ニーベルンゲンの歌-Das Nibelungenlied

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プリュンヒルト

Prnnhilde/Bryhild (Brühild)


【作中の役割】

海のむこう、イースラント(アイスランド)の処女女王。妖艶にして大人の男にも勝る力の持ち主で、彼女の愛を得るためには、女王の定めた三種類の競技すべてて彼女に勝たねばならないという。その競技でグンテルは、姿を隠したジーフリトの力を借りるというズルをし、結婚する。
しかし、しっくりこないプリュンヒルトは結婚後も体を許してくれず、グンテルは困って、よりにもよってジーフリトに妻を押さえつけるのを手伝ってもらう。かくてプリュンヒルトはグンテルと結ばれたが、のちに、この「初夜の秘密事件(※勝手に命名)」をジーフリトが妻・クリエムヒルトにバラしてしまっていたことが判明、プリュンヒルトとハゲネの激怒を招く。

物語中では、彼女と夫の仲が修復されたかどうかは具体的に描かれていないが、夫・グンテルがフン族の国へ旅立つ時、むつまじく見送っていることから、ジーフリト殺害によって気は晴れたものと予想される。
他のニーベルンゲン伝説では、ジーフリトの死後、自ら自害しているものが多いのに比べれば、ずいぶん幸せにその後だったと言えよう。


【作中での評価】

海のかなたに、ひとりの女王が君臨していた。
肩をならべるものも、絶えてないほどのすぐれた乙女で、美しさ限りなく、膂力(りょりょく)もまた素晴らしかった。
勇壮なる武人を相手とし、愛<ミンネ>をかけて、槍投げの技を競った。
(中略)
この由をライン河畔で、うつくしい騎士が伝え聞き、その妖艶なる美女に思いをよせたのである。(328)
−プリュンヒルトへの求婚旅行の最初に語られる紹介

「これはまたなんたることだ、王様、我々の命も危ういものですわい。あなたが結婚を求められる相手は、あれは魔女ですぞ。」(438)
−プリュンヒルトが武装し、彼女のための大きな盾が運び出されるのを見たハゲネの言葉


【名台詞】


【解説】

モデルは一説によると東ゴート族の王女ブリュンヒルトだとされるが、それ以上に、神話に登場するゲルマンの神話に登場する「戦乙女」、オーディンの娘として戦死した男たちをヴァルハラへ運ぶ王女の性格が強い。
舞台がゲルマンの神話の世界からキリスト教世界へと移ったことで神話的な性格が失われはしたが、いぜんとして、常識を超えた力と、激しい気性を持つ。処女であるうちは男と力比べをして負けなかったのも、神話時代の名残である。

もともと彼女は、シグルド(ジーフリトのこと)に約束されていた運命の女性である。
父オーディンの怒りに触れて眠らされていたところを、シグルドに目覚めさせられ、彼に戦いの知恵を贈る。しかしシグルドは旅立ったまま戻ってこない。戻ってきたときには、既にグートルーネ(クリエムヒルトのこと)という別の女性に思いをかけているのだ。
これが悲劇の始まりであり、プリュンヒルトの「ジーフリトに復讐したい本来の理由」である。
つまり、本来、プリュンヒルトとクリエムヒルトは言い争いをしない。言い争っても、それはジーフリトの死後であり、争いの直接の原因ではなかった。プリュンヒルトがジーフリトを殺させるのは心中のためであり、プリュンヒルトが後追い自殺をしたあと、クリエムヒルトは夫の殺害者である兄たちと和解をすることになっていた。

「ニーベルンゲンの歌」二人の王妃、プリュンヒルトとクリエムヒルトのいさかいは、6世紀ごろに存在したフランク族の国、メロヴィング朝時代の王妃の影響を受けて作られたといわれる。プリュンヒルトとフレーデグンテという二人の貴婦人による激しい戦い(暗殺合戦含む)が主要な人々をみな死に絶えさせる。
この物語が二人の王妃のいさかいから、ブルグント族とフン族双方の勇士たちをみな死に追いやる悲劇へと続く構造に、似ている。


さて、プリュンヒルトは気位高く、ジーフリト暗殺を訴える、ともすれば悪女のように見られがちな女性だが、その怒りは決して理不尽なものではなかった。

彼女はこの物語の中で、グンテル王との初夜を拒み、それゆえジーフリトに取り押さえられることになるのだが、その前に夫グンテルに「ことの道理がわからぬうちは、処女のままでいる」と述べている。ことの道理、とは、その前の婚礼の場面で語られる、クリエムヒルトがジーフリトと結婚したことについての疑問だ。
プリュンヒルトのもとに求婚に赴いたとき、ジーフリトは、自ら「自分はグンテル王の家臣」と名乗っている。実際は家臣ではなく、れっきとしたニーデルラントの国の跡継ぎ、つまりグンテルと同等の地位にある立場なのだが、それを明かすとプリュンヒルトが自分と結婚すると言い出すかもしれない。クリエムヒルトと結婚するためには、「自分は王の家臣の立場だから、女王と結婚する身分には無い」と示す必要があったのだ。
プリュンヒルトはそれを信じ、グンテル王と結婚する。

よって、彼女の中でジーフリトは、「王よりも身分が低い」人物だと認識されているのだ。
王の妹、王女であるクリエムヒルトがジーフリトと結婚することは、彼女の目からすれば、身分の劣る「家臣」の妻となり、王女または王妃と名乗る資格を失うことに映るのだ。

「お妹君のことが、私は心から悲しいのでございます。あの方は臣下の身分の者と並んで座っているではありませんか。」(620)

…というセリフ、続く

「どうしてクリエムヒルト様がジーフリトの妻になったかを承れない上は、私はお側に寝なくともよいように、逃げるところがあれば逃げたいくらいです。」(622)

…というセリフの意味は、こうして解ける。また、のちにクリエムヒルトと再会した時に、お互いの夫の自慢話をする際に、「グンテルのほうがジーフリトよりもすぐれている」と口にするのも、当然のことと言える。

その根本的な誤解の結末は、物語で分かるとおりである。
初夜を力ずくで拒まれたグンテルは、言葉で彼女の誤解を解き、受け入れてもらうことをせず、ジーフリトに頼んで彼女を征服してもらうという裏切りをなす。
また、自分の夫が兄グンテルと等しい地位を持ち、力では上回ることを知っているクリエムヒルトは、初夜の晩の秘密を口にすることで彼女を追い込もうとする。

プリュンヒルトは、誤解ゆえに恥辱を蒙った被害者に他ならなかった。隠されていた裏切りを知った彼女の怒りが、人ひとりの命をもってしか償われなかったのも、無理からぬことのように思われる。



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