「歌人にして戦士」たるオシァンは既に高齢で失明しており、一族もみな、数々の戦で死に絶えていますので、物語の中に登場する人々は、みな過去の人です。死者は石積みの下に葬られますが、オシァンとマルヴィーナ以外の人々は、みなその下にいるのです。
「オシァン」とは、雲間から光の差す草原に、無数の灰色の石積みを眺めながら、墓に眠る人々の思い出を一つ一つ語ってゆく思い出語り集なのです。
★ここでワンポイント!
「過去の人々の様々な思い出」ということは、その人ごとに別々の歌が語られるということです。
その歌ごとに別々の原典から取ってきたのだろう、オシァンがオムニバス形式の歌集なのだろう――と、いうことが容易に想像がつくでしょう。オシァンの単一原典が存在しない、というのは、そういうことです。
マクファソンは、集めた歌を時系列になるよう並べ、全体が一つの物語になるよう、多少の辻褄あわせも加えて仕立て直していると思われます。
オシァンは昔を懐かしみ、マルヴィーナに、オスカルの母となるエヴィル・アーリンに求婚した時の話をする。
エーリンでの戦いで、エヴィル・アーリンの亡霊がオスカルの危機をつげ、オシァンは救出に向かう。フィンガル王は丘の上から戦いを見守っていたが、ガルが窮地に陥っているのを見て速やかに救出に向かう。激しい戦にロホラン勢は倒れる。
歌人カルルから戦況を告げられたクフーリンは、フィンガル王にカーバッドの剣を捧げてくるようにと託す。
クフーリンとコナルの見ている前で、フィンガルとスワラン両王の戦いが始まる。すさまじい激突の末、フィンガルはスワランを捕らえる。また、情けをかけられることを潔しとせず、瀕死の重傷を追いながら戦いを挑んだオルラも倒れる。戦勝の宴を開こうとするが、フィンガル王の末子、ローネの姿が無い。戦場に倒れたローネを悼み、ラーヴ・ジェラクとウリンの石積みの傍に眠らせる。
クフーリンは、自分が戦に破れたことを嘆き、歌人カルルをオシァンのもとに遣わす。カルルは、オシァンの妻エヴィル・アーリンの思い出を語るが、オシァンは亡き妻の話をしないでほしいと言う。
戦勝の宴。戦に破れたことで沈んでいるスワラン王を慰めるたるため、歌人ウリンは宴を盛り上げる遠い昔の歌を歌う。
フィンガルの祖先、トレンモール王がロホランへ行き、帰国しようとしたとき、ロホラン王の妹イネヴァーカが男装してたずねてくる。コルレという男に愛されているが、嫌いな相手なので匿ってほしいという。トレンモールはコルレに戦を挑むが相手は現れない。ロホランの王は、妹をトレンモールに与えた。という歌だった。
またフィンガルは、かつて自分が愛した王女、アアイ・ネヘカがスワランの妹であることを語り、王の気持ちを落ち着かせ、海の向こうへと送り返す。その後、クフーリンを慰める宴が開かれ、フィンガルもまた、自分の国へ帰ってゆく。
エーリンの王、コルマクがカラバルのはかりごとによって殺され、フィンガルはカラバルを攻める。勝ち目が無いと思ったカラバルはオスカルを偽りの饗宴に呼び寄せる。カラバルはオスカルに槍を渡せと迫るが、オスカルはコルマク王にもらったタイモーラの槍を手放すなど出来ないと答え、たちまち戦いになる。カラバルが隠れて放った槍はオスカルを貫くが、オスカルもまた、槍でカラバルを刺し殺す。
夜になり、コルマク王の歌人アルハンが訪れ、コルマクの最期を語り、カラバルの弟カーモールが復讐にやってくるだろうということを告げる。
第二の歌
夜になり、息子オスカルのことを思っていたオシァンは、異母弟フィランの姿が見えないのに気づき、探しに行く。フィランが偵察に行こうとするのを止めたオシァンは、たとえ息子が倒れても父は覚えている、という話をし、祖先トラーハル王の弟、コナルが、かつてアイルランドの王として招かれた時代、トラーハルの息子コルガルの倒れたことを語る。そこへ敵の近づく音がする。オシァンは火を焚き、カーモールの軍勢を牽制する。
歌人フォウナルは、カーモールにクローハル王の昔語りをするが、戦場から退いた王の話などするなと追い払われてしまう。寝付けないカーモールはひとり盾を手に立ち上がる。誰かの近づくのを感じたオシァンも出てゆき、二人は互いに闇の中で出会う。カーモールは、兄カラバルが歌も歌われず(=きちんと葬式をされず)、石積みの下に眠っていることを語り、彼のための頌歌(ほぎうた)を歌わせて欲しいという。オシァンが許すと、喜んだカーモールは自らの剣をオシァンに渡して去ってゆく。
翌朝、カルルは太陽の顔に不吉が見えると語るが、オシァンは、太陽の顔に陰りなど無い、カラバルのために歌ってやれと言う。
第三の歌
そして、いよいよ決戦が始まる。フィンガル王は、これが自分にとって最後の戦場であると宣言し、オシァンとともに丘の上から指揮をとる。モルニの長男ガルが先陣をきり、フィランがそれに続く。歌人たちが声を張り上げて戦意を呼び起こす歌を歌う。
戦の中、老齢の歌人コナルが倒れる。フィンガルはオシァンに命じて、コナルの若き日の歌を歌わせる。戦いの後、歌人たちの歌う歌が響いている。
