ニーベルンゲンの歌-Das Nibelungenlied

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ギーゼルヘル

Giselher/Giserher


【作中の役割】

グンテル、ゲールノート、クリエムヒルトの弟。末子。美しく、朗らかな青年として描かれる。
物語前編ではまだ成人していないらしく、戦闘には出ないで客人をもてなす役目をつとめるが、後編ではエッツェルの国にて目覚しい働きをみせる。ジーフリト暗殺に反対し、暗殺後は姉のことを思って国に留まるようすすめるなど、姉を深く慕っていたが、その思いも悲劇の前に届かず。
エッツェルの国へ向かう途中、滞在したリュエデゲールの城で、フォルケールら年上の勇士たちのすすめにより、リュエデゲールの娘と婚約するが、彼女との逢瀬を楽しむ時と二度と来なかった。
クリエムヒルトの策謀により、舅リュエデゲールと戦わねばならなくなったからである。

結末では、倒れてゆく敵味方を目の当たりにし、悲しみに決意して戦って、憎くも無いヒルデブラントの甥ウォルフハルトと相打ち。
実はこの物語の中でいちばん可愛そうな人かもしれない。


【作中での評価】

ここウォルムスでは、明け暮れクリエムヒルトの嘆く声が聞こえ、真心あつい温良なギーゼルヘルを除いては、彼女の心や気分を慰めるものは絶えてなかった。(1099)
−ジーフリト埋葬後、実家ウォルムスに留まったクリエムヒルトの嘆きの日々の描写


【名台詞】

「美しい姉上、あなたはライン河の彼方からこの国へ、そんなひどい目にあわせるためにお招きになったものとは思わなかった。何の咎あって私はフン族に殺されねばならぬのですか。」(2101)

このセリフには、「ごもっとも!」と言いたくなる。もとよりギーゼルヘルは何一つクリエムヒルトに悪いことはしていないし、むしろ良かれと思って庇い続けている。しかしそれらの心づくしはクリエムヒルトにとって、すべて前夫の復讐を果たすための手段でしかなかったというわけだ。慕ってくれた弟にすら情けをいけようとしないクリエムヒルトの冷酷さが際立ち、その直後の姉弟の決別へと続いていく悲しい一言。


【解説】

モデルとなった人物は、おそらく実在しない。
古い伝承ではグンテルとハゲネが兄弟になっており、ギーゼルヘルの位置にはグットルムという知恵遅れの末弟が居る。グンテルとハゲネが主従に分かれるにあたり、新たに付け加えられた人物だと思う。
ただし、フェロー諸島のニーベルンゲン伝説には、アトリ王の宮廷に向かう一行の中に、よく似た綴りの「グイスラル」という人物が付け加えられている。

ギーゼルヘルは、この物語の中では最も「死ぬ必要のなかった人物」である。何か悪いことをしたかというと、実際何もしていない。クリエムヒルトが夫ジーフリトを失った時、親身に慰め、「私が面倒を見ますから、生まれた国に留まって悲しみを癒してはどうですか」と提案しているのは彼だし、ニーベルンゲンの財宝を勝手に河に沈めてしまったハゲネを激しく非難するのも彼である。

また、エッツェルの宮廷からクリエムヒルトを妃として迎えたいという使者が来たとき、クリエムヒルトが権力を手にして復讐に走ることを恐れたハゲネが反対するのに対し、姉の幸福のことを考え反対を退けるのも、この人である。

しかし、随所で姉を思う言葉を口にする彼さえも、クリエムヒルトは、冷酷に斬り捨てる。ハゲネを渡せと迫り、それを拒まれるや、彼もまた、倒されるべき「敵」の一部と看做されるのである。

クリエムヒルトがエッツェルの国へ嫁ぐとき、途中まで送っていくのは、ギーゼルヘルと、兄のゲールノートだ。
分かれるとき、ギーゼルヘルはクリエムヒルトに、こう言う。
「もしも面白くないことが起こって、私がいたらと思うときは、どうぞお知らせください。そうすればエッツェルの国へ駆けつけて、ご用をつとめますから。」
しかし彼が呼ばれたのは、一族もろとも皆殺しにする、惨劇の宴だった。
【名台詞】にチョイスした「そんなひどい目にあわせるためにお招きになったものとは思わなかった。」という言葉に現れる、ギーゼルの心の叫びが分かるだろう。


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