マアトと妻を若返らせてくれたのでした。

 で、二人の息子には日本語で言うと忠(ただし)っていう素敵な名前をつけてくれました。
 神様が名付け親。^^;

 息子はやがて、両親それぞれの土地をひきついでエジプトで一番の大金持ちとなり、嘘つきなゲレグは惨めに門番のまま一生を終えたのでした。

 正義は必ず勝つ、というお話。
 めでたし、めでたし。



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