アイスランド・サガ −ICELANDIC SAGA

サイトTOP2号館TOPコンテンツTOP

古き神々とキリスト・2

詩人ハルフレッドの場合



 難物詩人と呼ばれたハルフレッドは、オーラーヴ・トリュグヴェソン王をこの世の誰よりも愛して、この王に対する愛のゆえに洗礼を受けていた。
 しかし、彼の心情の中では常に、ひそかに古い慣わしを懐かしくも思っていて、彼に詩才を与えた神(オーディン)や、かつて称える歌を作った神々が罵られるのを聞くのを、決して好まなかった。
 彼は言った―――人々が神を信じないからと言って、その悪口を言う必要はない、と。
 そしてある日、広間の中で古い習慣が罵られた時、彼は思わず、次のような内容の小詩を口ずさんだ。

 「かつて、我は喜んでフリッドスキャルフの主(オーディン)を礼拝し、彼はまた、遅滞なく我に答えてくれた。ところが今は、人々は別の習慣を持ち、別の幸福を持っている。」

 これを耳にした王はいたく怒り、彼の詩人ハルフレッドに要求した。この悪い詩を償うような他の詩を作るように、と。するとハルフレッドは歌った。

 「オーディンを喜ばすため、人々は全世界で歌った。われらの古い兄弟の詩は美しく響く、愛情を憎しみに変えるのは困難だ―――彼の導きは我にとって心地よく、貴重なものであったのだから。しかし我等は今、そう、キリストに仕えている。」

 つまり「出来ない」と言いたかったのだろう。しかし王はこれを良しとせず、ハルフレッドが古き神々に執着していることをなじり、もっと良い詩を作って自分の怒りを静めるよう要求した。
 詩人は仕方なく三度口を開いた。

 「我はオーディンの名を否定した。かつて異教の時代にあっては、人は勝利を与える彼の大鴉に挨拶をしてその名を呼び、神はずる賢くも座ったまま、戦士たちを鍛えていたのに」

 オーラーヴ王はまだまだ満足しなかった。もっと良い詩で神々を愚弄しろと強いた。詩人の顔はさらに険しくなり、言葉は割れた――

 「フレイとフレイヤが我に怒るなら怒るがいい、ニヨルドの聖なる森が我から遠のくがいい。オーディンとトールが呪いの魔法をかけるがいい。そうなったら我はキリストと神の慈悲を請うまでだ。神の子の怒りは、我には重くて耐え切れない。なぜなら彼は、彼の父から、地上のすべての力を託されたのだから。」

 それはよい詩だ、と、王の怒りも少し和らいだ。しかし、さきの悪い詩を贖うためには、さらにもう一篇の詩が必要だと要求する。そこで、ハルフレッドは続けた。

 「われらの王は、人々が犠牲をささげるのを禁ずる慣わしをもつ。すべてのノルンらの言葉は、以前は貴く、また神聖なものだったが…今は何物にも数えられぬ。万人が、オーディンの一族を見殺しにする。我はまた、キリストに祈るためニヨルドの一族を見捨てなくてはならない。」


 オーラーヴ・トリュグヴェソンが彼の最後の告白に満足したかどうかは、記されていない。しかし、ハルフレッドは先のエイヴァンドのように新しき神々に逆らうことはしなかった…かつて、祖先のごとく、勇敢に戦い、生きた戦士の彼でさえ、新しき神の支配に抗うことは出来なかったのである。

 だが、洗礼を受けて以来、ハルフレッドは常に不安を抱え、臨終の際まで、心の中にある秘密の信仰を捨てることは出来なかった。
 彼の魂の悩みは、ここに記されている。

 「もし我が魂が本当に救われてあることを知るならば、いま我は、嘆くことなく死にうるものを。若き日には、我は鋭き舌を持てり。我は万人が死すべきを知る。また我は、ただ一事を除いて我が何物をも恐れざるを知る。その一事とは地獄なり。されど神は、我が何処に生涯を終えんも、その場所を支配し給うべし。」



戻る