フィンランド叙事詩 カレワラ-KALEVALA

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第15章
Viidestoista runo


 その頃、レンミンカイネンの母親は、あれこれと息子の身を案じながら家でひたすら待っていました。どこへ行ったのか、彼女には分かりません。野原か、海か、それとも大きな戦争の待ち受ける恐ろしい場所か…。
 そのとき、レンミンカイネンの妻、キュッリッキは、夫の使っているくしから血が流れ落ちているのを見つけます。櫛にからまった抜け毛から血が滴るのは不吉の前兆。「大変…、あの人に何かあったんだわ。」

 「ああ、何てこと!」
絶望に叫んだ年老いた母親は、いきなりガバチョとスカートをたくし上げ、外へ向かって飛び出します! そしてそのまま。マラソンもトライアスロンもメじゃないくらいの勢いで、ノンストップに荒野を駆け抜け、ポホヨラの女主人のもとへ殴りこみ。

 ちょっと待て。

 あんたさっき、自分の子供が何処へ行ったのか分からんっつってたじゃん。なのにポホヨラの女主人の家は知ってたんですか。愛のパワー? それとも、とりあえず手がかりのありそうな場所へ行っただけか?
 いや、…それ以前に、走って辿り付ける距離なんですか?
 レンミンカイネンの家は、ワイナミョイネンやイルマリネンの家よりはポホヨラに近いようですが、それでも結構な距離でしょうよ。レンミンカイネンは馬で行ってますから不思議はないですが…年老いた母親がダッシュで行けるとは、到底思えません。

 恐るべし、愛のパワー。
 母の愛は偉大なり。

 どかん!
 ドアを蹴破らんばかりの勢いで飛び込んだ母、いきなり魔女ロウヒをとっ捕まえて怒鳴ります。
 「あんた! うちの子をどこへやったんだい!」
これには、さしものロウヒもちょっとビックリ。とっさに嘘をついときます。
 「さぁ…知らないねぇ。うちの馬に乗ってどこかへ行っちまったよ。狼か熊にでも食べられちまったんじゃぁないのかい?」
しかし母は納得しません。
 「適当なことをお言いでないよ! うちの子なら狼や熊なんぞ素手で倒せるよ。本当のことを言うんだよ! さもないと、納屋をぶっ壊して、あんたの大切なサンポを砕いてやるからね!」
 怖い。むっちゃくちゃ怖いです母。と、いうより何でサンポのことまで知っているんでしょう。人の噂って意外と広まるもんなんですかね。

 仕方なく魔女はまた言います。「あんたの息子は、ちゃんともてなしてやったよ。そのあと船に乗ってどこかへ行った。海に落ちたんじゃあないのかい。」
 母はまたも食い下がります。「いい加減におし! 本当のことを言わないと、あんたを殺すよ!」

 ゴゴゴゴゴ…。
 戸口でにらみ合う女と女。熟女っていうか、ちょっち枯れた熟女対決。怖い、怖いよどうしよう。ただでさえ寒いポホヨラの地には瞬時にして凍てついた風が漂い、天の神ウッコも手出し出来ない状態に。

 「…分かったよ。本当のことを言おうじゃあないか。」
ロウヒは言い出します。「あんたの息子は、トゥオネラの聖なる白鳥を撃ちに行ったまま戻って来ない。そこで何があったのかは、知らないよ。」
 これを聞いて、母は速攻でロウヒの館を後にしました。息子の行ったという川へ向い、レンミンカイネンの姿を探します。けれど、彼は既に殺されて川に投げ込まれてしまっているのですから、見つかるはずがありません。彷徨ううち、母親は疲れ果て、ぼろぼろになってゆきました。

 松の木に問えば、答えは溜息。「私は自分のことだけが心配なんだよ。いつ薪にされるか、燃やされてしまうか分からないんだからね。」
 道に問えば、答えは呟き。「私は自分のことだけが心配なんだよ。犬は走るわ蹄が踏むわ…。硬い靴で踏みつけられてばかり。」
 月に問えば、答えは嘆き。「私は自分のことだけが心配なんだよ。寒い夜を彷徨って見張り、夏の間は消え去らねばならない。(夏の間は白夜で、夜が来ないから)」

 嗚呼、なんてつれない世界でしょう。渡る世間は鬼ばかり。ペペン♪(←語り三味線の音)



 そこで母は最後に太陽に問い掛けました。太陽は答えてこう言います。「かわいそうだけど、あんたの息子は殺されて、黒いトゥオネラの流れに投げ込まれた。トゥオネラの果てへと流れていったよ。」

