フィンランド叙事詩 カレワラ-KALEVALA

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第35章
Viidesneljättä runo


 生き別れの母と再会し、これから平穏な日々を暮らせるかもしれなかったクッレルボでしたが、幸せになれるはずもなく、生まれ持っての怪力がまたも災いを呼び寄せます。
 ここでも、彼は失敗につぐ失敗。力が強すぎ、また、力を加減するということを知らなかった彼は、船を漕げば櫂ごと船を壊してしまうし、魚獲りの網から魚をふるい落とそうとすれば、強く叩きすぎて魚を粉にしてしまいます。
 誰かに慈しまれることも、誰かを思いやることも無いまま育ってしまった彼には、人間として必要なものが、まだ、欠けたままだったのでしょうか。
 そのまま、長い時間をかければ、或いは、もっと人らしく生きられたかもしれないのですが、その微かな希望さえもうちくだく出来事が起こります。

 それは、穀物税を払うため、少し遠出をした時のこと。
 帰り道、彼は、ひとりの少女に出会います。それ以前にも2人の少女と出会っていたのですが、こちらは、声をかけただけでそのまま通り過ぎています。なんで声をかけたのかというと、もちろん若者のアヴァンチュールということで。そりゃナンパの一つもしてみたいお年頃でしょう、そん時はちょうどイカしたソリにも乗ってたし。(自動車なんて無い時代なので、ソリがマイカーなのです。)
 3人目にも、同じように断られていれば良かったんですが…。
 「いいじゃないか、付き合えよ」
 「離して! ちょっと、何するのよ、私は忙しいの!」
ちょっと好みのタイプだったのか、彼は娘を強引にソリに相乗りさせてしまいました。しかも、ソリに積んであった財宝を見せ、(税金を納めたあとなので、そんなものは持っていないはずなのに…残り?)彼女の気を引きます。

 金目のもので釣るなんて、堕ちたものだ… しかし未婚女性と家畜が同レベルで取引される時代からすれば、一応本人の意思確認をしただけ、まだマシなのか…?

 娘のほうも、贈り物に気を良くしたのでしょうか。
 そのまま、クッレルボに身を任せてしまうのです。


 こうして、2人の若者は、ともに朝を迎えました。ホテルなんて便利なものはないので、たぶんソリの上で一晩過ごしたんでしょう。寒くなかったのでしょうか。(いらん心配)
 「ねえ、ところであなたって、どこの人なの? きっとスゴい家の人よね。こんなに財宝を持ってるんだもの。」
素性も知らないまま交わるとは随分豪胆な話ですが、それも一つの恋愛の形だったのでしょうか。
 クッレルボは答えて言います。
 「別に…大した家じゃないよ。オレの本当の親父は殺されちまってるし。カレルボ一族の生き残りなんだ、オレは。何の取り得も無い。そういうそっちはどうなんだよ。」
 「……。」
 「どうかしたのか?」
 「私は…。」
娘は語りだします。
 クッレルボとほぼ同じ事を。自分はカレルボの血を引いていること。どうしようもなく愚かな娘であること。
 かつて苺つみに出かけ、道に迷って、家に戻れなくなってしまっていたこと。
 クッレルボが声をかけたのは、まさに、その迷子の最中であったのだということ。
 もう分かりましたね、そうです。実はこの娘こそ、いなくなったクッレルボの妹(異父妹?)だったのです!

 「わたしは、家への道が分からなくなってしまったときに死ぬべきだったんだわ。もし死んでいたなら、きっと綺麗な花になれた…。こんな恐ろしいことを知らずに済んだのに!」
言い残して、娘はそのまま川に身を投げてしまいます。呆然としていたクッレルボには、止めることが出来ませんでした。

 何ということでしょうか、はじめて恋して共に夜を過ごした相手が、行方不明になっていた妹とは!
 生まれてから一度も会ったことのない相手とはいえ、それはあまりにも残酷な運命のいたずらです。
 彼は、妹の沈んだ川べりで号泣し、天に向かって嘆きます。なぜ自分は生まれて来たのか、どうしてもっと早くに死んでしまわなかったのか、と。
 そもそも、そんな身を投げるほどのことか?
 北欧神話では双子で子供作る話や、双子でラブラブになる話もあるというのに。思い詰め過ぎだ! いくら世をはかなんでも、残される者のことくらい考えてから死になさい。
 一人残されたクッレルボの心境や、いかに。
 掴みかけた幸せは、永遠に戻っては来ない。
 なぜなら、自分が妹を殺したも同然だから。

 彼の中で最後の箍が外れてしまったのは、この時のような気がします。母と出合って忘れかけていたかつての誓いは、「ウンタモ一族を滅ぼすこと」。
 その、ただ一つの目的のために生きて来たひとりの青年は、家に戻り、母に妹の死を告げた彼は、母の制止も振り切って、かつての誓いのとおり、ただひとり、ウンタモ一族の討伐へと最後の旅に出かけるのでした。



{この章での名文句☆}

哀れな惨めなわたしが死に、不幸な者が事切れていたら、
ちょうど三年の夏には草となってきらめいただろう、
花となって戯れただろう。


「…けれど彼女は死なず、恐ろしい罪を犯し、自らトゥオネラの国へと身を投げた。」
生きることは、時として残酷な現実を人の目先に突きつけるものです。
それでも、クッレルボは死ねない、なぜなら彼には、果たすべき誓いがあったから。



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