北欧神話−Nordiske Myter

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−スリュムの歌・つづき−


 …と、いうわけで、どうやら取られた槌は巨人族の国にある、どうにかして取り返しに行かなくてはならない、ということが分かり、意気消沈モードの雷神殿。
 「なー、そんな落ち込むなって。オレがひとっ走り行って、様子見て来てやるからよー。」
 「…様子? どうやってだ。」
 「決まってンじゃん。フレイヤに羽衣借りるんだよ。あれを着れるのはオレしかいないし。お前は…って、無理かそのガタイじゃ(笑)」
女神フレイヤとフリッグだけが持つ、鷹の羽衣は女性用。なので、トールさんにはちょっと着られません。

 「でもなあ。そうなると、フレイヤにも理由を話さなきゃならんだろう。」
 「じゃフリッグにするか?」
 「…フレイヤのほうが、まだマシだ」(即答)
オーディンの妻であるフリッグに頼みに行けば、間抜けにも武器をなくしてしまったことが主神どの(オーディン)に聞かれてしまうかもしれません。なんせオーディンって、鴉の密偵放って、のぞき見用の玉座に一日中座ってるようなヤな人だから(笑)
 でもサ、もし昼寝してたときオーディンが玉座にいたら、もうとっくにバレてるわけだよね…?

 とにもかくにも、2人はザクザクとフレイヤの館にやって来ました。
 「あら珍しい。あなたたちが一緒に来るなんて?」
今日はご機嫌らしいフレイヤ嬢が、ブルーな気分の雷神と、上機嫌な不良神を迎えてくれます。
 「…で、用件は何かしら」
 「実は。」
トールは、これまでのあらましを、かくかくしかじかと打ち明けました。
 途端。
 「あっははは! なぁ〜にぃ〜? アンタ子供じゃあるまいし、寝てる間になくしちゃったのぉ? バッカじゃな〜い?」
(ぐさっ)
 「おいおい、そう笑ってやるなよフレイヤ。たとえトールが大事な槌をほっぽりだして道端で寝てたって、そこまで笑ってやるこた無いだろ〜?」
(ざくっ)
 「やっだもー。それで一人じゃどうしようもなくなって、ロキに頼ってるの? ま、そうよね。アンタ目立つし、丸腰でスリュムの国なんか行ったら、絶対帰って来られないわね♪」
(どしゅっ)
 本日2回目。脳天に殴打を食らってトールさん息も絶え絶え。

 フレイヤもやっぱり、人の失敗が楽しい、ちっょぴりダークな人でした。(北欧神話の神様たちって、こんなんばっか)
 「あはは。久々に笑いすぎちゃった。いいわよ、そういうことなら、あたしの羽衣を貸してあ・げ・る。でも無くさないでねぇ?」
 「わーかってるって。ほんじゃ、ちょっくら行ってくるわ。」
と、ロキは借りた羽衣身にまとい、ぐったりしたトールさんを置いて、さっさとお空へレッツゴー。慣れたもので、女物の衣を纏って巨人の国目指してまっしぐら。

 「んー♪ ひっさしぶりぃ。やっぱ空はいいねぇ〜」
 などと呑気に飛んでいると、巨人スリュムが丘の上に座っているところを発見しました。
 とても分かりやすい。
 手にはさみを持って、愛馬のたてがみを切りそろえてやっています。足元には愛犬たちが鼻をならしてじゃれついています。
 「こらこら、ペス。そんなにじゃれつくんじゃないよ。あとで遊んであげから。はっはっ…こら、よしなさいv」
マイホームでくつろぐ日曜の家庭、微笑ましい昼下がり風景のようなシーンですが相手は巨人さん(人類&神々の敵)です。
 たぶん、この巨人さんは、かなりデカいサイズだったのではないかと思ってみたり。
 「あー、こほん。」

ロキは、微笑ましい場面に釘を刺すように、ゆっくりと降りていきました。
 「よお、スリュム。お楽しみのところ申し訳ないが」
 「なんだ。ロキではないか」
2人は旧知の仲のよう。と言っても、仲が良かったわけではないようです。
 知り合い→遊び道具、のロキさんにとって、古くからの友人であっても、隙あらば弄んでしまおうという危険な目論見でイッパイ。
 とはいえ、ロキさんは巨人族出身だし、しょっちゅうアース神にイタイ目を見せている人なので、敵の敵は友人というわけで、スリュム的には、悪い思いは抱いていなかった様子。

 「1人とは珍しい。また何かやらかして、逃げてきたのか。それとも、アース神のところで何かあったのか?」
 「またまた〜。とぼけちゃって。知ってるんだろ? あのお間抜けなトールが道端で居眠りぶっこいてる時にさ、あいつの武器を取り上げたって話じゃないか〜。」

 「そういうことか。そして奴らはお前を使いに寄越したのだな。なら話は早い。」
 スリュムさんは、ニヤリと笑って言いました。

 「フレイヤを嫁に欲しいのだ。」
 「…は?」
ロキさんは、目をパチクリ。

 「オイオイ、お前もか?(なんかどっかの馬鹿が昔、城たてるかわりにフレイヤを嫁に寄越せとか何とかほざいてた気も) …ありゃ、既婚の子持ちだぜ?しかも旦那に逃げられて、今じゃ出戻り状態だぞ? 性格悪いし金遣い荒いし口も悪いぞ?」
 「構わん! あの、セックスィ〜☆ダイナマイツな美女以外に、わが傍らに侍るに相応しき女はおらん!!」
目がマジです。かなりマジ入ってます。スリュムさん。

