北欧神話−Nordiske Myter

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「ロキの口論」

罵倒されてみますか?


宴の場へ引き返して来たロキは、館の外で見張っていたエルディルとばったり鉢合わせる。エルディルが反応する前に、ロキは言った。…
ロキ 「エルディル、動くなよ。そのままで話せ。あいつら、中で何を話してるんだ?」
エルディル 「勝利の神々の子らは、自分の武器のことや武勇について語っておいででいす。中におられるアース神や妖精たちの中に、あなたを良く言うものは誰ひとりとしていませんよ…。(っていうか、僕の連れ殺したでしょアナタは)」
ロキ 「(無視。)ふーん、そいつぁぶち壊してやりたいな。奴らに騒動を持ち込んでやる。そして、彼等の蜜酒を台無しにしてくれよう。」
エルディル 「だ、駄目ですよ! エーギルの広間で恵み深い神々の上に非難と中傷を振りまこうなどとしては。そんなことをすれば、神々は、あなたの体でその汚れを拭い去ろうとするでしょうよ。」
ロキ 「けっ、イイ子ちゃんめ。お前も殺してやろうか? おいエルディル、お前じゃオレ様と言い合いしても勝てねーんだ。相手にならないね。」
ロキはエルディルを押し切って広間に入る。とたんに、楽しげに会話していた神々は口をつぐみ、渋い顔をしてそちらを見やった。ロキは、おどけて神々に言う。
ロキ 「ロプト(ロキの別名)が、はるばる喉を嗄らしてやって来ましたぞ。名も高い蜜酒を一杯、神々から所望するために。何故、ふさぎこんで黙りこくっておられるのか? おかしなことだ。この私のために席をしつらえてくださるか、退室を命じられるかすればよろしいのに。」
ムッとしたブラギが答える。彼は、オーディンの実子だった。
ブラギ 「お前のために席を用意するだと? 馬鹿げている。あれだけのことをやっておきながら、何をのうのうと。神々は、酒宴に誰を招けばよいのかくらい分かっている。」
ロキ 「へェ、言うじゃねーか。じゃ去れってことだな。…ときにオーディン、あんた、昔オレたちが血を混ぜたことを忘れちゃいないだろうな? 血の誓いは絶対だぜ。オレたち二人の前に運ばれたのでなければ、酒を飲むことはしないと言ったよな?」
オーディン 「…。ヴィーザル、立って、狼の父(ロキはフェンリル狼の父親だから)に席を用意してやれ。エーギルの広間で、この者があまりわしらに悪口を叩かぬように。」
オーディンの子のひとり、森を意味する名を持つヴィーザルは立ち上がってロキに酒を注いだ。だが、ロキは、その酒に口をつけるより早くなおも言う。
ロキ 「アース神に栄えあれ! アース女神に栄えあれ! すべての神聖な神々に栄えあれ! …奥のベンチに腰掛けている一人、ブラギを除いて。」
ブラギは少し慌てて言った。
ブラギ 「俺の馬と剣を、それから、この腕輪もやろう。だから、神々に遺恨を晴らしたり、神々を立腹させたりすることの無いように。」
ロキ 「笑わせるじゃねーか、ブラギ。馬も腕輪も、あんたの自由には手に入るまい? ここにいる中でいちばん臆病者で、戦に出ることも出来ぬ神が。」
ブラギ 「く…。これが外で、エーギルの広間にいるのでなかったら、お前の首などこの手にぶら下げてくれるのに。貴様の嘘っぱちなどいつものことだ。皆、分かっている。」
ロキ 「そいつは、どうかな? なんなら外に出て戦ってもいいんだぜ、オレは。お前みたいな椅子飾りが相手になれるもんならね。勇気のある者に遠慮は無用だ。」
そこへ、ブラギの妻イズンが割って入る。
イズン 「ブラギ、実子と養子(ロキはオーディンの養子)の間柄ではありませんか…。エーギルの広間で、ロキを悪く言うのはお止めなさい。」
ロキ 「黙れ、イズン。あらゆる女の中で一番の××(よくない女性の意)はお前だ。てめぇの兄貴を殺した男を、きれいに磨いたその腕で抱いたのだからな。そんな女に庇われるなんて、オレの恥だ。」
