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中王朝時代 第12王朝

セベクネフェル女王

Sobkneferu/Neferusobek

在位年代;前1763-1760年
誕生名;セベクネフェル(セベク神は美しい)
即位名;セベクカラー(セベクはラーの魂)
マネトー名;スケミオフィリス Skemiophris
治世;4年

王朝の首都;イチイタウイ 埋葬地;マグスーナのピラミッド? 出身地;イチイタウイ

家族構成;父/アメンエムハト3世 姉妹/ネフェルプタハ、ハトホルヘテペト、ヌブホテペト、スィトハトホル 異母兄弟?/アメンエムハト4世

Data;
女性が王なので、碑文の定型句も女性形になっており、「ラーに愛でられし雌鷹」と呼ばれている。
アメンエムハト3世の娘だが、アメンエムハト4世とは直接的な血の繋がりを示唆する証拠がない。そのため異母兄弟(ただし父はアメンエムハト3世ではない)と推測されている。
トリノ王名表での統治期間は3年10ヶ月。

Background;
女性が王位につくのは後継者に問題があったことを意味しており、原則として王朝の終焉を意味する。(例外はハトシェプスト女王)
何らかの理由により、王位につくべき男子がいなかったようだ。
便宜上、12王朝はこの女王をもって終了することになっているが、次の13王朝の王たちは12王朝の王たちの命名規則を踏襲しているため、実際は王朝は続いている(何らかの形で血縁関係がある)と見ることができる。


1941年にセベクネフェル女王の像とともに発見された王の像には「ヘテプイブラー・アアムサホルネジュヘルアンテフ」という名が書かれていた。「アアムサホルネジュヘルアンテフ」は女王の執事長であった人物の名である。このことから、女王は家臣の一人を過度に取り立てたことから王座を追われた可能性も考えられている。なお、「アアムサホルネジュヘルアンテフ」という呪文みたいな名前は、

 「アアムサ」
 「ホルネジュヘル」
 「アンテフ」

と分けられる。アアムサは古代エジプト語でアジア人の息子という意味なので、外来系の人物ではないかと推測されている。
この王の王名を記した王笏は、北シリアのエブラからも出土している。