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初期王朝時代 第2王朝

ヘテプセケムイ

Hetep-sekhemwy


在位年代; 紀元前2723年-?
ホルス名;ヘテプセケムイ(王権において満足する)
即位名;ヘテプ(満たすもの) Hetep
マネトー名;ボエトスBoëthôs
治世年; 25-29年

王朝の首都;メンフィス  
埋葬地;サッカラ(アビドスにも墓は作っていた) 
出身地;ティス
家族構成;不明

この時代、ヌビアのエジプトに近い地方で人口が減少。それに伴い、エジプト王朝のヌビアでの活動が活発化するが、二つの現象の因果関係はわかっていない。

この王の遺物はサッカラとアビドス双方から発見されている。マネトーは在位を38年としているが、現在までの証拠としては30年目以降のものはないため、実際の即位年は30年以下と見積もられている。

第二王朝について

第一王朝から第二王朝へは、国内の政治的な意味では特に大きな変化があったわけではない。
ただ、第一王朝に比べ記録が少なく、最初の五人の王たちについてはデータがほとんどない。
ヘテプセケムイ、ラーネブ、ニネチェルについては、これらの王たちに仕えたヘテプ・ディフという人物の彫像に名前が刻まれている。

第二王朝になると殉死の風習が消えることから、何らかの宗教的・思想的な変化があったことは予想される。
のちの古代エジプトの伝統がだいたい出揃い、固まるため、近年では、このあたりの時代は古代エジプトの文化・伝統に大きな影響を与えた可能性のある時代として研究されるようになって来ている。


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