イズン 「ま…。言いたい放題だこと。でもここでロキの悪口を言うのはよしましょう。私は、麦酒で陽気になったブラギをなだめたいだけ。腹立ち紛れに殺し合いになるのは嫌ですからね。」
そこへ、女神ゲフィオンが口をはさむ。
ゲフィオン 「ちょっとアンタたち。なんだってアース神が二人してここで言い合いしなきゃならないんだい? ロキは自分がふざけてるのくらい分かってる。こいつは神々が嫌いなんだ、いつものことさ。」
ロキ 「邪魔だ、ゲヴィオン。お前を誘惑した男の察しはついているんだぜ? あの生白い男はお前に首飾りをくれ、お前は太ももを上に載せたっけな。」
ゲフィオン 「(ためいき)あーあ、人の男の好みまでとやかく言い出すと、あんたもオシマイだね。どっかのジジィじゃあるまいし。」
オーディン 「ロキよ…。ゲフィオンを怒らせようとするとは、正気の沙汰じゃない。(後が怖いんだこの女神は)彼女は、わしと同じように人間の運命を知り尽くしておるのだ。(知らないぞ知らないぞ…後でドツかれるぞ…。)」
ロキ 「なんだよオーディン。アンタは人間たちに勝利を公平に分けてやることも出来ない、身内びいきの器の小せぇ神のくせに。勝利を与えるべきではない臆病者に、あんたはどんな姑息な手段で勝利を与えた?」
オーディン 「なぜそんなことを言う。ならばわしも言わせてもらおう、お前だって、8年もの間、地下で乳絞り女になって、しかも子供までこしらえただろう。このニューハーフめ。いやオカマちゃんか。全然男らしくないではないか。」
ロキ 「ふふーん。アンタこそ女くさいじゃねーか。サームス島で、あんたが魔法を使うのを見たって話を聞いたぜ。巫女みたいに魔法を使い、魔女の格好をして人間たちのところへ行ったって? 魔法ってのは、女が使うモンだぜ。男は剣だ。勝利のためなら男の誇りを捨てるのかい。情けないねェ。」
見かねた、オーディンの妻フリッグが間に入る。
フリッグ 「お止めなさいはしたない。お二人の運命のこと、昔、お二人がなさったことなど、今さら人前でお話になることではありませんよ。過ぎたことは過ぎたこととして、水に流しましょうよ。」
ロキ 「へェ、言ってくれるねフリッグさんよ。あんた昔、フィヨルギュンの娘で、男狂いの女だったよな。なァ? ヴィズリル(オーディンの別名)の妻よ。あんたはオーディンのふたりの弟、ヴィーリとヴェーさえかどわかして胸に抱いたじゃねーか。」
フリッグ 「なっ…(真っ赤になる) な、なんてことを。いま、この広間にバルドルのごとき息子がいてくれたら、こんな無礼者は撃ち殺してくれたのに。ああ、それなのに、あの子は、もう…。」
ロキ 「フリッグ、嘘泣きしたってムダさ。あんたはもっとオレの毒舌が聞きたいようだな。バルドルが今ここに馬でやって来ることが出来ないのは、このオレのせいなんだぞ。」
はっとして、フレイの妹、女神フレイヤが割って入る。
フレイヤ 「ちょっと、待ちなさいよ! ロキ! あの恐ろしい事件についた語ろうとするなんて、あんた本気で気が狂ったの?! フリッグは自分からは言わないければ、アンタのこれからの運命だって分かっているのよ?」
ロキ 「うっせぇぞフレイヤ。お前こそ悪業のかたまりじゃねーか。ここにいるアース神や妖精どもは、みーんなお前の情夫さ。この×××が。」
フレイヤ 「なっ…嘘ばっかり言って! 口は災いのもとだというのを知らないの? ここにいる皆があんたに腹をたてたら、あんたなんてすぐ追い出されて、しょんぼり惨めに家に帰ることになるのよ!」
ロキ 「へぇ? 魔女のくせにいっぱしの正義気取りかよ。お前が自分の兄貴と何をしたのか、ここで思い出させてやろうか。」
フレイヤとフレイの父、ニョルズが口を開く。
ニョルズ 「まあ抑えなさい、フレイヤ。こんな男と言い合いをして恥をかくことはない。夫だって、情夫だって、その両方同時にだって恥じゃない。こんな、自分で子供を産むような女々しい奴は相手にするな。」
ロキ 「尿瓶野郎がずいぶんな口を利くじゃねーか。てめぇが人質として東の神々ンところに送られて来た時、その口は、ヒュミルの娘たちのトイレ代わりに使われただろうが。」