 真実を知ったレンミンカイネンの母は、泣き出し、地面に突っ伏しました。当然ですよね、ひとり息子がバラバラ殺人の被害者になってしまったんですから。けれど、泣くだけで終わらないのが強き母なり。彼女は鍛冶屋イルマリネンのもとを訪ね、大きな熊手を作ってくれと頼みます。
 何をするのかって?
 遺体捜索です。
 よくテレビで、犯行現場の川をさらう警察の人を見ることがあるかと思います。(よく見かけるっていうのも何なんですが)
 アレです、アレ。レンミンカイネンの母は、息子の遺体を回収しようとしていたのです。でも、それを、死者を取り戻そうというのですから、死者の国マナの番人に邪魔されないとも限りません。
 そこで彼女は、唯一真実を知っていた太陽に頼みます。
 「太陽よ! ちょっと手元をてらしておくれ。そして、その輝きで暗き闇の住人たちの動きを封じておくれ!」
太陽は承知して、ひと時激しく輝き、冥界の兵士たちを眠らせてくれます。どうやら地底世界の住人にとっては、昼間=眠る時間のよう。昼夜逆転というわけですか。

 こうして邪魔が入らなくなったところで、レンミンカイネンの母はいよいよ息子の遺体の回収にとりかかります。熊手で死体を突き刺して回収するなんて、その行為自体かなりヤバいという気がしなくもないですが、細かいことはおいといて。
 シャツやら靴やら肉片やらが、順次川から引き上げられてきます。しかも、この母のスゴいところは、まで川から引き上げてしまうところ。
 もしかして、イルマリネン特製の「遺体捜索用大熊手」には、そんなベンリな機能もついていたんでしょうか。

 このようにして、苦労して肉片を集めたところで、母は思案しました。思っていたより酷い状況です。バラバラったって、ほとんど細切れの状態なんですから。
 「…まだ、これが人になるだろうか。」
 えっ?
 ま、まさか、…再利用するんですか…ソレ?

 さすがはレンミンカイネンの母、只者ではありません。ある時は42.195キロも楽々飛ばす長距離ランナー、またある時は魔女とメンチ切れる怪傑熟女。しかしてその実体は、恐るべき愛のパワーを秘めたネクロマンサーだったのです!

 通りすがりの鴉がバカにして言いました。「ンなもん人になんかなるかい。死体は川に流せば海で魚か鯨にでも食われてその肉になるよ。」
 まったくご尤もな意見なんですが、母は鴉の言うことなんか完全無視。
 再び熊手を取り上げ、欠けていた頭(生首か?)やアバラ骨を見つけると、さくさく息子を組み立て。(早ッ)
 足りない肉を再生させ(どうやって?)、骨を合わせ(だからどうやってだ?)、さらに血管をつないで(おーい!)呪文を唱え、なんと見事に体の部品からレンミンカイネンを元どおりの人の姿にしてしまうのでありました!

 す、すげえ。
 ちゃんと五体満足になってます…。

 しかし、ただ生き返らせただけでは、それは単なる人の形をした死体です。死体に心を吹き込むことが出来てこそ真のネクロマンサー。(もはや違う話になっとるがな)
 生き返らせてはみたものの、ものも言えず、自分で動くことも出来ない息子を前に、母はさらなる策を思案しました。ミツバチを呼び寄せ、魔法の薬の元となる蜜を集めに行かせます。

 もっとも、ただの蜜では助けになりませんでした。母はさらにムチャを言います。「蜜蜂よ、トゥーリの神の家から蜜を取っておいで!」
 このトゥーリとは、北欧神話で言うところの雷神トールが変形した言葉で、今ではどんな神だったのかわかっていません。それにしたって、神は神。一介のミツバチに向かって、神の家で盗みを働けって、アンタ。

 それでも忠実なる蜜蜂は、軟膏を体いっぱいつけて戻って来ることに成功。これでレンミンカイネンが元どおりになるのかって?
 いいえ、まだダメです。
 彼の受けたダメージは大きすぎ、ポーション(普通の蜜。HP100回復)やハイポーション(トゥーリの蜜。HP500回復)くらいでは間に合いません。ここはもう、一気に全快のエリクサーに頼るしかないようです。
 「蜜蜂よ。天におわす創造主の家へ行っておいで。そこでは蜜から素晴らしい薬がつくられているはずだよ。」

 えェ! いきなし、いっちゃんエライ神様の家に押し入れって言うんですか!

