初期王朝時代 第6王朝
Teti
王朝の首都;メンフィス
埋葬地;北サッカラのピラミッド
出身地;メンフィス
家族構成;母/セシェシェト(シェシェティ) 妻/イプト、カウィト、ケンタカウェス、ウェレト・イムテス 息子/ペピ1世 娘/セシェシェト→メレルカと結婚、ネブティヌブケト・セシェシェト→カゲムニと結婚、インティ
■第五〜第六王朝の変遷について
テティの次に即位するウセルカラー以降の王たちは名前に太陽神ラーの名が入っているが、第六王朝創始者のテティにはラーの名がどこにも入っていないため、直接の血の繋がりは無かった(テティ自身は王家の出身ではなかった)という説がある。
彼が王家出身でなかった場合は、世継のいないウナス王の没後の後継者不在の混乱を、テティがウナス王の娘・イプト王女と結婚して正当なる為政者となることで解消されたのだと考えられている。
■時代背景
北方ビブロスや南方ヌビアとの交易により、国を発展させたようだが、第六王朝以降は次第に国威が衰えてゆき第一中間期へと向かう下り坂の時代。
この時代から王家と血縁関係を結んだ重臣たちの大規模な墓が目立つようになっていく。テティの娘・セシェシェトの婿となった宰相・メレルカは王に迫る権力を持っていたようで、サッカラで最も大きな、立派な墓を持っている。もう一人の娘と結婚したカゲムニも同様。
そのため、王朝衰退の原因の一つは、家臣たちに権力が分散し、地方が王権に反逆するようになったせいだと考えられている。
▲ピラミッドデータ:
サッカラ、真正ピラミッド
王妃たちの分もふくめ、おびただしい量のピラミッドを建造した王様。
母シェシェティのピラミッドは2008年に発見されている。
昨年発見の118基めのピラミッドから、シェシェティ女王のミイラ発見。
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