 「白い犬の居る一戸建て庭付き! だが悲しいかな、わが愛しの妻となってくれる人がおらんとは。マイホームも建てた、昇進した、でもなぁ。やっぱ顔かなあ。この顔がなぁ…。出会い系サイトも最近ヤバいっていうし」
 「……。」
なんだかよく分かりませんが、巨人の王は本気で結婚したがっているようでした。
 「んで、フレイヤを嫁に寄越せば、ミョルニルは返してくれるんだな?」
 「無論だとも! その点、アスガルドにふんぞり返っとる、オーディンなんぞよりマシなもんだ。しかし、彼女を嫁にくれるのでなければ、他のいかなる条件も呑まん! そう伝えておけ」

 と、いうわけで、伝言を持って戻ってきたロキさん。
 今か今かと待ち構えていたトールさんは、彼が地面に降りる間も与えずに、さあ何があった、どうしたと、ぐいぐい質問攻めにします。
 「ちょっと待ってくれよ。こちとら、はるばる帰ってきたばかりだってぇのに。」
なんて言いながらも、ロキさんは全く疲れた様子はありません。いつものことです。
 「結論から言うと、奴は確かにあんたの槌を持っていて、フレイヤを花嫁として寄越すんじゃなきゃ、絶対に交換には応じない、ってさ。」
 「何…!」
これを聞くなり、トールの脳裏に、なんか嫌〜な思い出が呼び起こされました。

 思い起こせば、あれは×××年前。(いつのことだか、定かではない。)
 アスガルドの城壁を築くのに、巨人の大工を雇ったことがありました。
 その石工が条件として出したのは、もし期間内に施工が完了したなら女神フレイヤと太陽と月を寄越すように、というものでした。
 …しかし神々はその約束を守らず、工事をジャマしてわざと期間内に終わらないようにした挙句、妨害に気づいてキレた大工を、殴り殺してしまったのです。

 いや、神々っていうか、直接殴ったのはトールさんですが。ミョルニルで一発。

 「…トール? トーール? もしもし?」
 「え、あ、いや。今ちょっと遠い世界に逝きかけてた。…そうか。…ううむ。やはりこれは、あの女は巨人の嫁くらいがちょうどいい、という運命のお告げかもしれん。」
トールさんは腕組みをして、ひとり、深くうなづくばかりでした。

 羽衣を返しがてら、2人はいっしょに、フレイヤの館へ行きました。
 「フレイヤー、これ。返すぜ、どうもな」
 「あら結構早かったのねえ。それで? どうなったの。」
 「うむ。実は。」
ええっトールさん。いきなりですか?
 「フレイヤ。今すぐ花嫁衣裳をつけてくれ。
…無骨なトールさんに、たくみな言い回しなど期待したのが間違いでしたね。

 ゴゴゴゴゴゴゴ
 「…なん、ですって?」
 「スマン。俺の槌を取り戻すには、お前にスリュムの国へ嫁に行ってもらわねばならん。」
 「そーそ。まあ別に悪い条件じゃないと思うぜ。あいつ姉キはいるけど親はいないし。一戸建て庭付きだぜ〜? いまどき珍しいよ、ウン。資産家だし」
 「急な話で申し訳ないが…その、あれだ。槌を取り戻した後はお前のほうで、な、殴るなり蹴るなり足を舐めさせるなり、どうにでもしてくれて構わんから」
 「トールの旦那がここまで頭下げて頼んでるんだぜ〜? 滅多なことじゃないって。な? ここは一つ、ひと肌脱いで、いやむしろ全裸で行っても構わないくらいだ」
 「たのむっ! このとーりっ」
 「あんたたち…。」

ぷっつ――――ん。

 キレたフレイヤ女神は恐ろしい。
 その鼻息は目の前の机もフッ飛ばし、踏み鳴らす足は大地を揺らし、怒りのオーラで首にかけたブリーシンガルの首飾りもはじけ飛ぶ!
 「ふッざけてんじないわよォおらァ!(がっ、とトールの胸倉掴んでガクガクゆする) 誰が巨人の嫁になる、ですって?! じょーだんじゃないわッ、あーんな美しくも若くも無い、ぜんぜん好みじゃない男の嫁になれ、ですってぇ?! バカにしてんじゃないわよ!!」
 「キャー! や、やめて、お母様ー!」
奥の部屋から娘さんのフノスちゃん&ゲルセミちゃんが飛び出して来て、必死で怒れるフレイヤをなだめようとします。
 ああ、その様は、島の守護神モスラを鎮めようとする、双子の巫女さんにかくも似たり。

 「はッ!」
フレイヤ、構わず怒りの一撃。
 「ごふァ」
 ハイヒールでみぞおちに強烈なのを食らったトールさんは、ずるずると地面に崩れ落ち、そして…撃沈。

 「あ、ああ…。アース神族最強の男が…。」
 「ふんッ。おととい来なッてのよ。馬鹿男が」
ぱんぱんと手を払い、ナナメ上から見下したフレイヤは、娘たちを連れて去って行ってしまいました。
 あとには冷たい、北国の風。

 「…なあ、トール。」
沈んだまま、ピクリとも動かないトールの姿に、さすがに哀れみを感じたのか、ロキはポンと肩に手を置いて、珍しく裏心無く、言いました。
 「もう隠しててもしょうがないだろ。皆に言って相談したほうがいいと思うぞ?」
 「……。」
トールさん、観念したようです。
 「分かったよ。皆の知恵を借りよう。たとえ…このことで俺が、未来永劫、笑われようとも。」
すまん、息子たちよ。父のふがいなさを許せ。
 その時、トールの頬には、微かな涙が光っていたという。

−後半へ続く!


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