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初期王朝時代 第4王朝

クフ

Khufu


在位年代;前2509-2483年
即位名;クヌム・クフ(クヌム神に護られしもの)
ホルス名;メジェドゥ(討つ王)
マネトー名;サフィス1世 Suphis
他のギリシア語名;ケオプス Khêops,Cheops (ディオドロスの呼称)
他の名称 ;ソフェ Sofe
アラビア語;サウリッド Saurid、サルフーク Salhuk
治世;27年(※1)


王朝の首都;メンフィス 
埋葬地;ギザの大ピラミッド? 
出身地;メンフィス

家族構成;
父/スネフェル 母/ヘテプヘレス1世 妻/メリタテス、ヘヌトセン 他2人
息子たち/ジェドホル、カワブ、カフラー、ジェドエフラー、クフカエフ
娘たち/ヘテプヘレス2世、メルサンク2世、カメレルネブチ1世


ギザにピラミッドを建てたのは、クフ王が最初だった。それまでの王たちとは違い、ピラミッドを複数建てることはせず、一基だけだったようだ。
どういうわけか後代の歴史では評判が悪く、中時代になると、彼のせいで王朝が交代したという伝説も造られているが、何故なのかは謎。王朝交代を正当化するためだったのでは、という説もある。
→参考: 「ウェストカー・パピルスの物語」
実際には、息子のジェドエフラーも同じくらい巨大なピラミッドを作っているし、複数ピラミッドを作らせているジェセル王のほうが運ばせた石材の総量は多い。

「エジプトの民に救いをもたらす聖なる書」を書いたというややオカルト的な伝説もあるが、学者的な王だったかどうかは不明。巨大な建造物を残していながら、記録の少ない王である。

なお、マネトーの記録によると、ピラミッド建造にかかった費用は銀1600タラントン、現在の相場で750万ドル以上に相当するというが、もちろんクフ王の時代には貨幣はなく、労働者などの人件費は国内需要で回していたため、この計算はあまり妥当とは言えない。


シナイ半島へ遠征、ベドウィンの勢力を抑えてトルコ石の採掘場を確保。また、南部支配を固め、アスワンから赤色花崗岩の切り出しを行っていた。2013年には、古王国時代の港のあとが紅海沿岸で発見され、クフ王の名前の記されたパピルスが見つかった。

参考記事>>クフ王時代のパピルスが見つかったそうな。

このパピルスにはカルトゥーシュに囲まれた即位名の「クフ」と、セレクに囲まれたホルス名「メジェドウ」が併用されている。

※1 また、このパピルスにより、従来24年とされていたクフ王の治世が最低でも27年までは続いていたことが確認された。
マネトーによるとクフ王の治世は63年となっている。さすがにそこまで行かなかっただろうが、現在のところ結局治世何年まで続いていたのかは不明。


▲ピラミッドデータ:

ギザ、大ピラミッド
古名「クフは地平線に属する」
元の高さ:146.6m(現在の高さ 138.75m) 底辺:230.37m 傾斜角:51度50'40''
推定体積:2,521,000立法メートル

おまけ:

クフ王の肖像
「太陽の船」が太陽の船ではない可能性について
クフ王はトリュフを食べたか 調べてみたら…
クフ王の大ピラミッドと「女王の間」のシャフトの終端位置
梅雨時日本列島をエジプトで体験出来る場所がある…なんとそこは


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