ニョルズ 「(やんわりと)まぁ確かに私は人質として遠い神々のもとに送られたがね…。だが、そのときには良いこともあった。私はアース神のプリンスと呼ばれるほどの良い息子をもうけたのだから。」
ロキ 「おぉ? そこでフレイを出すか! やるねアンタ。いいネタふりだよ。そのプリンスな息子の母親は誰だい? あんたの妹だよ。妹と近親相姦でこしらえておいて、そいつを誇りにするのかい。滑稽だねェ。」
片腕の軍神、チュールが、フレイとともに登場。
チュール 「それがどうした。フレイは、このアース神の国でいちばんの英雄だ。娘も人妻も泣かせることはない。相手が誰であれ、縛めを解いて助けてくれる。そんな者をお前は批判するのか。」
ロキ 「おいでなすったな、正義ヅラしたいけすかない野郎が。お前は仲裁の神だったくせにうまくとりなしが出来なかっただろうが。うちの息子(フェンリル狼)が噛み切った、お前の右腕を思い出すね。」
チュール 「俺は自分の腕を、貴様はフローズルスヴィトニル(フェンリル狼の別名)を失ったのだから、災難は同じだ…。縛られたまま、神々のたそがれを待たねばならんとは、あの狼も気の毒なものだな。そうは思わないか? 父親として。」
ロキ 「(すこしムキになる)なっ、なんだよチュール。お前知ってんのか? お前んとこの女房がオレと寝て子供をこしらえやがったってことを。そんな目に遭っておきながら、お前ときたら、このオレからなんの代償も巻き上げられなかったよな。惨めな男だぜ。」
チュール 「……。」
フレイ 「もう、そのへんにしておけ、ロキ。狼は、神々が滅びるまで河口で縛られたまま横になっている。お前もそろそろ控えないと、同じ目に遭うことになるぞ。」
ロキ 「お前こそ呪われろ。娘を泣かすことがなかっただぁ? ウソツキめ。ギュミルの娘を黄金で買い、あんなふうに剣をやってしまうとは。色に溺れて後先考えない単純男め。もしムスペルの子らがミュルクヴィズを越えてやってきたら、武器の無ぇてめぇはどうやって戦うつもりだよ。えっ?」
と、そこへ、フレイの後ろから見慣れぬひとりの神があらわれた…。
ビュグヴィル 「なんという口汚さだ。このわしが、イングナ・フレイ(フレイのこと)のように生まれが良く、何の不自由も無い身であったなら、お前のような災い鴉は骨の随から粉々にして、手足はバラバラに打ち砕いているところだ。」
ロキ 「ああん? そこで尻尾振ってクンクン鼻を鳴らしてるチビは誰だ。あんまり小せぇんで覚えてねーな。確か、いっつもフレイの側をウロチョロしてる口うるさい奴だよな。」
ビュグヴィル 「わしの名はビュグヴィルだ。神々も人間たちもみな、わしのことを機敏だとうわさしておる。フロプト(オーディン)の子らが酒宴に集われることで、わしはそれがちょいとばかり自慢なのだ。」
ロキ 「そいつは良かったじゃねーか、ビュグヴィル。だがな、お前は臆病モノさ。人々の食事の世話も出来ず、戦の時は隠れちまってどこへやら、だ。おおかた藁の中にでも隠れてたんだろう。姿だけじゃなく、肝っ玉まで小せぇ野郎だ。」
そこへ、見かねたヘイムダルもやって来た。ニョルズの妻・スカジも現われる。
ヘイムダル 「酔っぱらったな、ロキ。こんなに無茶をしでかすとは。酔うと、自分でも何を言っているのか分からなくなる。もうそろそろ、終いにしてはどうだ?」
ロキ 「おいおいヘイムダル、あんな酷い暮らしをさせられていながら、まだここにいる連中の肩を持つのか? いつも夜露に背中を濡らして神々の見張り番をさせられて、眠るヒマさえ与えられなかったってのに。」
ヘイムダル 「安月給でも本人が満足してればいいと思うが?」
スカジ 「アハハ、まったくそのとおりさ。このマジメ男にあんたの悪口は通用しないよ。それにても、ずいぶん陽気にやってんじゃないの、ロキ。だけど、そろそろ潮時ね。ここにいる神々のガマンも限界さ。霜のように冷たい息子の腸で、お前さんを鋭い岩の上に縛り付けてやるよ。」
ロキ 「ふうん、そうかい。そんなことはどうでもいい。要するにあんたたちはオレが邪魔なんだな? 巨人スィアチを捕まえて殺したとき、最初から最後までその場にいた、このオレが」
