ニーベルンゲンの歌-Das Nibelungenlied

サイトTOP2号館TOPコンテンツTOP


「ニーベルンゲンの歌」の原典


「ニーベルンゲンの歌」が書かれたのは、13世紀初頭である。当時はもちろん、まだ印刷機は無い時代だったので、本はすべて手写しの「写本」であり、紙は羊の皮を薄く延ばした「羊皮紙」だった。手書きで写していた都合上、書き間違い、写本する人による付けたし・改ざんは良くあることで、そのため本は写されるたびに少しずつ変化していく。

「ニーベルンゲンの歌」の写本は、現在(2002年時点)までに約30数種類が発見されている。その中でも、書かれた当時に近い13〜14世紀に書かれた写本には大文字のA,B,C…という記号がつけられ、15〜16世紀の新しい写本には小文字のa,b,c…という記号がつけられている。これらの写本の中で、どれが最も原典に近いものかについては、さまざまな議論が交わされた歴史がある。

羊皮紙の耐久性の問題、また本を傷める「写本」という行為、手書きでは1冊の本を作るのに時間がかかりすぎること―― などから、印刷技術が発達する以前の本は、どんな物語でも、記録でも、最初の一冊(オリジナル)が残っていることは、まず無い。よって、現存するもののうち、どれが最も最初の一冊に近いかが議論されることとなる。。
特に写本A,B,Cの3種類については、それぞれが最も原典に近いとされた時代があるが、現在は「B」がオリジナルに最も近いものと結論づけられている。

3種類の写本それぞれについて、概要をまとめてみた。


写本A;ホーエンエミス・ミュンヘン本

基本的に、2人の書写家によって13世紀末ごろに書き写されたもの。18世紀末までフォーアアルルベルグのホーエンエムス伯爵家にあったが、その後、経緯を経てミュンヘンのバイエルン国立図書館へ移る。エピソードの繋がりが不自然で語調もバラバラ。カール・ラッハマンは、この最も矛盾の多い写本Aこそ最も原典に近いと考えた。
最も不完全なものが最も古い形を示しているとされていた時代は、これがオリジナルに近いとされていたが、現在では改悪されたものとして否定されている。

詩節2361。


写本B;ザンクト・ガレン本

3人の書写家によって13世紀半ばないし後半に書き写されたもの。もともとはヴェデンベルグ伯爵の所蔵であったが、16世紀にはスイスの歴史家チューディの所蔵するところとなり、1768年にザンクト・ガレンの修道院図書館に移される。エピソードの繋がりは自然で完成された形態になっており、数字や時間の進み方にメルヘン的な要素(実際にはありえない人数や年数)が含まれている。
1865年、バルチュによってこの写本Bが最も原典に近いとする説を発表され、その後、1900年に出されたブラウネの論文「ニーベルンゲンの歌の写本事情」が決定的となって、現在に至る。

詩節2379。

※現在では、写本Bが最も原典に近いという説が採用され、日本で刊行されているものも含め、「ニーベルンゲンの歌」と呼ばれているものは、これを元に現代訳されたものである。


写本C;ホーエンエムス・ラスベルクあるいはドーナウエッシンゲン本

13世紀前半に書き写されたもの。写本Aと同じくホーエンスムス伯爵家に由来するが、それからラスベルク男爵の所有を経て19世紀半ばにドーナウエッシンゲンのフエルステンベルク公爵の図書館に移る。エピソードの繋がりがより滑らかになり、メルヘン的な要素がかなり修正されている。
アドルフ・ホフマン(1810〜1870)とツァルンケは、最も矛盾が少なく、話がスムースに進むこの写本Cが最も原典に近いと考え、ラッハマンの説に異議を唱えた。現在では、ニーベルンゲンの歌の「後日談」というべき外伝作品(別の作者によるものと思われる)との繋がりから、B写本を修正したものと考えられている。


詩節2440。この写本Cは、インターネット上にテキストがある。


このように、同じ物語でも、書き写される途中ではしょられたり新たなバリエーションが付け加えられたりするのが、中世独特の「伝説の伝播」形式だった。
原本に近いだろう、というだけで、写本Bもまた、最初の詩人が書き記した物語とは、どこか違っていたのかもしれないが、そもそも、この「ニーベルンゲンの歌」自体、生きて変化し続けていく物語だと考えるなら、「原典そのもの」であることに、大した意味はないのかもしれない。


****************

さて、B写本とC写本だが、内容は良く似ているのだが、面白いことに作者の基本的なスタンスが異なる。

  B写本とC写本では、特にハゲネの扱いが大きく異なっている。


B写本は日本語訳でもお馴染みの内容なので、作者はハゲネ側にもクリエムヒルト側にも立っていないし、異教的な内容もそのまま書き記していることが分かるはずだ。
ところがC写本では、作者はクリエムヒルトに肩入れし、終始ハゲネを悪役として罵倒し続ける。トロネゲのハゲネを「卑怯者」とするために、B写本にはない「不誠実(untriuwe)」や「不実(mit untriuwen)」、または「不快、邪悪な(Ubel)」という単語を名前の先に頻繁に付け足しているのだ。

決定的なのは、そんな酷い男が勇敢であってはならないので、ハゲネがジーフリトを殺害したあとのシーンで「恐ろしい勢いで逃げ出した」となっていたのを「恐怖のあまり」と書き換えてしまったことだ。

 ハゲネは逃げ出した
 ハゲネは恐ろしさのあまり逃げ出した

一言足すだけで、場面の印象はかなり変わる。

前半部分は見どころのほとんどをジーフリトに譲っているハゲネに対し、「ジーフリトと一緒に出てくるから目立たないだけで、実はこの人もバケモノじみた英雄だったんだ」と読者に気づかせるシーンが、そのジーフリトの殺害シーンなのである。
ジーフリトは、まともに戦えば生身の人間では勝ち目のない、化け物チックで半伝説的な英雄である。弱点は背中の真ん中、肩甲骨の間だけ。そこを間違わず一突きにしなければ、失敗した瞬間に自分が死ぬ。 

たとえば、わずかな傷からしみこんだだけでも人を殺せる猛毒を持った大蛇がいるとしよう。そのヘビは今のところこちらには気づいていない。しかしその蛇を倒すための道具は、一本の槍だけ。蛇のリーチなら槍の長さは射程圏内だ。そういう状況で、あなたは、そのヘビに近づいて一瞬で頭を一撃でつぶせるだろうか?
ハゲネはそういう状況で一撃必殺をやって、かろうじてジーフリトのリーチ外に逃げる。(それで最後の一撃をかわし、致命傷を負わずに生き残る)
状況的にこれはかなり凄いことなのだ。そこで読者は、「ヒーローの殺害」という悲しむべき場面にもかかわらず、その見事な殺害者を悪くも思えないという微妙な感覚に陥ることになる。これが後半、クリエムヒルトが悪鬼の如き存在に転化した際に生きてくる。

しかしC写本は徹底し、ハゲネはとにかく悪い奴で、クリエムヒルトはその復讐のために全生涯をかけることになる悲劇のヒロインで正しいことをやっているんだ、というシナリオになっている。キリスト教的な要素を全面に押し出そうとし、伝説的な内容に細かく修正を加えている。ただ、物語の筋書きを大きく変えることは出来ないから、作者が正義にしたかったはずのクリエムヒルトは後半ではそのまま悪巧みはするし、夜中に襲撃しようとするし、最後はディートリッヒに誅殺されることになる。ある意味、そこで破綻を来たしていると言えなくもない。


戻る