 蜜蜂もちょっとビビり気味。「わ、私にはムリですそんなん。私は弱小なハチですよ?」そう言いたくなる気持ちも、よく分かる。「なぁに、だからお前に頼むんだよ。小さいからね、バレやしないさ。」
 母の目は、かなりマジ。なんか断って逃げたら末代まで祟られそうな気がします。

 「…わかりました…。」
何でこんなコトになっちゃったんだろう、とか我が身を儚みながら、蜜蜂は決死の覚悟で天の創造主のお住まいへ。そこには至上の蜜から塗り薬が製造されていました。
 蜂は、体にたっぷりと蜜を含むと、バレませんよーにと願いながらダッシュで帰還。さすがにこれは、かなりスゴい薬だったようです。レンミンカイネンの母も満足。
 「これならイケるね。さすがは創造主さまだよ」
蜂は、彼女が満足しているうちにコソっと逃げ出したようです。(だって出て来ないし)

 このスゴい蜜を口に含ませると、ようやくレンミンカイネンが目を覚ましました。エリクサーの力は偉大です。ほっとすると同時に、母はいきなり「おしおきモード」へ突入。
 「いつまでも寝てないで起きなさい! 何をやってんだい、あんたは!」
 「んー…ああ〜、なんか長いこと寝てたかなってカンジ」
息子、どうやら気持ちよくアノ世でお花畑とか見てた模様。母は苦労したってのに、ちょっとお気楽すぎますね。

 「おばか! 母さんがいなきゃ、あんたは、そうやっていつまでも寝ていただろうよ! どうしてあんたって子は、そう…、この年にもなって朝は起こさなきゃ起きないし」
 「はあ? っていうか、何でおふくろがこにいるんだよ。」
まだ寝惚け気味の息子は、頭ぽりぽりしつつ大あくび。母は軽くキレました。
 「ったく。いつまで寝惚けてるんだい! さあ、思い出して言うんだよ。一体誰があんたをこんな目に遭わせたんだい!」
そこで、ようやく彼は思い出したようです。

 そうです、自分、殺されてました。

 「あー! そうだった! 畜生あの野郎、マルカハットゥの奴だよ! あの盲目の門番ヤローがオレを待ち伏せしやがったんだ。翼蛇を差し向けて、オレを殺しやがった!」
翼蛇とは、肩に翼の生えた伝説の竜です。確か、レンミンカイネンを殺したのは水蛇の毒だったはずですが…、もしかして、水蛇みたいなチンケなものに油断して殺されたなんてこと、言いたくなかったんでしょうか。

 母は呆れ顔。
 「バカだね、あんたは。だから言ったじゃないか、呪術師に勝負なんて挑むもんじゃないと! それなのにあんたと来たら、何て言った? 奴らなんか負かしてやると豪語したじゃあないか!」
 「うっ…。(←言い返せない)」
 「しかもお前は、水蛇の毒を解毒する方法も知らなかったのかい!」
レンミンカイネンの、ちょっとした誇張もバレてたみたいですね。^^; さすがマザー。

 とくとくと説教したあと、母は寝起きの息子をしゃんとさせ、連れて帰ろうとしますが、レンミンカイネンは筋金入りの色男、一度言い出したら引かないガンコ者です。トゥオネラの白鳥さえ撃てば、念願叶って美女を手に入れられるのに、ここで帰ってしまっては苦労した意味がない。
 「ちょっと待ってくれよ、おふくろ。オレはまだ目的を果たしてないぜ? ポホヨラの美女を手に入れるまで、戻れねぇよ。」
死にかけた…じゃない、実際死んだっていうのに、まだ求婚のことを忘れてなかったんですか。死んでも治らないんですねぇ…この性格。

 今度ばかりは、マザーも本気になりました。スカウター振り切れそうなくらいオーラ全開で。
 「いい加減におし! 何をマヌケなことを言ってるんだい! ったくこの子は…もう一回死にたいのかい?!」
息子をガッチリ捕まえた母の顔つきは、ロウヒとメンチ切り合ったアノ顔です。喩えるなら、デヴィ夫人が怒髪天を突く顔で迫って来る感じです。(!)

 (ヤバイ…)
さすが息子、こういう目をしている時の母親には逆らってはいけないことを重々承知のようです。
 「わ、わかったよ。帰るよ。帰るから…その(手、手を離して…色変わってるし)」


 ――――こうして、怒涛の15章は、ちょっぴり残念そうなレンミンカイネンの後姿とともに終わりを告げます。生き返ったレンミンカイネンは、母に縄つけられて、遠きポホヨラの地から連れ戻されることになるのでありました。
 レンミンカイネンの物語は、ひとまずこれで本筋から離れていきます。次章からは久しぶりにジジイの愉快な物語。お楽しみに。


{この章での名文句☆}

素早く長い道のりを走った、走り、そして急いだ。
彼女の行く手で山は鳴り、谷が起こり、山が沈んだ。

レンミンカイネンの母、走ってポホヨラへ殴りこみのシーン。想像を絶するターボです。


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