フィンガル王は、息子フィランの戦功をほめるが、戦いの時、一人で突っ込みすぎた、いつも背後に戦士がいるようにしろ、と諭す。
第四の歌
フィンガル王はフィランに、自分の若い頃の話をする。それは、アイルランドからコナルが助力を求めてきたのに応じ、アイルランドへ行って、王子カラバルとともにコルク・ウラヴと戦い、妻として王女ロスクランナを得た時の話だった。自分は軍に支えられて戦ったので勝利を得られた、一人で闘う者に長い栄誉は得られない、と諭す。
一方カーモールは、歌人フォウナルの歌を聞きながら落ち着かないでいる。傍にはクーン・モール王の娘スール・ヴァルが控えている。彼女は男装してついてきたのであった。勇士ヒダラは、戦場で倒れた者たちのために歌うことを求めるが、フィランは苛立ち、それを許さない。二人の争いに苛立ったカーモールは人々を追いやり、一人横になる。フォウナルの歌う頌歌(ほぎうた)も耳に入らない。
やがて夢の中にカラバルが現れ、カーモールの死を予言する。カーモールは目を覚ますが、逃げることはすまいと思う。
外に出たとき、眠っているスール・ヴァルが目に留まる。男装していたため、これまで彼女と気づいていなかったカーモールは驚くが、今は心を乱すときではないと考え、そのまま戦場に出て行く。目覚めたスール・ヴァルは亡き父に語りかけ、頼りにするカーモールが倒れた時は、自分を空へ呼んで欲しいと呟く。
第五の歌
再び戦いが始まる。エーリン勢はフォルダが率い、カーモールは丘の上にいて戦を眺めている。傍にはスール・ヴァルが立っている。
フィンガルは、ガルに息子フィランを守って欲しいと頼む。ガルは前の日の戦闘で手を射抜かれており、剣を持てないので盾を手にしている。セルマ勢ではフィランが活躍するが、エーリン勢ではフォルダが次々とセルマ勢を破る。フィンガル王の甥、ディアルマッドが傷つき、味方が壊走する中、駆けつけたフィランはフォルダを倒す。駆けつけたマルホスはフォルダに、石積みはどこに作ればよいか尋ね、フォルダは一人娘のジァールサ・レーナのことを口にして息絶える。オシァンは、フィランの倒れることを語る。
第六の歌
フィランが危機に晒されているのを見たフィンガルは、オシァンに命じて助けに行かせる。カーモールが武具をつけて丘を下りてくる。戦いのさなか、カーモールの周りにエーリン勢が集まり、味方は敗北してゆく。オシァンが近づくより早く、フィランとカーモールはぶつかり合い、辿り着いたときには既に遅い。フィランは力なく倒れており、自分の負けたことを嘆きながら息絶える。オシァンは悲しみがら戻る。
息子の倒れたことを知ったフィンガルは、明日は自分が闘おうと言う。
一方カーモールは、壊走する敵を追ううち、洞窟に横たえられたフィランの遺体に気づく。傍には猟犬のブランが番をしている。彼の気持ちは沈み、一人で眠る。スール・ヴァルは、そっと悲しみの歌を歌う。
第七の歌
夜、眠っていたフィンガル王は、夢枕に立つフィランを見て飛び起きる。盾を打ち鳴らすが、カーモール王は頓着せず眠っている。スール・ヴァルはそっとカーモールを起こしにゆき、フィンガル王を恐れる言葉を口にする。カーモールは安心させようと語り、戦いが終わるまで、ローンに住む歌人のもとに行っているようにと諭す。話が終わると、カーモールは盾を叩いて手勢を召集する。
一方スール・ヴァルは、言われたとおりローンへ向かおうとしていたが、何度も振り返り、涙を流し、カーモールが見えなくなったところで倒れ伏す。
第八の歌
フィンガル自らが戦場に出る。打ち沈んでいるガル、ディアルマッド、カルルを激励し、亡きフィランを思い、行軍する。やがてエーリン勢と出会い、両群は海のように激突する。激戦の中で多くの者が倒れる中、カーモールもフィンガルの剣に倒れる。
フィンガルは、駆けつけたオシァンに槍を手渡し、自分は戦から勇退する、と告げる。
洞窟で待っていたスール・ヴァルは、戦の音が止んだのを知り、丘を見て、下ってくるカーモールの亡霊を見て嘆く。
アルホ王が到着し、宴が張られる。フィンガルは、国へ戻ろう、と人々に言う。
高齢となったオシァンのもとに、亡霊のクーン・ラーフが現れ、いつまで自分たちの頌歌(ほぎうた)が歌われないのかと尋ねる。盲目のオシァンは勇士たちの姿が見えないと言い、竪琴に過去を見せて欲しいと願う。やがて若きトスカル、高齢のフェルグー、涙を流す娘グーホウナの姿が蘇る。攫われたグーホウナを取り戻すため、クーン・ラーフはイー・ホウン島でトスカルに戦いを挑み、ともに倒れたのだ。
愛するクーン・ラーフに逢えるだろうかと尋ねるグーホウナに、オシァンは逢えるだろうと答え、自分に話しかけないで欲しい、と嘆く。
わが高殿に声を聞かせないでほしい 夜の亡霊とともに眠らせてもらいたい
悲しいことに、自分には、無用の体が高齢に打たれ寒い暗い石積みの中に落込み、
山の上を歩く自分の姿が見られなくなり皆のところへ歓んでゆくまでは
どうしても仲間のことが忘れられない
…こうして、「オシァン」は幕を閉じる。