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第十一話 イシスの言霊
イシスといえば、魔術の女神、エジプトの女神の中では最強として知られていますが、夫オシリスを殺されたあとのイシスの物語は、なんだかちょっと無力な女性に感じませんでしたか?
女性が権利を主張することは少ない時代だったのかもしれませんが、力があるのなら、自らセトと戦ってもよさそうに感じませんでしたか?
そんな疑問にもしかしたら納得のいく答えを出せるかもしれない物語。
かつてイシスは、太陽神ラーの血を引くため魔術の力を持ってはいるけれど、人間に近い存在だった、とする神話があります。
イシスが持つのは、言霊の力でした。
エジプトの魔法は、フウと呼ばれる言霊によって行われていました。物事の本質を正確にいいあらわす言葉は、力ある言葉とされ、その物事を支配することが出来ると考えられていたのです。
したがって、本質をあらわす神々の本当の名前を知り、口にすることができれば、神々を支配することも可能でした。(そのために神々は、本当の名前を隠しています。たとえばバステトという名前などは、「バストの町のもの」という意味で、正確には名前ではありません。)
神々の王である太陽神ラーに目をつけた彼女は、太陽の船がゆききする通り道に立って、船からこぼれ落ちるラーのよだれを拾い、これを土とまぜて泥の蛇をつくります。
なぜよだれが落ちてきたかというと、ラーは老いさらばえていて、マヌケに口を開けたまま船に乗っていたからです。(偉大な神も年とると介護が必要なようです…。)
日本の呪術でも、相手の髪の毛など体の一部を使うというものがありますが、エジプトでもそれは同じだったようです。
イシスは、ラーの体液から作り上げたこの蛇に魔法で命を与えると、太陽の船めがけてけしかけました。蛇は、ラーにくらいつき強力な毒を体内に流し込みます。
太陽の船を邪悪な蛇から守るのはセトの役目なのですが、このときの蛇は「神聖な蛇」と書かれていますし、おそらく結界は素通りだったのでしょう。ラーの体液から作られたものなら、邪悪とは認識されないでしょうし。
毒にやられたラーは苦しみもだえ、火のような暑さと氷のよう冷たさが交互に襲ってくる、と訴えます。しかし、誰もこれを癒すことが出来ません。
ここでも、癒しの魔法も使えるはずのトトが何もしていないのは不思議ですが、蛇はラー自身の体液から作り出されたものなので、毒もラー自身の力だったのでしょう。自分で癒すしかないのでしょうが、あいにくと太陽神さまの手持ちの魔法には、浄化魔法が無かったらしい。
そこでラーは、自分の血を引くイシスを連れてこいと命じます。
イシスは毒を癒やすふりをしながら、「この毒は、あなたの隠された真の名によってしか、癒すことは出来ない」と、囁きます。万物の父とされる太陽神の真の名を知ることは、万物を支配できるということ、つまり、蛇の毒なんかチョチョイのチョイで消せますよ…と、いうことです。
最初、ラーは言い渋り、いくつもの自分の別名をならべたてながら、真の名は決して明かそうとはしません。
でも結局、ガマンできなかったらしい。
やがて時がたち、毒の苦しみが耐え難いものとなってくると、ついに折れて、その名を自らの口で、イシスに伝えるのです。
彼女はその名を使い、太陽神の体を浄化してやりました。
そして、同じ名を、息子ホルスにも伝えたのです。
こうしてイシスは、ラーの真の名とともに、偉大なる魔術の力を手に入れました。彼女が最強の魔術の女神となったのは、このときからです。(そしてホルスも、魔法が使えるようになりました。もうセトに暗殺されそうになんかなりませんね。)
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余談ですが、エジプト神話には、ラーの血筋以外の神々や、ラーが生み出したのではない存在もかなり在ります。たとえば、原初の水から自然発生した蛇、アポピス。太陽の誕生以前から世界を創造していた八柱神や、不死鳥ベヌウ、自らを創造したとされるクヌム、プタハ、トト、タテネンなどの神。
そういった存在は、イシスの手に入れた言霊の力だけでは支配できなかったと、理屈では考えられます。イシスが万能の女神様になれなかったのは、まぁ、そゆこと。逆に言うと身内だけには必ず効く呪いなので、ホルスとセトの戦いの時もズルしてたと言えるかも。
【ワンポイント】
アメン神のエジプト語名は「イメン」です。(iをアと発音したらアメンになると。)
このお名前は「隠されたもの」とか「見えないもの」と訳されますが、大気の神だったから実体が見えなかったか、神官たちが意図して本質を隠そうとした秘儀の神だったのかもしれません。
ラーと並ぶもう一人の太陽神でありながら、太陽としての属性が無かったり、もともとどこの神様だったのかも分からなかったり、モントゥ神に代わって信仰されるようになった理由がよくわからなかったりと、謎の多いこの人。
太陽神話系列に入ってないってことは、たぶんこの人は「ラーの子孫なんかに支配されてたまるか!」ってスタンスで、支配外扱いをされていたのでしょうね。「中の人などいない」ではなく「真の名前など無い!」と。(イシス神官がOKと言っても、アメン神官団が認めなかっただろう。)
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