ヴォルスンガ・サガ/ワルタリウス

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ここから先は「ニーベルンゲンの歌」と大体にして流れは同じなのだが、「ニーベルンゲン」を先に読んでおんと、興味深い違いに気がつく。

まず、シグルドからプリュンヒルトのことを聞いたグンナルは、ぜひ会ってみたい、気に入ったら結婚したいと言って求婚の旅に出るのだが、そのときついていくのが、ダンクワルトとハゲネの2人ではなく、ヘグニ(ハゲネ)とシグルドとシドレク(ディエトリーヒ)。どういう組み合わせなのか。
こんな面々を前にしてブリュンヒルトもさぞかし気まずかったであろう。

しかも、こちらの物語ではシグルドと結婚の約束をしてはいないはずの彼女は、いつのまにか婚約をした気になっており(…)、シグルドが既に結婚していたことを知ると勝手に怒り出す。
他の物語と混同して、かなりイヤな性格になってしまったようだ。

とりあえずグンナルとの結婚は承諾したブリュンヒルトだが、初夜の床で夫たるグンナルを拒むのは「ニーベルンゲンの歌」と同じ。しかし、助けを求められたシグルドは、彼女を取り押さえるだけではなく、やらんでもいいこと(つまり…"女性"の征服)までやってのけてしまう。

ブリュンヒルトは、そうとは知らず、最も愛する男に犯され、しかも愛しくない男の妻にされたことになる。これで、彼女の運命は、かなりの悲劇性を帯びてきた。

ほんの些細な違いなのだが、この些細な違いが、それ以降の物語の「意味」を大きく変えてしまう。
クリエムヒルトとの言い争いのシーンで、クリエムヒルトはブリュンヒルトに「あなたを最初に愛してあげたのは、私の夫です」と、大衆の面前で言い放つ。
「ニーベルンゲンの歌」では、そのような事実は無いのに言っているわけだから、まだ救われるが、「シドレクス・サガ」では冗談抜きに事実が存在してしまうので、大変である。夫だと思っていた初夜の相手が、なんと別の男だったと、大衆の面前で暴露されてしまうのだから。プライドも地位も高い王妃が、そんなことを言われた日には、それはもちろん必然的に、本人たち同士の女の戦いではなく、夫たちの男のメンツをかけた戦いにもなるわけで。

王妃が侮辱されたことを知って、怒れる忠臣(ここではグンナル王の異父弟)ヘグニは、報復のためにシグルド暗殺を決意する。王妃を泣かされては、騎士としては黙っておれない。
顛末は「ニーベルンゲンの歌」と同じである。ヘグニはシグルドを暗殺し、悲しみにくれるクリエムヒルトの胸に復讐心が生まれる。


夫を殺されたクリエムヒルトは、フン族の王アッティラに嫁ぐ。「ニーベルンゲンの歌」と違い、挙式は彼女の故郷、ニフルンガの都ウェルニツァで行われる。

【アッティラは、ニーベルンゲンの歌のエッツェルに対応する。ニーベルンゲンでは、クリエムヒルトの再婚式は夫の都で行われたが、シドレクス・サガでは、妻の都つまりクリエムヒルトの故郷で再婚が行われている。】

挙式のあと、新しい夫とともに異国へ向かう彼女の胸には、当然、復讐の炎が燃えていた。もともと自分が言ってはならない秘密を口にしてしまったせいもあるが、だからって泣き暮らすほど、弱い女性ではないのだ。
夫をそそのかし、グンナルたちを国へおびきよせればおびただしい黄金が手に入るともちかける彼女は、「ニーベルンゲンの歌」の場合よりも恐ろしい。

招待の知らせを受け取ったとき、ヘグニだけがこの企みに気が付いた。
彼は皆を止めようとするが、グンナルはどうしても聞き入れてくれない。母后オーダ(「ニーベルンゲン」ではウオテ)は、出立前に悪い夢を見たことを告げ、止めようとするが、これも聞き入れられない。
ヘグニは親友のフォルケールとともに軍を整え、出立の準備をする。
ここからの流れは、ほぼニーベルンゲンの歌と同じになっている。

【ちなみに、この物語は元テキストが「1250年ごろの編纂」とされている。「シドレクス・サガ」がまとまった物語として書き直されたのは、「ニーベルンゲンの歌」が作られた後なのだ。そのため、「ニーベルンゲンの歌」の一部を取り込んで、新しく作りなおされた部分が存在するのである。
もともとのシドレク伝説にはフォルケールは登場しないが、ここでは、書きなおされる段階で付け加えられたのだろうと考えられている。】


ヘグニが川で出会った水の精から不吉を予言されるのも、辺境伯ロディンゲル(リューディガー)の城に招かれて、シドレクに再会する。
シドレクは、ブリュンヒルトに求婚する旅についていったあと帰国していたのだが、そのあと叔父エルムリッヒに追われており、亡命して辺境伯の城に身を寄せていたのだ。(この辺りの話については、「ディートリッヒ伝説」のほうでどうぞ。)

このシーンで登場する人物も話の展開も、「ニーベルンゲンの歌」とほとんど同じだ。グンナル側にはギーゼルヘル、ゲールノートの2人がおり、シドレクのもとにはおなじみのヒルデブラント師匠がおり、アッティラ側にはブレーデリーンやイーリンクの名が見受けられる。

些細な違いはというと、戦いの始まりが、ブレーデリーンによるダンクワルト襲撃ではなく、(ハゲネの弟・ダンクワルトは、この物語には登場しないようだ。ハゲネが王の異父弟になっているせいか)クリエムヒルトが、アッティラとの間に出来た幼い息子にヘグニの顔をひっぱたかせることだということだった。

そんな子供のイタズラみたいなもので戦いになるものか疑問だが、何か煽るようなことがあったのだろう。ヘグニが挑発に乗り、かくしてニフルンガル族とフン族の間に激しい戦いが始まった。
シドレクはあくまで中立の立場を取っている中、グンナルはアッティラの甥オージト(?)によってさっさと捕らえられ、蛇穴に放り込まれて落命。弱い。

さらに翌日になり、ふたたび戦いが始まると、イーリンクはヘグニによって倒され、ロディンゲル(リューディガー)は娘婿のギーゼルヘルによって倒され(「ニーベルンゲン」ではゲールノートと相打ち)る。

これを見て、ロディンゲルに恩のあるシドレクとヒルデブラントが参戦し、なんとシドレクがフォルケールを討ち取り、ヒルデブラントがゲールノートとギーゼルヘルを討ち取ることになる。

シドレクとフォルケールは拙いだろう。
…いやあの、個人的なアレですが。

ただひとり残ったヘグニを捕らえるのはシドレク。
しかし、こちらの物語では、ヘグニは殺されない。復讐に燃えるクリエムヒルトの悪鬼のような姿を見たシドレクは、もはや人の心を失っている彼女を成敗するとともに、深い傷を負ったヘグニを逃がしてやる。

一族の中、生き残ったのは、彼ひとりだけだった。





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