フィンランド叙事詩 カレワラ-KALEVALA

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第14章
Neljästoista runo


 さて、いよいよ前半最大の見せ場、かの楽聖ティベリウスが魅了されたという「トゥオネラの白鳥」部へと突入いたします。
 と、言っても、レンミンカイネンはまだ与えられた第一の試練をこなしてはおりません。まずは、この試練を果たさねばならないのです。

 前回の悲しい失敗を受けて、今度は彼も考えました。
 もともと頭は良いほうですから(ちょっとお調子者過ぎんだけど^^;)、同じ失敗は二度と繰り返しません。まず、彼は猟師たちの呪文、森の主たちを称える歌を謳い出しました。
 森の主タピオ、その息子ニューリッキ、妻ミエリッキ。特に森の女主を褒め称える言葉は凄まじい。

 「おお、なぜそんな格好をしているのです森の女主人よ、あなたは本当はもっと美しいはずだ。上品で甘美なるお方のはずだ。そんな格好は相応しくない、もっと着飾ってください。私はいつも、あなたの与えてくれる森の獲物によって満たされている」

 …こんなカンジ?
 で、その結果どうなったかというと。

 原文より
 「森の端で歌を歌った、森の隅で三つの歌を。
  森の主人を喜ばした、森の主人自身さえも、
  すべての処女を悩殺し、タピオの娘たちを説得した。」

 …レンミンカイネン、お前―――! 森の精霊にまで手ェ出したんかい!(女とあらば種族見境い無しかよ)
 なんっつーか、熟女も若い娘も黙らせる、その手練手簡と二枚舌には驚嘆致すものがありますな。しかも、そうやってして手なづけた女性精霊たちを使って、鹿を追い立ててるんですから。

 自らの手は汚さず、得意のナンパ術で神や精霊を手先とするとは、レンミンカイネン、なんだかジジイ(ワイナミョイネン)に似て来ましたよ? 将来はジジイみたくなるんですかね…。
 ともあれ、彼はこのような反則的な術でもって、難題の鹿捕獲を成し遂げることは出来ました。


 ポホヨラの魔女の館に戻って来たレンミンカイネン。「さあ、これで文句無いだろ? 約束どおり、お前の娘を寄越せ。」
 魔女は言います。「まだまだだね。あんたが、悪霊ヒーシの暴れ馬を捕まえることが出来たら、考えてやってもいいよ。」
 …次は馬ですか。どうやら悪霊は、あっちこっちで動物に乗り移って悪さをしているようです。

 さすがにレンミンカイネン、今度は要領を得たものです。まずは天の神ウッコにお願い。
 「偉大なる至高の神ウッコよ。馬を氷漬けにしてください!」
空から雹がざらざらざーって降ってきて、馬の鬣を氷漬け。体に氷を食らって、馬はかなり弱っています。おまけに動けやしないし。
 こんな卑怯くさいマネをしておきながら、レンミンカイネンは、動けない馬の側に寄って言います。
 「そんなに酷いことをするわけじゃあない。おとなしく掴まってくれ。なぁに、酷くぶちゃしないさ。ちょっとポホヨラに行くだけだってば」
…なんて言っても、馬なんだからムチでぶたれるし、重たい人間を乗っけて走らなきゃなりません。しかも、馬は動けないんですから。目の前でハミ持ってにっこり微笑んだって、説得力無いです。

 一般的には、それを「脅し」と言う(笑)。

 でもまぁ馬と追いかけっこして、また森や村をしっちゃかめっちゃかにするのよりは遥かにマシでしょう。こうして、「神様におべっか」「男には容赦なく微笑みで脅し」という素敵スキルを手に入れた彼は、颯爽と馬に乗って魔女の館へと戻るのでした。


 ここまで課題をこなすと、残りは一つ。そう、やはり最後の一つの課題がネックとなっているのです。
 「すぐに私の娘をあげるよ。あんたが、トゥオニの黒い流れで白鳥を撃てばね。」
トゥオニとは、冥界トゥオネラへと通じる川です。そこには白い白鳥が住んでいて…と、いうのが元のフィンランドの神話なのですが、何とレンミンカイネンは不敬にも、冥界の入り口の聖なる獣、トゥオネラの白鳥を殺しに行ってしまうんですね。

 そりゃ酷い目に遭っても致し方無い。
 けれど、裁き手は冥界に属する誰か、ではなく、盲目の門番マルカハットゥ、その人だったのです。
 彼はトゥオネラの川辺で、レンミンカイネンのやって来るのをじっと待ち受けていました。未来が読めたからなのか、はたまた、主人であるロウヒから聞かされていたからなのかは分かりません。少なくとも、魔女ロウヒは自分の娘をレンミンカイネンに嫁がせる気は無かったようですから、もしかすると暗殺を命じていたのかもしれませんが。

 レンミンカイネンが何も知らずに川に近づいた時、悲劇は起こります。
 呪われた生き物、水蛇が水の中から彼を襲ったのでした。

 この辺りの記述は曖昧で、水蛇というのがマルカハットゥの使い魔だったのか、それとも水蛇とはマルカハットゥの変身したものだったのか、はっきりとしません。ですが、少なくとも、レンミンカイネンの命を奪ったものが強力な毒だったことは確かのようです。
 心臓から肝臓へ、左上から右下へと突き抜けた痛みに、彼は喘ぎ、呟きます。
 「くそ…。毒だと…? 解毒の呪文を…お袋から教わっておくのを忘れていた…。」
これまで彼が使っていた呪文は、母親から伝えられたものだったのでしょうか。どうやらワイナミョイネンの場合と同じく、欠けている呪文があったようです。
 「すまねぇ、お袋…。」
これが彼の最期の言葉となりました。自らが若くして遠い異郷の地に命を落とすことを悔やみながら息絶えたレンミンカイネン。

 一部始終を見ていた殺害者マルカハットゥは、そんなレンミンカイネンに憐憫など向けたりはしませんでした。憎しみこそあれ、同情など、必要ないと思ったのでしょうか。
 彼は血まみれになりながら剣を振り上げ、レンミンカイネンの死体を切断してしまいます。丁度、エジプト神話で、セト神が兄オシリス神の死体をバラバラにしたように。
 そして、カレワラの中でも、切断された死体は、川の中に放り込まれてしまうのでした。

 「ふん。お前はいつまでもそこに伏せて居ろ、お前の弓を持ち、矢を持ってな!
                     お前の白鳥を川から撃てよ。その体で、出来るもんならな!」

こんな捨てセリフを残して、マルカハットゥは去っていきます。

 ――――こうして、レンミンカイネンの短い生涯はひとまず幕を閉じ、暗い川の流れが全てを飲み込んで、静寂の中に、長い第14章は終わりを告げるのでありました。


{この章での名文句☆}

むら気なレンミンカイネンは去った、急流の中を音を立てて行った。
下流で閃きながら、かのトゥオネラの住みかのほうへ。

前半最大の盛り上がり部だけに、どれを選ぶかで迷いましたが…やはりコレでしょうか。
ただ単に殺されて川に放り込まれるのではなく、詩的なまでに美しい表現が、
かえって想像力に翼を与える…。


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