スカジ 「それこそ、今はどうでもいいことよ。あんたが何をしてきたかなんて知らない。でも、あたしの屋敷からあんたのところへは、冷たい忠告しか行きやしないわ。」
ロキ 「つれない言い方だな、スカジ。オレをあんたのベッドに呼んでくれたときには、もっとやさしく話し掛けてくれたモンだぜ。それとも何か? あの時のことを、いまここでバラしてもらいたいのかい?」
場が真剣に険悪になってきたその時、雷神トールの妻、シヴが進み出てロキのために杯に酒を注いだ。
シヴ 「ようこそ、ロキ。この、古い蜜酒のなみなみと注がれた杯をお受けください。アースの神の子らのうち、一人だけには、その毒舌を向けないでくださいますように。」
ロキ 「(肩をすくめつつ杯を飲み干し)…あんたが、男に対して控えめで貞節な人でしたらね。あんた一人くらい見逃してやってもいいんですがね。生憎と、オレはフロールリジ(トールの別名)の妻が不義をしでかした相手のことをよーく知っているんだ。何をかくそう、このオレさ。」
シヴは真っ赤になり、口を閉ざす。と、そのとき、どこかから激しい物音が聞えて来た…
フレイの召し使い、ビュグヴィルの妻ベイラが言う。
ベイラ 「ああ、山が震えているわ。きっとフロールリジが帰還されるのよ。ここで神々と人々に悪口を叩いている者を取り静めてくださるわ。」
ロキ 「嬉しそうに言うな、この汚らしい女め。お前のような屑が神々のもとに来たことはない。」
と、そこへ、トールが扉を蹴破り飛び込んできた。
トール 「話は聞いたぞ、この悪党め! 人の留守にさんざん悪さをしおって。わしの鎚ミョルニルで口をふさがれたいのか。首と肩を切り離してやる。そうすれば、貴様もその軽口を叩けなくなるだろう。」
ロキ 「ようやくお帰りかい、大地の息子。トール、なんだってそんなに居丈高になってるんだ? 狼と戦うときは、からっきし元気が無いくせに。オレの息子の狼は、勝利の父(オーディン)を飲み込むことになってんだぜ。」
トール 「まだ言うか。なら本当にミョルニルで口を塞いでやるしか無いようだな。東方へ飛ばされれば、誰も貴様と顔を合わせずに済むというものだ。」
ロキ 「へえ? 東方への旅のことなんか、言わないほうが無難だと思ったんだがね。人から英雄だと言われていたあんたが、ウトガルザ・ロキにたばかられて、手袋の中に縮こまっていた時のことでも話してやろうか。」
トール 「黙れ、右手でフルングニル殺しの鎚を振るえば、貴様など骨ごとバラバラになってしまうだぞ。」
ロキ 「おお、やってみろよ。いくら脅かしたって、オレは死なないぜ。あのときあんたは、スクリューミルの結んだ皮ひもがきつくて食料も取り出せず、五体満足なのに飢え死にするところだったよな。意外と非力なんじゃないのか?」
トール 「もう我慢ならん。この鎚で貴様を打ち砕き、冥界、ヘルの死者の門の下へ送り届けてくれよう。」
ロキ 「…。アース神とその子らの間で思いつくまま喋ってきたが、ここいらで終わりにするとしよう。あんたが本気で怒り出すのを相手にはしたくない。エーギル、今日お前は酒宴を開くことは無いだろうぜ。ここにあるお前の持ち物には残らず火が付き、お前自身も燃え尽きるだろうからな。」
このあとロキは怒り狂うトールのもとから逃げ出し、鮭に身を変えてフラーナング(輝く入り江)滝に隠れたが、そこでアース神たちに捕らえられ、息子ナリの腸で縛り上げられる。もうひとりの息子ナルヴィは狼に姿を変えさせられた。スカジが毒蛇を捕まえてきてロキの顔の上につるし、そこから毒液が滴り落ちる。ロキの妻シギュンが、この毒液を受けて夫に当たらないようにするのだ。
けれどシギュンの持つ桶が一杯になると、彼女は中身を捨てなければならない。このとき毒液が顔にかかるので、ロキが身震いすると地震になるのだと言われている。
END



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